1/ネウロパニエ -15 誘拐

 神眼を発動したまま、開架最奥の物陰へと足を踏み入れる。

 見覚えのある少年が、五名の男女に囲まれ、羽交い締めにされていた。

 そのうちの一名が飛竜の仔の口を塞いでいる。

 男女の風体は、明らかに一般人のそれだ。

 だが、体捌きを見ればわかる。

 彼らは訓練を受けている。

「何をしている」

 声を掛ける。

 男女が小さく頷き合い、袖に忍ばせた短刀で躊躇なく襲い掛かってきた。

 さて、どうする。

 神剣は預けてしまった。

 だが、むしろ好都合とさえ言えるかもしれない。

 間違っても殺さずに済む。

 俺は、息の合う連携を行う二人の男女の合間に割り入った。

 艶めく短刀が俺の首筋を狙う。

 ゆっくりと近付いてくる二本の短刀、その峰に指を触れ、勢いを利用して軌道を変える。

 二本の短刀の先が、互いの肩に吸い込まれた。

「──は?」

 無音、無言を貫いていた男女が、初めて声を漏らした。

 少年の元へ無造作に近付いていく。

「その子を離せ」

「──…………」

 彼らは無駄口を叩かない。

 その正体は、おおよそ推察できていた。

 少年を羽交い締めにしていた男が、腰の後ろからナイフを取り出す。

 それも、三本同時に。

 俺の隙を突くように放たれた三本の投げナイフ。

 さて、どう対処しようか。

 並んで飛んでくる二本は、左手の指の合間で止める。

 鍔があるから難しくはない。

 残りは一本。

 俺は、刃ではなく柄を手に取ると、その勢いを減じず右腕を回し、アンダースローでナイフを投げ返した。

「──ぐッ……!」

 ナイフが男の太股に刺さる。

「どうする、デイコスさんたち」

 鎌を掛けてみる。

 すると、無傷の二人の表情が明らかに変化した。

 やはりか。

「自己紹介をしようか」

 あえて、慇懃に微笑んでみせる。

「──初めまして。カナト=アイバと申します」

「ヒッ」

 俺の名を聞いていたのか、仔竜を捕まえている女が引き攣った声を上げた。

「だ、駄目。関わったら駄目……!」

 女の反応に、デイコスたちが動きを止める。

 そして、

「……引くぞ」

 リーダーらしき男の一言で、彼らは波が引くように退散していった。

「ぴぃ! ぴぃ!」

 解放された仔竜が、俺たちの周囲を飛び回る。

「──ふう」

 俺は、顔見知りの少年に話し掛けた。

「大丈夫だったか、イオタ」

「──…………」

 イオタが、俺を、呆然と見つめる。

 そして、

「──けほッ」

 ひとつ、苦しげに咳をした。

「……あ、ありが……、けほッ!」

「えっと、お腹でも殴られた……?」

「い、いえ……、その。お、お強い、ん、ですね……」

「……まあ、平均よりは」

 自慢したくはないし、嘘もつきたくないので、間抜けな返答になってしまった。

「ほら、そんなことより」

 昨日と同じように、イオタに手を差し伸べる。

「は、はい……」

 イオタが、俺の手を取る。

 その手の甲が、鱗に覆われているように見えた。

「……イオタ、その手は?」

「あっ」

 立ち上がったイオタが、手の甲を左手で隠す。

 だが、その左手にも鱗があった。

「それ、昨日はなかったよな」

「……く、薬、飲まないと……。お、お爺ちゃんとこ、い、行かな──げほッ、けほ!」

 イオタが苦しげに咳をする。

「──…………」

 しばし思案し、考えるまでもないことだと自省する。

「お爺さんのところに、薬があるんだな」

「……は、はい」

「わかった」

 イオタに背中を向け、屈む。

「ほら」

「え──」

「連れて行く。そのお爺さんのところまで」

「そ、そんな……」

「さすがに見てられないよ」

 理由は、もうひとつある。

 またデイコスに襲われないとも限らないからだ。

「──…………」

 観念したのか、イオタが俺の背に身を預ける。

「──よし、と」

 軽い。

 たぶん、ネルよりも軽いと思う。

 随分と華奢だものな。

「ぴぃ!」

 仔竜が、俺の頭に止まる。

「お前もか……」

 いいけど。

「お爺さんの家、案内してくれるか」

「は、はい……」

 イオタを背負い、皆の元へと戻ると、ユラとヤーエルヘルが慌てて駆け寄ってきた。

「──わ、どうしたの?」

「イオタさん……?」

 ヘレジナの双眸が、鋭く細められる。

「厄介事か」

「厄介事。まず、図書館を出よう。歩きながら話すよ」

「わかった」

「……す、すみません、ぼくのために……、けほ!」

「いいから」

 イオタを背に負いながら、俺たちは大図書館を後にした。



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