1/ベイアナット -6 爆砕術
所持金はあと僅か。
だが、取らぬ狸の皮算用で、日持ちのする食材をたっぷりと買い込んでしまった。
「じゃあ、わたしは仕込みに入るね。ヤーエルヘル、がんばって」
「はい!」
ユラが、手を振りながら、平屋の中へと姿を消した。
「では──」
ヘレジナが、ヤーエルヘルへと向き直る。
「ヤーエルヘル、お前の実力を見せてもらいたい。お前はいったい、何ができる。師に何を教わった?」
軽く唾を飲み込んでから、ヤーエルヘルが答える。
「あちしは、徒弟級の魔術士でし。専門は爆砕術でし」
「……?」
思わず首をかしげていると、ヘレジナが解説を入れてくれた。
「爆砕術とは、火法系統、炎術の応用魔術だ。火薬との相似魔術と言えば、カナトにも伝わるだろうか」
「──あ、いや、爆砕術は言葉の響きでなんとなくわかる」
「では、何を疑問に思ったのだ?」
「この世界の人たちは、ほとんど全員、魔法と魔術が使えるだろ。なのに、わざわざ魔術士って分類を作るのは、どうしてかなと思ってさ」
「ああ、そうか」
小さく頷き、ヘレジナが答える。
「一般人が日常生活を送るためには、炎術、灯術、操術があれば事足りる。魔術士とは、それ以外の専門性の高い魔術を扱う人間のことを指す。ユラさまは治癒術士だが、広義の魔術士でもある」
「なるほど……」
「?」
今度は、ヤーエルヘルが小首をかしげる番だった。
「この世界……?」
特に隠す理由もないか。
「俺は、サンストプラの人間じゃないんだよ」
「サンストプラ以外に世界があるのでしか?」
「あるみたい。俺もよくわかってないけど……」
パン、パン。
ヘレジナが両手を打ち鳴らす。
「お喋りは後だ。ヤーエルヘル、お前の魔術を見せてみろ」
「はい……」
ヤーエルヘルが、数瞬ばかり目を閉じ、意識を集中させる。
そして、
「はッ!」
右手の人差し指と中指とを揃え、数メートル先に落ちていた小石へと向けた。
指先から放たれた火花が、パチパチと爆ぜながら一直線に走る。
火の粉が触れた瞬間、
──ボンッ!
小石が弾け、粉々になった。
「おお」
炎術以外の攻撃魔術は初めて見た。
「ふむ」
ヘレジナが頷き、言葉を継ぐ。
「では、次に威力と精度を測る。可能な限り遠くの標的を、可能な限りの威力で爆砕してみろ」
「えと」
ヤーエルヘルが、戸惑いながら言う。
「いまのが精一杯だったのでしが……」
「……んえ?」
ヘレジナが間の抜けた声を上げた。
「しみません、徒弟級でしので……。威力は上げられるのでしが、そうすると、どこへ飛ぶのかわからなくて」
ヘレジナが、呟くように口を開く。
「……早まったか……」
「ごめんなし……」
雲行きが怪しくなってきたので、助け船を出すことにした。
「いや、十分すごいよ。まともに食らえば骨折はする。当たり所が悪ければ、死ぬ可能性だってある。あんまり強力すぎても使い道がないだろ」
「対人かつ
「ないけど……」
「魔術士と剣術士が真剣勝負を行った場合、ほぼ確実に魔術士が勝利を収める。理由は攻撃範囲だ。魔術士が距離を取って戦えば、剣術士は無力だ。カナトが私と手合わせした場合、十本のうち一本は取れるかもしれない。だが、私が"銀琴"を持って百歩先から攻撃を仕掛けてきたら、どうなる?」
「無理」
「魔術士に真に必要なのは、攻撃精度なのだ。威力は二の次でいい。十歩先の小石にしか確実に当てられないようであれば、役には立たん」
「──…………」
ずうん。
そんな音が聞こえてきそうなほど、ヤーエルヘルが落ち込んだ。
「あのウガルデという男、酷なことをする。無力な子供を冒険者に仕立て、わざわざ危険に晒すとは……」
ヤーエルヘルが、ヘレジナの目をまっすぐに見据えて言った。
「あちしが弱いのは、あちしの責任でし。ウガルデさんは、あちしの意思を汲んでくれただけでし。悪く言わないでください……」
「……すまん」
ヘレジナが、存外素直に謝った。
「だが、足手まといは要らん。これは、意地悪で言っているのではない。私たちに回ってくるのは、恐らく、高難度の仕事だろう。実力が離れていることは、お前自身を危険に晒すことに他ならん。自分の命は自分で守らねば、すぐに失ってしまうぞ」
場の空気が重くなる。
ヘレジナは、ヤーエルヘルの身を案じている。
だからこそ、厳しい言葉で"諦めろ"と言っているのだ。
だが、それは性急というものだ。
「いや、ヤーエルヘルにしかできない役目がある」
「!」
ヤーエルヘルが目を見張る。
「そ、それは、どんな役目でしか……?」
「ユラの護衛だよ」
「……そうか!」
俺の言葉を聞いたヘレジナが、瞠目して頷いた。
「ユラは奇跡級の治癒術士だ。死に至るほどの重傷だって、生きてるうちは治せる。もしものことを考えれば、ユラを置いて出るのは愚策だ。でも、ユラには、攻撃手段も自衛手段もない。だから、ヤーエルヘルにはユラを守っていてほしいんだ。それは、きっと、最悪の事態を回避する手段になると思うから」
「カナトの言う通りだ。私は、ヤーエルヘルの能力ばかり見て、パーティ内での役割分担のことを考えていなかった……」
ヘレジナが、ヤーエルヘルに深々と頭を下げる。
「足手まといだなどと言って、すまなかった。ユラさまを守ってもらえるだろうか」
自分の非を認めて素直に謝れるのは、ヘレジナの長所だ。
「そんな、頭を上げてくだし! あちしが役に立てるのなら、嬉しいでし……!」
「感謝する」
顔を上げたヘレジナが、こちらに視線を向ける。
「カナトも、ありがとう。不用意にユラさまを危険に晒すところであった」
「ユラが大切なのは、俺だって同じだ。礼なんていらないよ」
「そうか」
ヘレジナが薄く微笑む。
「この感謝は、私の持てる限りの技術をカナトに叩き込むことで示そう」
「げっ」
「枝を持て」
ヘレジナが、短剣の長さに整えた二本の小枝を拾い上げる。
「ヤーエルヘルよ。せっかく仲間になったのだ。話の種に、特等席で見物していけ。奇跡級の剣術士同士の模擬戦というものを」
「はい!」
「ユラに怒られないといいけど……」
呟きながら、一メートル少々の長さの枝を拾い上げる。
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