1/ベイアナット -5 フルルカ
遺物都市ベイアナット。
言葉の響きから連想される古めかしい建造物の姿は、ここにはない。
当然だ。
遺物三都は、カナン遺跡群の地下迷宮が発見された三十年前に築かれた、ごく新しい都市なのだから。
ベイアナット、ロウ・カーナン、ペルフェンの中央に存在するカナン遺跡群へと向かえば、イメージ通りの廃都を見ることができるだろう。
「そう言えば、このあたりまで来たのって初めてだな。ずっと療養してたから」
ベイアナットは活気に満ち溢れた都市だ。
武器を提げた冒険者たちが荒々しく闊歩し、露天商や呼び込みも語気が強い。
すれ違いざまに肩がぶつかったとしても、睨まれるどころか、誰も気にすらしないのだ。
あのハノンソルが上品に思えるほど、すべてが大雑把で粗暴だった。
「カナトさん、病気だったのでしか……?」
無意識に腹部を撫でながら、答える。
「いや、ちょっと、内臓までえぐられて……」
「ふひえ」
ヤーエルヘルが目をまるくする。
「ユラがいなければ、今ごろ死んでたな。改めて、ありがとう」
「わたし、カナトが生きてるだけで嬉しいから……」
微笑み合う俺たちを見て、ヤーエルヘルが目を伏せる。
「仲がよくて、羨ましいでし。あちしにはそんなひと、いないから……」
「──…………」
ヘレジナが、神妙な顔で、ヤーエルヘルへと向き直る。
「話したくなければ、話さずとも構わない。だが、お前は、このベイアナットにおいて私たちの先達である。これまでどんな経験をしてきたか、私たちに教えてはくれまいか」
ヤーエルヘルが、目を見張る。
ヘレジナにそんなことを言われるとは、思ってもみなかったらしい。
「わかりました」
微笑し、ヤーエルヘルが続ける。
「あちしは北の出でし。故郷を放り出されてからベイアナットに辿り着くまで、ずっと放浪を続けていました」
「たったひとりで?」
だとすれば尊敬に値する。
旅慣れない俺たちは、三人での旅ですら戸惑うことばかりなのに。
「いえ、あちしには仲間がいたのでし。仲間と言うより、保護者や師に近いのでしが……」
ヤーエルヘルが、遠い目をする。
「行き倒れていたあちしを拾って、身を守るための魔術を教えてくれた。とても優しくて、けれども厳しいひとでした」
「──…………」
ふと、ウガルデの言葉が脳裏に蘇る。
所属していたパーティが全滅した。
「ええと……」
思わず、ユラとヘレジナのふたりと顔を見合わせる。
彼女たちも同じことを考えているようだった。
「──あ、違いまし違いまし。そのひとは、たぶん、生きてまし」
「それならよかった……」
ユラが、ほっと胸を撫で下ろす。
「そのひとは、ある朝突然いなくなっていました。宿の主人に伝言を残して」
こつん。
ヤーエルヘルが、足元の小石を軽く蹴った。
「"卒業試験だ、私に追いついてごらん"」
「──…………」
「あちしは子供でし。路銀を稼ごうにも、子供のできる仕事なんてそうそうない。だからあちしは、遺物三都を目指したのでし。年齢も性別も関係ない、実力主義の街へ」
「……そっか」
頑張ったな。
頭を撫でて、そう言ってやりたい衝動に駆られる。
だが、それは、ヤーエルヘルに対する冒涜になるかもしれない。
本来であれば、親元で安穏と暮らしている年齢に見える。
本当は頑張りたくなんてなかったのかもしれないから。
だから、すこしだけ、話の矛先をずらした。
「じゃあ、ベイアナットに来てからは?」
「いろんなパーティに混ぜてもらって、すこしずつお金を貯めていまし。最近では、ギルドの酒場で働いた賃金のほうが多くなってましたが……」
「パーティとは、一度組めば一蓮托生。解散するまで常に同行するものではないのか?」
「最初はそうでした。でしが──」
ヤーエルヘルが言い淀む。
「……そうか、例の」
「はい……」
パーティの全滅。
冒険者という仕事は、死と隣り合わせだ。
そのことを改めて実感する。
「それに、あちし……」
帽子を深々とかぶり直しながら、ばつが悪そうに続ける。
「あちし、そういうの向いてないので……」
「──…………」
理由が気になったが、なんとなく聞きづらい。
「どんな仕事をしてきたの?」
ユラが尋ねた。
「いろいろしました。他のパーティと合同で魔獣退治をしたこともありましし、護衛、調達、やたらと報酬のいい草むしりなんかも」
「……草むしり?」
「やることは、要は警備でし。草むしりという名目で庭に待機させて、怪しい人影や野生動物、魔獣なんかが現れたら、冒険者が自主的に撃退するよう仕向けるのでし」
「普通に警備を頼めばいいのに……」
「名目上は草むしりでしから、何も出なければ相場が警備よりお安いのでし。何か出て撃退してくれれば特別報酬でも支払えばいいでしし、庭がきれいになるおまけ付き。この手のずるい依頼は、あんまりおすすめしません」
「ふむ」
ヘレジナが、感心したように頷く。
「腕に覚えこそあれど、私たちはギルドの仕事をこなしたことがない。ヤーエルヘルの話は非常に参考になる」
「えへへ……」
照れ笑いを浮かべるヤーエルヘルを慈しむように眺めながら、ユラが口を開く。
「それじゃあ、食材を買って帰りましょうか。カナトのおなかもよくなってきたし、ヤーエルヘルの歓迎会も開きたいわ」
「いいんでしか……?」
「もちろん。三人とも、食べたいものはある?」
「うーん……」
ユラの気持ちは嬉しいが、この世界の料理ってあんまり知らないんだよな。
パンや麦粥、腸詰めなど、元の世界と共通の品はあれど、見たことも聞いたこともない料理や食材も少なくない。
「私は、ユラさまの作られるものでしたら、なんでも構いません。欠片も残さず完食いたします」
「それがいちばん困るのだけど……」
ユラが苦笑する。
「ヤーエルヘルは?」
「あちしは、故郷のサルナ──」
そこまで口にして、ヤーエルヘルが慌てたように首を横に振った。
「あ、いま、いまのなしでし。ちがいまし!」
「?」
どうしたのだろう。
気には掛かるが、追求すべきではあるまい。
俺たちにだって、隠しておきたいことはあるのだから。
そんなことを考えていたとき、ふと、見覚えのあるものが露天で売られていることに気が付いた。
マンゴーによく似た外見の果実。
「フルルカだ」
「フルルカがどうかしたか?」
「ハノンでユラと食べたんだよ。懐かしい──ってほどでもないか。あのときは生で食べたけど、本来は調理するものなんだっけ」
「うん。せっかくだし、今日の夕食はフルルカを使った料理にする?」
「それ、いいな。食べてみたい。ヘレジナも、ヤーエルヘルも、それでいい?」
「むろんだ」
「フルルカ好きでし。熱を入れると渋みが抜けて、ほくほくになるんでしよね」
「そうなんだ」
調理したフルルカがどんな味になるのか、楽しみにしておこう。
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