1/ネウロパニエ -終 交換条件

「──デイコスに襲われた?」

 ヘレジナの眼光がイオタを射抜く。

「す、……すみません、……けほッ」

「いや、お前を責めているのではない」

 ユラが苦笑する。

「結局、関わっちゃったね。なんだかそんな気がしてたけれど……」

「……イオタさん、大丈夫でしか?」

 仔竜──シィを胸に抱いたヤーエルヘルが、イオタの顔を心配そうに覗き込んだ。

「けほ、げほッ、……だ、大丈夫、です。く、薬を、飲めば……」

「常備しておらんのか」

「……こ、こうなる、の……けほ、久し振り、な、なので……。し、しばらく、平気──げほッ、だったんですが……」

「わかった。あんまり喋らなくていいよ。つらいだろ」

「──…………」

 本当につらかったのか、イオタが口を閉ざす。

 ひゅう、ひゅうという喘鳴が、かすかに耳朶を打った。

「とりあえず、道案内だけしてほしい。話すのが大変なら、道を指差すだけでいいから」

「……、は、はい……」

 イオタに導かれるまま、ネウロパニエを行く。

 目抜き通りを抜けると、見覚えのある路地に差し掛かった。

「……そ、そこの路地……、です」

「──…………」

「……えー」

 俺たちは、思わず顔を見合わせた。

「……イオタ。参考までに、お爺さんの名前と職業、教えてくれないかな」

 イオタが、戸惑うように間を空けて、答えた。

「……べ、ベディルス=シャン。けほ、けほッ、じゅ、術具士……、です」

「やっぱり……」

 恐らく、あの人に間違いないだろう。

「なんというか、奇遇でしね……」

「……ご、御存知、……でしたか……?」

「さっき挨拶した、というか」

 まあ、いい。

 今はイオタのことが先決だ。

 裏路地に足を踏み入れ、奥まった場所にあるビルの一室を再び訪れる。

 ──コン、コン。

「すみませーん!」

 ──コン、コン。

「ベディルスさん、いますか!」

 反応はない。

「困ったな……」

「カナト」

 ヘレジナが前へと進み出る。

「こんなものは、こうすればいいのだ」

 そう言って、


 ──ドンッ!


