3/ラーイウラ王城 -6 控え室

「──第十三組の奴隷は、控え室へ!」


 拡声術の声が響き渡る。

 その言葉を耳にして、ユラが俺の膝からそっと降りた。

「カナト」

「うん」

「わたしは、あなたを信じています。武運を」

「ありがとう」

「なに、お前ならできる。自信を持て。過信はするな。決して油断はせぬように」

「ああ、もちろん」

「……頑張って、くだし。死なないでください。たとえ降参しても、誰も責めませんから」

「もしものときは、そうするよ」

 ヤーエルヘルの頭を、ぽんと撫でる。

「あたしからは、何も言えない。だから、これを」

 ネルは、髪をまとめていた緑色のリボンを解き、俺の二の腕に結んだ。

「ちゃんと返すのよ」

 ネルの真意は、わかっている。

 生きて帰ってこい。

「絶対に、返す。待っててくれ」

 皆に背を向ける。

 言いたいことは、たくさんあった。

 だが、口にしない。

 俺は、未練を山ほど残していく。

 生きて帰ってくるために。

 皆と別れ、地下の控え室へと向かう。

 随所に控えている兵士が案内してくれたため、迷うことはなかった。

 控え室の扉を開くと、熱気が溢れ出た。

 目についたのは、数名の奴隷。

 そして、無数の武具だった。

「武器の持ち込みは、原則禁止となっている。ただし、ここにあるものは自由に使って構わない」

「わかりました」

 控え室に入ると、無遠慮な視線が俺を撫で回した。

 そして、失笑。

 遺物三都でもそうだったが、俺は随分と弱く見えるらしい。

 好都合だ。

 他の奴隷を無視し、武器を見て回る。

「──よう、色男。見てたぜ。まー綺麗どころを侍らせてよ。さぞ気持ちいいだろうなァ」

 候補としては、まずは長剣だ。

 幾つか手に取るが、どうにもしっくり来ない。

 長さが良ければ重く、重さが良ければ短い。

 実戦では折れた神剣を、訓練では軽い木剣を使っていたのだから、仕方ない面もある。

「おい、無視すんな。聞いてンのか、おい!」

 今の俺は、不殺ころさずにはこだわらない。

 勝ち残り、生き残るために、人の命を奪うことに躊躇はない。

 これは、一方的な虐殺ではない。

 殺し合いなのだから。

 だから、この選択は、純粋に勝利を目指してのことだった。

「おい、いい加減に──」

「悪い、これ持っててくれないか」

 俺は、柄が木製の長槍を、先程から話し掛けてくる奴隷の男に手渡した。

「あン?」

 奴隷の男が、思いのほか素直に槍を持つ。

「両手を、こう。槍を横にする感じで」

「あ、ああ……。こうか?」

「そうそう」

 適当に、切れ味の鋭そうな長剣を手に取る。

 そして、奴隷の男が手に持った槍を、半ばほどで寸断した。

「ヒッ!」

 長剣の切っ先が、奴隷の男の鼻をかすめる。

 だが、当たってはいない。

 当たらないように斬り上げたからだ。

「──おい! 控え室での小競り合いは禁止だ! 場合によっては失格にするぞ!」

「いえ、ちょっと手伝ってもらっていただけです。ほら、これを」

 そう言って、良い長さになった柄を奴隷の男から取り上げる。

「……なに?」

 軽く、振り心地を試す。

 思った通り、ちょうどいい。

「これが、俺の武器です」

 そう口にした瞬間、控え室を爆笑の渦が包み込んだ。

 ただ一人、俺に絡んできた奴隷の男を除いて。

 奴隷の男が、額に血管を浮かせながら、据わった目で毒づいた。

「……最初に殺してやるよ、色男」

 会話をする気はなかった。

 変に親しくなってしまえば、本気で打ち込みにくい。

 殺しにくい。

 俺は、部屋の隅に腰を下ろし、試合開始の時刻を待った。

 第十三組の奴隷たちの実力を、抜け目なく観察しながら。


「──五分後、第十三組の試合を開始する。戦う意志のある奴隷は、闘技場へ出ろ!」


 兵士の言葉に、おもむろに腰を上げる。

 そして、奴隷たちの列に混じり、階段から地上へ出た。

 死体こそ片付けられているものの、闘技場の随所には生々しい血液の痕跡が残っている。

 第十三組は、俺を含めて十名。

 全員が、思い思いの場所に陣取る。

 最初の展開は、既にわかっている。

 俺は、目を閉じ、そっと呼吸を整えた。

 大丈夫だ。

 大丈夫だ。

 行ける。

 そして──


 銅鑼が、三度打ち鳴らされた。



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