3/ペルフェン -2 財宝の使い道

 ヤーエルヘルの部屋は、ほとんど物がなかった。

 荷物は持てる重さまで。

 旅慣れたヤーエルヘルにとって、それが普通のことなのだろう。

 最後に風呂を借り、上がると、机の上に食事が用意されていた。

 いかにも酒場で好まれそうな、見るからに味付けの濃い肉料理ばかりだ。

「お、美味そう。干し肉しか食べてなかったから、ありがたいや」

「ユラさんの料理も絶品でしが、アーリエさんの料理も美味しいでしよ」

「アーリエさん?」

「酒場の調理担当のひとでし。裏にいるので、カナトさんたちとは顔を合わせたことがないと思いましが」

「じゃあ、あとでお礼言っとかないとな」

 鉄串に刺さったレバーの塩焼きを口に運びながら、ヘレジナの様子を窺う。

「……?」

 ヘレジナが小首をかしげる。

「どうした、カナト。妙な顔をして」

「いや──」

 思いのほかいつも通りなヘレジナに、すこしだけ戸惑う。

「これから、どうしようかと思ってさ」

「決まっている。路銀は十分過ぎるほどに稼いだのだ。明日にはアインハネスへ入国しよう」

「あ、さっき話したんだけれどね。ヤーエルヘルも一緒に来たいって」

「はい。師はどこにいるかわかりませんし、手掛かりもありません。それなら、ワンダラスト・テイルとして、このまま三人と旅ができたらと思ったのでし。三人と一緒に過ごすのは、すごく楽しかったでしから」

 ヤーエルヘルが、遠慮がちに俺の顔を覗き込む。

「カナトさんが迷惑でなければ、でしが……」

「それは嬉しいけど」

 本当に、これでいいのだろうか。

 "銀琴"を失ったまま、旅路に戻る。

 それで、本当に──


《このままベイアナットを後にする》


《"銀琴"を探す》


 脳裏に選択肢が現れる。

 それは、俺に選択を強制するような、有無を言わさぬ迫力に満ちていた。

「──…………」

 答えなんて、決まってる。

「ヘレジナ」

「なんだ」

「何度でも言う。"銀琴"を取り返そう」

「──…………」

 ヘレジナが口をつぐむ。

「ユラも、ヤーエルヘルも、いいのか? ヘレジナの宝物が奪われたままなんだ。取り戻すために頑張ってきた。迷宮に挑み、財宝だって手に入れた。だったら──」

 全員の顔を見渡し、告げる。

「だったら、もうひと頑張りだけ、してみないか?」

「……"銀琴"は、ルルダンの商談相手に強奪された。憲兵隊が見つければ、"銀琴"は没収され、アインハネスの国財となるだろう」

「憲兵隊が見つける前に捕まえればいい」

「どうやって! 私たちは、賊の性別すら知らないのだぞ!」

「調べればいい」

「だから、どうやって……」

「ヤーエルヘル。ペルフェンの憲兵隊について、何か知らない?」

「何か、でしか?」

「具体的に言えば、賄賂が通じるか否か」

「!」

 ユラの瞳に理解の色が灯る。

「わたしたちには、お金がある……」

「そうだ。派手に使ってしまえばいい。情報が欲しければ、買えばいい。手が足りなければ、雇えばいいんだ。俺たちには、それができる」

「──…………」

 ヘレジナが、相好を崩す。

「はは、は……、よくもまあ、悪知恵が働くものだ……」

「明日、ペルフェンに行こう。とっくに犯人が捕まってたら、お偉いさんに袋ごと金貨をくれてやればいいさ」

「……ああ!」

 覇気を取り戻したヘレジナを見て、ようやく、無理をしていたのだと気が付いた。

 ヘレジナは、こうでなくてはならない。

「ありがとう、カナト」

 ユラが微笑む。

「わたしたちでは、具体的な方策が思い浮かばなかったから……」

「カナトさん、すごいでし!」

「単にずる賢いだけだよ。今日はこのままヤーエルヘルの部屋を借りて寝よう。郊外の借家に行きつ戻りつするのは、時間がもったいない」

「じゃあ、ウガルデさんに伝えてきましね」

 そう言って、ヤーエルヘルが自室を出て行く。

 なんとしてでも"銀琴"を取り戻す。

 俺は、そう心に誓うのだった。



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