2/魔術大学校 -20 借り物の能力であろうとも

「でも、それは──」

 イオタの言葉を遮る。

「それからしばらくして、師匠せんせいに出会った。ヘレジナと一緒に随分修行もしたよ。この努力は、俺のものだ。この努力は誇れるものだ。そう思ってた。でも、常に罪悪感が俺を苛んでいた。借り物の能力の上にあぐらをかいて、強くなった気でいて。それですごいって言われても、正直ピンと来なかった。師匠せんせいにもくだらんって言われたけど、どうしても頭から抜けなくて……」

「──…………」

「……自分を非才と呼んで、何十年も修練を重ねた人がいた。手に持つ二刀と、操術で操る二刀。四刀流の使い手で、同時に奇跡級の治癒術士だ。傷つけても傷つけてもいくらでも立ち上がる、不死身のような人がいた」

 アーラーヤ=ハルクマータ。

 彼の顔と、その強さを思い出す。

「俺は、その人に勝ったよ。でも、言われたんだ。お前は天才だ。だが、お前が努力だと思ってるものは、甘えくさったお遊びだって」

「……ああ」

「効いたよ。後からボディブローみたいに響いた。その通りだった。しかも、俺は、天才ですらないんだ。ハリボテなんだよ。神眼で飛び級しただけの、ただの村人A──それが、相葉奏刀の正体だ」

「──…………」

 グラウンドに、しばし無音が響く。

 そして、

「はあー……」

 イオタが、大きく溜め息をついた。

「……わかりました。カナトさんが自分に自信を持てない理由は、わかりましたよ。でも、言わせてください」

 俺の胸ぐらを掴んで、断言する。

「──あんたは、馬鹿だ」

「イオタ……」

「ドズマさんに言ってたじゃないですか。どんな手段を使ってもいい。その場にあるものすべてを使って、相手を退けるんだって。あなたはそれを忠実に実行してきただけだ。"羅針盤"があったから、"羅針盤"を利用した。神眼があったから、神眼を利用した。だったら聞かせてください。"羅針盤"も神眼も失われたとき、何も力を持たないからと、あなたはヤーエルヘルさんたちを見捨てるんですか?」

「──…………」

 そんなの、考えるまでもない。

「……助ける。絶対に」

「ぼくにはわかる。あなたは、それを成し遂げる。それは、"羅針盤"がすごいのでも、神眼がすごいのでもない。あなたが、すごいからだ」

 イオタの言葉が、胸に迫る。

「ぼくが憧れたのは、能力じゃない。あなた自身なんです。だから──」

 イオタが、そっと微笑んだ。

「自分を、認めてあげてください。あなたは僕の師匠なんですから」

「──…………」

 手の甲で、目元を拭う。

 浮かびかけていた涙を、拭う。

 ああ、そうか。

 俺は。

 自分を認めて、よかったんだ。

「……はは。弟子を取った翌日に、もう弟子から教わるなんてな」

「ほんと、情けない師匠ですよ。次に同じことを言ったら、ここで泣いてたことユラさんに教えますからね」

「そ、それは勘弁してくれ。あの子にはカッコつけたいんだから……」

「なに、言わなければいいだけですよ」

「……大丈夫」

 右手を、固く握り締める。

「もう、言わないよ。"羅針盤"じゃない。神眼じゃない。俺自身をすごいって言ってくれる弟子がいるから」

「はい。忘れそうになったら、言ってください。いつだって教えてあげます」

「はは、そいつはありがたいな。でも──」

「……でも?」

「さっき体操術使ったから、今日は技術トレーニングの前に百回ずつ筋トレな」

「げ!」

「約束は約束だ」

「……はい」

「さ、戻るぞ。三人が心配してる」

「はい!」

 俺は、俺を認めていい。

 相葉奏刀を認めてもいいんだ。

 借り物の能力であろうと、俺が成したことは変わらないから。

 これからは、もうすこしだけ、胸を張って歩くことができると思う。

 この恩は、イオタを強くすることで返そう。

 師匠として弟子にできる最高のことは、きっと、それだから。


 なあ、ジグ。

 ジグもきっと、こんな気持ちだったんだろう?



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