3/ペルフェン -3 交渉

 翌日の早朝、俺たちは、アインハネスへと入国した。

 時間が時間だったためか、出入国管理所には、ほとんど人が並んでいなかった。

 国境線を意味する城壁を抜けた刹那、俺たちは驚愕した。

「街が、山に囲まれてる……」

 まず、ペルフェンにおいては、俺たちのいる国境線がいちばんの高台だ。

 ペルフェンの街並みは、そこから延々と下っており、最も深い窪地に張られた湖が太陽の光を受けてきらきらと輝いている。

 都市の周囲はCの字型の山脈で囲われており、まさに天然の要害となっていた。

「たぶん、隕石だ」

「隕石、でしか?」

「大きめの隕石が地上と平行に近い角度で落ちたんだと思う。そうでないと、この地形の説明がつかない」

「あちしは、神人大戦の爪痕だと聞きました。エル=タナエルの陪神イルザンハィネスが太陽を落としたのだと」

「太陽が落ちるって、それ、太陽に落ちてるってことだから……」

 ヘレジナが首を横に振る。

「そんなことはない。エル=サンストプラの遺骸を核に球体として作り直された現在の世界だが、神代以前は平らだった」

 ユラがヘレジナの言葉を継ぐ。

「閉じた球形の世界とは違って、"平らな世界"には果てがない。終わりがないの。だから、太陽が落ちたって平気。無限に比べれば、すべては無に等しいのだから」

「……大きさからして、さすがに太陽ではない思うけどね」

「うん。その点は誇張かもしれないね」

 そう言って、ユラが微笑んだ。

「では、憲兵隊の駐留所へと向かいましょう。手掛かりはきっとある」

「ああ」

 力強く頷く。

 俺たちは、ペルフェン中央区へと続く長い坂道を、ゆっくりと下り始めた。




 憲兵隊駐留所は、ベイアナットの公安警邏隊詰所の何倍も広かった。

 だが、その規模に反して、兵士の姿はほとんどない。

 ルルダン二等騎士を殺害した犯人を捜すため、手を尽くしているのだろう。

「──何者だ!」

 ひとりの憲兵が俺たちを呼び止める。

「あ、や、怪しいものでは!」

 ヤーエルヘルが、わたわたと答えた。

 余計に怪しい。

「ええと、ちょっと用事があって来たんですけど、誰もいなかったので……」

「現在、憲兵隊の隊士は出払っている。市民の声を聞く余裕はない。どうしてもと言うのであれば、ペルフェンの自警団を頼るがいい」

「そこをなんとか」

「何度も言わせるな。さっさと──」

 懐から金貨をちらりと見せる。

「──…………」

 硬貨を指のあいだで滑らせ、二枚であることを示す。

「……こほん」

 憲兵が咳払いをし、前言を撤回する。

「しかし、緊急事態であれば看過はできない。用向きによっては考えてやらんこともない」

 よし、通った。

「憲兵さんよりちょっとだけ階級が上の、偉いことは偉いけどすごくは偉くなくて、なるべく欲望に忠実な人と会いたいんですよね」

「ふわっとした物言いのわりに注文が多いな……」

 憲兵がきびすを返す。

「心当たりがある。ついてこい」

 と言いつつ、憲兵は歩き出さない。

 背を向けたままこちらに手を伸ばし、何かを待っている。

 俺は、その手に、三枚の金貨を握らせた。

「♪」

 憲兵の足取りが軽かったのは、気のせいではあるまい。

 憲兵が、とある部屋の扉を叩く。

「──兵長! 客人が来られました!」

「入りたまえ」

 渋い声が響く。

 憲兵が扉を開き、

「では、自分はここまでだ。あとは好きにするといい」

 そう言って、元来た道を戻っていった。

 互いに小さく頷き合い、兵長の部屋へと入る。

「……?」

 机で書き物仕事をしていた兵長が、不審そうにこちらをねめ回す。

「誰だね、君たちは。知らない顔だが」

「俺たちは、こういう者です」

 パーティ登録証を兵長の机に置く。

「ワンダラスト・テイル──冒険者か」

「はい」

「して、何用だ。見ての通り、憲兵隊は、とある案件にかかりきりだ。冒険者に割く人的余裕はない」

「大丈夫です。すぐに終わります」

 机に両手を突き、請うように口を開く。

「オゼロ=プリヤシュと話がしたいのです。彼はどこにいますか」

「はっ」

 兵長が、鼻で笑う。

「オゼロ=プリヤシュは重要参考人だ。面会は認められない。用件はそれだけか?」

「──…………」

 金貨を一枚、机に置く。

「見くびるな、冒険者。金で解決しようとは見下げ果てたやつめ。いいからその金貨を──」

 じゃらり。

 金貨を十枚、さらに並べる。

「ッ!」

「オゼロ=プリヤシュはどこにいますか?」

 そう言って、さらに一枚足す。

「言えるものか……」

 さらに足す。

「いや、その……」

 もう一枚足す。

「──…………」

 最後に一枚足して、金貨は十五枚。

 ウガルデに尋ねたところ、神代の金貨の価値は、一枚で千四百から千七百シーグルほど。

 日本円に換算して、三十万円前後といったところである。

 俺は、兵長の目を覗き込んだ。

 心理学を嗜んでいなくとも、わかる。

 これは、既に心は決まっていて、あとはどこまで値段を吊り上げられるか心の中でほくそ笑んでいる顔だ。

「オゼロと話がしたい。ほんの五分で構いません。面会できませんか」

「難しいな……」

 このまま足せば、天井知らずだ。

 きりがない。

 なので、

「そうですか」

 俺は、わざとらしく肩を落としてみせると、十五枚の金貨から一枚を懐に戻した。

「!?」

「あと二回だけ言います。オゼロと会わせてください」

 二枚を懐に戻す。

「あ──……」

 兵長が、情けない顔で、金貨と俺とを見比べた。

「最後です」

 俺は、すべての金貨をまとめ、言った。

「──オゼロに会わせてください」

「あ、ああ……」

 兵長が、浅く頷く。

「……わかった」

 やっと折れたか。

「容赦ないな、カナト……」

 ヘレジナが、恐ろしいものを見るような視線を俺に向ける。

「優しいほうだと思うけど」

「カナトは交渉事に向いてるの。カジノでもそうだったもの」

「カジノって、ハノンソルのでしか?」

「うん、あとで聞かせてあげるね。百億シーグルの大勝負の話」

「ひゃ……!?」

 ヤーエルヘルが目をまるくする。

 ちょっと恥ずかしい。



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