 ヘレジナが、思いきりドアを蹴破った。

「おい、ベディルス! 貴様の孫を連れて来た! 薬とやらを早く持ってこい!」

 ヘレジナの怒号が店内に響く。

 瞬間、光の矢が俺の頬をかすめた。

 見えていた。

 首をかしげて、避けたのだ。

 見れば、整然とした店の奥で、ベディルスが光の弓矢を構えている。

「孫を下ろせ。死にたくなければな」

「──…………」

 無言でイオタを下ろす。

「……や、やめて……、けほッ! こ、この人、たちは……」

「イオタ、こっちへ来い」

「お、おじ……、ちゃ……、ゲホッ!」

「こっちへ来い!」

 イオタに微笑む。

「いいから」

「う……」

「失礼しました。俺たちは、イオタを送りに来ただけです」

「──…………」

 そのとき、

 ベディルスが、

 光の矢を放った。


 ──ユラへ向けて。


 神眼を発動する。

 放たれた光の矢を、右手のひらで受け止める。

 威力は極小。

 火傷を負っただけだ。

 だが──

「……なんのつもりだ」

 声が低くなるのを自覚する。

「──お前、デイコスの手の者だな」

「貴様……ッ!」

 ヘレジナが双剣を構える。

「痛みに眉ひとつ動かさん。それに、気に入らない目をしている。人殺しの目だ」

「だから?」

 わかっている。

 これは挑発だ。

 頭では理解しているのに、ユラを狙われたことが許せない。

「や、やめてくだし! カナトさん! ヘレジナさん!」

「ぴぃ! ぴぃ!」

 ベディルスの視線がヤーエルヘルを射抜く。

「シィを離せ、小娘」

「は、はい!」

 ヤーエルヘルが、慌ててシィを宙へと離す。

 シィは、店内をぐるりと旋回し、再びヤーエルヘルの頭上に降り立った。

「ぴぃ」

「シィちゃあん……!」

「私は魔術に長けている」

 ベディルスが、再び光の弓矢を構える。

「今度は、人体を貫通する一撃を放つ」

「──…………」

「小娘どもを守りたければ、とっとと失せろ」

「背後から攻撃しない保証は?」

「知るか」

「──…………」

「──……」

 膠着する。

 対処は簡単だ。

 ベディルスを無力化する方法はいくらでもある。

 だが、イオタの祖父である事実と、この膠着が勘違いから生まれたものであるという事実が、俺にその方法を選択させなかった。

 やがて──

「──や、やめてッ!」

 イオタが、俺たちをかばうように前に出た。

「イオタ、退け」

「ど、ど、どかないッ!」

「退け」

「こ、この人たちは、ぼくを……! ぼくを、助けてくれたんだ……ッ!」

 イオタの悲鳴にも似た叫びが、店内に響き渡った。

「──…………」

 ベディルスが、光の弓矢を消す。

「ならば、そう言え」

「言ったではないか! 送りに来ただけだと!」

「ふん」

「こいつめ……!」

「まあ、まあ」

 ユラが、ヘレジナを宥める。

「──げほッ! けッ! けほ、げほ、ごほ……ッ!」

 先程の叫びが肺に響いたのか、イオタがその場に膝をつき、咳き込み始めた。

「イオタさん!」

 ヤーエルヘルがイオタの背中をさする。

「──ベディルスさん、薬を! 早く!」

「……ああ」

 ベディルスが、戸棚の奥から薬包を取り出した。

「イオタ、口を開けろ」

 イオタの顎を持ち上げ、薬包から黒い粉薬を口へ流し込む。

 ベディルスの操術が、グラスの水を口元へと運んだ。

「飲め」

「けほッ……」

 そうして、イオタは、なんとか薬を飲み込むことができた。

「イオタをソファに寝かせるけど、いいですね」

「ああ」

 イオタを抱え上げ、古びたソファに横たえる。

 水を飲んだことで咳は一時的に治まったが、よほど体力を削られたのか、イオタはぐったりとしている。

 気絶しているわけではないが、会話をする気力もないらしい。

 あとは薬が効いてくれればいいのだが。

「──それで」

 ベディルスが、作業机と揃いの椅子に腰掛ける。

「お前たちは、なんだ」

 ヘレジナが即答する。

「ただの客だ」

「──…………」

 ベディルスが、話にならんとばかりに俺に視線を向ける。

「貴様ァ!」

「ヘレジナ、どうどう」

 ヘレジナの扱いはユラに任せて、ベディルスの問いに答える。

「ただの客というのは本当です。ニャサのユーダイさんから紹介を受けて、ここへ来た。イオタとは昨夜、ホテルで知り合いました。ツィゴニアさんと一緒に。それで、今日図書館へ行ったらイオタが襲われているのを見掛けたので、助けたんです。それだけですよ」

「──…………」

 ベディルスが、値踏みをするように俺を見る。

 そして、

「……すまなかった」

 そう、素直に謝った。

「ふん、ようやくわかったか!」

 ヘレジナが得意げに薄い胸を張る。

「紹介状は読んだ。イオタの恩人だ。義術具を仕立ててやりたいが、今は難しい」

「それは、息子さん──ツィゴニアさんが暗殺者に狙われているから、ですか?」

「──…………」

 ベディルスは、一瞬目を泳がせると、

「……そうだ」

 と、小さく頷いた。

魔力マナさえあれば、誰でも同じ魔術を安定して運用できる。それが魔術具だ。魔術具の最も卑劣な使い方はわかるか」

「……?」

「それはな」

 ベディルスが、自嘲するように笑みを浮かべた。

「武器──だ」

「武器……」

 拳銃を思い出す。

 引き金を引けば、誰でも人を殺すことができる。

「故に、私には黒い繋がりがある。その繋がりで、知ったのだ。デイコスが息子を狙っていると」

 黙って話を聞いていたヤーエルヘルが、シィの首元を掻いてやりながら、尋ねる。

「それで、暗殺を防ぐために頑張ってらしたんでしか?」

「ああ」

「……これは、ちょっと頼めないね」

 ユラの言葉に、頷く。

「そうだな。さすがに……」

「──…………」

 ベディルスが何事か思案し、ゆっくりと口を開いた。

「いや。条件を呑んでもらえたら、義術具を作る。約束しよう」

「いえ、そんなに急がなくても」

 ユラたちの気持ちは嬉しいが、誕生日当日に間に合わなくても問題はないのだ。

「──違うな」

 ベディルスが、小さくかぶりを振った。

「義術具は作る。だから、私の頼みを聞いてくれないか」

「頼み、ですか?」

「ああ」

 頷き、問う。

「君、名前は」

「カナト=アイバです」

「剣術士だな」

「いちおう」

「謙遜するな。私の見立てが正しければ──」

 ベディルスが、鋭く俺を見定める。

「師範級、上位。あるいはそれ以上」

「……まあ、そのくらいですかね」

 嘘ではない。

「見ての通り、イオタも狙われている。恐らく今回に留まらない。デイコスの一人が、イオタの通う全優科に入り込んでいるという情報を入手した」

「──!」

「学校の中までは、守れん。休学という手もあるが、息子が許さんだろう。あれは、イオタを自分の後継者にしたいらしい」

「……言いたいことはわかりました。要するに、イオタを守ってほしいってことですよね」

「ああ」

「それは構わないんですが──」

 最大の疑問を口にする。

「……その、どうやって?」

「決まっている」

 ベディルスが、体ごとこちらへ向き直る。

 そして、深々と頭を下げた。

「──アイバ君。ウージスパイン魔術大学校全優科に、編入してほしい」



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