異世界は選択の連続である ～自称村人Ａ、選択肢が見える能力"羅針盤"に叛逆し自らの力のみでヒーローを目指す～

１／ベイアナット -7 徒弟級、師範級、奇跡級、陪神級

「では、カナトから打ち込んでこい」

「わかった」

　枝の端を両手で握り込み、正眼の構えを取る。

　構えは適当だ。

　俺には、剣術の心得などない。

　型も知らない。

　だが、自分の体をどう使えば最善の動きができるのか、そのことだけには自信があった。

「──シッ！」

　ヘレジナの正中線に沿って枝を振り下ろす。

　ヘレジナが半歩下がる。

　俺の一閃は、ヘレジナの鼻先から数ミリ離れたところをかすめるに留まった。

　俺の持つ得物の長さを完璧に把握していなければ、この動作は不可能だ。

　だが、読んでいる。

　ギリギリで避けたがるのはヘレジナの癖だ。

　枝を振り下ろしながら、両手首をひねり、さらに一歩踏み込む。

　そして、一切の速度を落とすことなく斬り上げに転じた。

「！」

　密かに練習していた"燕返し"だ。

　初見殺しの連撃に、しかしヘレジナは対応してみせた。

　斬り上げる枝と同じ速度で胸を反らし、そのまま後方宙返りへと繋げる。

　ただの回避ではない。

「つッ──」

　宙返りをする際、ついでとばかりに俺の手を蹴り上げていったのだ。

　手が痺れ、体勢が崩れる。

　枝を取り落とさなかったのは奇跡と言える。

　華麗に着地したヘレジナが、右手の枝で俺の左肩を袈裟懸けに斬りつける。

　一歩後退し、避ける。

　重心の崩れたヘレジナの頭部へと枝を振り下ろそうとした瞬間、ヘレジナが消えた。

　違う。

　一瞬で俺の懐に入ったのだ。

　ヘレジナは、勢いそのままに横に一回転し、両手の枝で俺の胴を撫で斬ろうとする。

　何度か見た技だ。

　ヘレジナの回転に合わせ、半弧を描いて胴への攻撃を避ける。

　爪先が、地面をえぐり取り、滑る。

　体勢が崩れたため、いったんその場を飛び退く。

　この間、三秒。

「ふえ……」

　ヤーエルヘルの唖然とする声が聞こえた気がしたが、意識を向けるわけにはいかない。

　そんなことをすれば、一瞬で刈り取られる。

　俺が相手しているのは、それほどの使い手なのだ。

　一合、二合、三合、四合。

　俺とヘレジナは、打ち合い、避け合い、鍔迫り合いながら、徐々に感覚を研ぎ澄ましていく。

　五合、六合、七合、八合。

　そして、九合目──

「だッ……！」

　俺は、ヘレジナに足をすくわれ、無様に転んでしまった。

「ふむ、動けるようになってきたじゃないか」

「──はッ、はあッ、……はッ、も、痛みも、ないしね……」

　差し出された手を握る。

　ヘレジナに引っ張り起こしてもらいながら、左手で額の汗を拭った。

「しごい……」

　ヤーエルヘルが、呆然とこちらを見ている。

　少々照れる。

「しかし、最初の二撃には驚かされたな。勢いを殺さず斬り上げに変じるとは」

「ああ、燕返しか……。こっちの世界の剣豪が、使った、技なんだ。試しにやってみたら、できそうだっ……たから、ちょっと、練習してみた……」

「応用が利きそうだ。さらに鍛錬を重ねるがよい」

「ありがと……」

　平屋の傍にある岩に腰掛け、呼吸を整える。

　俺専用の休憩席だ。

「奇跡級って、こんな世界なんでしね……」

「中位と上位との境目には、またひとつ壁がある。奇跡級上位には、私とカナトが同時に斬り掛かったとしても勝ち目はないだろう」

「人間やめてまし」

「特位や陪神級に至れば、完全に超人だ。私などはまだまだひよっこだよ」

「ヘレジナさんでひよっこ……」

　衝撃を受けている様子のヤーエルヘルを尻目に、ふと湧いた疑問をぶつける。

