1/ネウロパニエ -14 大図書館

 ベディ術具店から徒歩で三十分、魔術大学校の校門へと辿り着く。

 校門は、優に身長の三倍はある鉄柵門で閉じられており、その前には物々しい格好をした兵士が二人立っていた。

「えーと……」

 見るからに関係者以外立入禁止だ。

 でも、いちおう尋ねてはみる。

「すみません。こちら、ウージスパイン魔術大学校でよろしいですか?」

「ああ、そうだ」

「入れたりは……」

「できると思うか?」

「思いません……」

「──なんてな」

 兵士が破顔する。

「入れないのは、ここが十二時の門──全優科の生徒のための出入口だからだよ。六時の門からは普通に入れるから、そっち回りな」

「あ、そうなんですか」

 思わず安堵する。

「全優科、とはなんだ?」

「学校はわかるな、お嬢ちゃん。教室が幾つもまとまったもんだ」

 お嬢ちゃんと呼ばれて、ヘレジナが不機嫌そうな顔をする。

 だが、文句をつけるより興味が勝ったらしい。

「……まあ、それくらいはな」

「では、学校と大学校の差はなんだと思う?」

 ユラが答える。

「北方十三国でいちばん大きいから大学校──では、ないんですか?」

「それも間違いじゃない。でも、定義上は、全優科の有無だ。全優科ってのは、全寮制で、八歳から十二年かけてありとあらゆる学問、魔術、技術を学んでいく場所だ。全優科を卒業した人間は、最高等の教育を受けた者として、ウージスパインの高官に抜擢される場合が多い。将来を約束されるようなもんだな」

「ふむ。皇都のスクールのようなものか」

「もっとも、入学するためには大金を積む必要がある。貧富の差はそうそう埋まらないってこった」

「そういうことだったんでしか……」

 ヤーエルヘルが、感心したように何度も頷く。

「親切に、どうもありがとうございます」

「なに、これも仕事だ。気にすんな」

 兵士が気さくに右手を上げる。

「そうだ。大図書館はどこにあります?」

「ああ。ここから左手に、塀に沿って進みな。二時の門から入れる」

「ありがとうございまし!」

「馬車に気を付けろよ」

 兵士に会釈し、言われた通りに歩いていく。

「何時の門って名前、わかりやすくていいな」

「そうだね。敷地が円形だから、かな」

「位置から考えて、大図書館から見ていくのが妥当であろう」

「でしね」

 しばらく歩くと、十二時の門とそっくりな門扉が見えてくる。

 だが、こちらは開放されており、大勢の人々が行き交っていた。

「よかった、入れそうだね」

 門扉から伸びる道の先に、国会議事堂を彷彿とさせる巨大な建造物が見えた。

「……蔵書、何冊くらいあるんだろ」

「わかりませんが、ウージスパインで公的に発行された書物ならほとんど収集してあるそうでし。出版社と契約を交わして、寄贈させているのだとか」

 国会議事堂ではなく、国会図書館だった。

「じゃ、いったんお昼まで調べものかな」

「はあい」

 いざ、大図書館へと足を踏み入れる。

 身分証──遺物三都でのパーティ登録証を提示し、書物を汚損した場合賠償責任を負う誓約書にサインし、ボディチェックを受けて、ようやく入館することができた。

「……名前、練習しておいてよかった」

「危ないところであったな」

「しかし──」

 大図書館の威容を見渡す。

「ここで調べものとか、気が遠くなってくるな」

 家の近所にあった小さな図書館とは比べものにならない規模だ。

 司書に尋ねたところ、一般に開放されているのは大図書館の三分の一ほどに過ぎない。

 しかし、その一部ですら数万冊の蔵書を誇ると言う。

「ごめん、俺ちょっと役に立てそうにない」

「仕方ないよ。カナトは勉強を始めたばかりなのだし」

「気にするな。自分にできることを、できるときにすればよいのだ」

「……うん、ありがとう。高いところの本くらいは取るよ。これでも身長は低くないし」

 さして高くもないけど。

 文字が読めない俺は、できることがない。

 荷物運びに徹するのだが、どうしても時間を持て余す。

「──…………」

 並んで書物とにらめっこしている三人に、告げる。

「俺、ちょっとそのへん見てくるよ」

「うん、気を付けてね」

「怪しい大人にはついて行かぬのだぞ」

「子供か」

「ごめんなし、構えなくて……」

「子供か」

 軽く突っ込みつつ、その場を離れる。

 艶めいた上品な木製の書棚に、色彩豊かな背表紙が詰め込まれている。

 特に分厚い一冊を抜き取ってみると、それは図鑑だった。

 植物図鑑であったらしく、見たことのない果実の絵が無数に並んでいる。

 なかなか面白い。

 物語なども、ぱらぱらとめくると挿絵があったりして、合間合間を想像で補完することで十分楽しめた。

 製紙技術がさほど高くないためか、ページの一枚一枚が元の世界の倍ほどに分厚く、紙の色も黄色みがかっているが、そんなことは大して気にもならない。

「……これ、読みたいな」

 俺は読書が好きだ。

 濫読家でなんでも読むため、無駄な知識ばかりが脳内に沈殿している。

 普段はなんの役にも立たない雑学だが、サンストプラに来てからは現代知識として活用する機会があるため、世の中に無駄なことはないのだという実感があった。

 そんなことを考えながらページを繰っていると、


「──ぴぃイ!」


 遠くで、覚えのある鳴き声がした。

 それも、悲鳴に近い声色であるように思われた。

「……?」

 神眼を発動する。

 過集中状態になると、聴覚や皮膚感覚も鋭敏になる。

 かすかに声が耳に届いた。


「──やッ、やめ……、たす──うッ」


「──…………」

 駆け出す。

 すぐ傍で人が襲われていて、何もしないほど薄情ではない。



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