「そう言えば、なんとなく聞き流してたんだけどさ」

「うん？」

「奇跡級とか陪神級とかって、具体的にはなんなんだ？」

　ヘレジナが呆れたように口を開く。

「今更ではないか……？」

「いや、なんとなくはわかるんだよ。徒弟級がいちばん下で、師範級、奇跡級、陪神級と続くんだろ。そのくらいは覚えてる」

「カナトさんは異世界の人間だから、級位のこともピンと来ないんでしね」

「うん……」

「魔術、技術を習得し、さらなる高みを目指そうとする人々のことを、"術士"と呼びまし。術士の級位は、大まかに分けて四つ。いまカナトさんが言った、徒弟級、師範級、奇跡級、陪神級でし」

「そのあたりは、まあ」

「何か物事を始めるときは、まず徒弟級からでし。師範から一通りのことを教わり、皆伝となったのち、師範級より上の級位の人間の推薦があれば、徒弟級の術士は師範級へ上がることができまし。師範級になれば、教室を開くことができるんでしよ」

　そう言えば、ナクルも、灯術の教室へ通うんだって息巻いてたっけ。

　ヤーエルヘルの説明をヘレジナが引き継ぐ。

「師範級の中でも、特にその技術に習熟した者、あるいはめざましい活躍を見せた者は、奇跡級と呼ばれることがある。ただし、奇跡級というくくりは曖昧だ。技術によっては奇跡級という級位自体を公的には認めていないものもある」

「ふんふん」

「ウガルデも言っていたように、級位詐欺は多い。自称奇跡級という輩がそこら中を闊歩しているのが現状だ。だから、侮られ、笑われても、私は怒らなかったのだ」

　たしかに、不思議に思ってはいた。

　普段通りのヘレジナであれば、挑発に乗った末、屋内で"銀琴"の弦を引いていたかもしれない。

　冷静に受け答えをしていたのには、そんな理由があったのか。

「じゃあ、俺の奇跡級下位ってのも、けっこう適当なのかな」

「いや」

　ヘレジナが首を横に振る。

「こと戦闘技術においては、勝敗が明確であるため、級位の誤認は起こりにくい。級位とは、基本的に、実力が上の人間が判断するものだ。私が奇跡級中位を標榜しているのは師匠がそう認めたからだし、カナトが奇跡級下位なのは私がそう判断したからだ。それでも、明確な基準が存在しない以上、戦闘技術における級位は上下にひとつほど振れる。師範級中位と名乗る剣術士が実際には師範級下位程度の実力しかなかったり、逆に師範級上位ほどの実力があったりするのはよく聞く話だ。もっとも、奇跡級ともなれば、自分や相手の実力を見極める能力が格段に上がるから、振れ幅はそれほど大きくはないのだがな」

「じゃあ、特位っていうのは？」

「特位の前に、陪神級の話をしたほうがいいんじゃないでしか？」

　ヤーエルヘルの言葉にヘレジナが頷く。

「陪神級とは、その技術において、世界で四本の指に入ると国家間で認定された者を指す。あらゆる技術において、陪神級は四人までとされている。だが、世界は広い、市井に紛れて暮らす、陪神級と同等、場合によってはそれ以上の使い手が存在するかもしれない。彼らを奇跡級特位と呼び習わすのだ。陪神級から漏れただけで、同じだけの実力を持つと考えて差し支えない」

「なるほど……」

「理解したか？」

「よくわかりました。勉強になったよ」

「では、二本目行くぞ」

「今日はもう勘弁して……」

「カナトさん、がんばってくだし……」

　体操術を扱えるサンストプラの人々が羨ましくて仕方ない。

　朝、目が覚めたら、魔法が使えるようになっていたりしないだろうか。

　しないだろうなあ。

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