1/ベイアナット -4 パーティ

「しっかしよう。人は見た目によらねェってな、このことだな」

 受付の男性が、カウンターに額をぶつけかねない勢いで頭を下げる。

「申し訳ねェ、見誤った。俺の目は節穴だった。このギルドを開いて二十年、すこしは見る目が養われたと思ってたが、気のせいだったみてェだな。少なくとも、うちのギルドにゃあ、あんたら以上の使い手はいねェよ」

 ヘレジナが薄い胸を張る。

「ふふん。最初から白旗を上げておけば、手間がひとつ省けたのだぞ」

「見た目で侮るのは、もうやめにする。さっそく登録すっから、パーティ名と代表者、メンバーの名前を──」

 受付の男性がそこまで言ったとき、


 ──がらごろん!


 出入口の扉が乱暴に開かれた。

「あうッ!」

 大きな帽子を深々とかぶった少女が、勢いそのままに床へと倒れ込む。

「!」

 助け起こそうと近づきかけたとき、少女の背後から男の声がした。

「ッたく、クソの役にも立たねえ! コイツのせいで何匹取り逃したか!」

「──…………」

「おい、オッサン! よくも不良品掴ませてくれたなぁ!」

 受付の男性が眉をひそめる。

「そりゃ申し訳ねェが、相性ってもんがある。たまたま合わなかっただけだろう」

「相性以前の問題だ、ボケ!」

 見れば、男の仲間だろうか、三名の男女が扉の傍で不快そうな表情を浮かべている。

 その表情の理由が少女の失態なのか、見苦しく騒ぐ男に対してのものなのか、それはわからなかった。

「ごめ、なし──」

「チッ」

 冒険者の男が、鞘ごと長剣を振りかぶる。

 ほんの一秒後には、少女の肩をしたたかに打ち据えるだろう。

 そう判断した瞬間、体が動いていた。

「──やめろ」

 振り下ろす直前で、男の手首を掴む。

「ぐッ……」

 不意を突かれたのか、男が剣を取り落とした。

「事情は知らないけど、見てて愉快なもんじゃないよ」

「出しゃばってんじゃ──」

 男が拳を握り締める。

 その様子を見て、酔客のひとりが大声を上げた。

「おい、ハイゼル! そいつは!」

 だが、男は止まらない。

「──ねえッ!」

 不用意に殴り掛かってきた男の腕を軽くいなし、そのままの流れで足を払う。

 男が、その場で尻餅をついた。

「は……?」

 状況に思考が追いついていないのか、冒険者の男が呆然とする。

「……うわ、だっさ」

「普段威張り散らしといてアレとか、引くわー」

 男の仲間が、嘲るようにそう言った。

「……殺す」

 怒りで顔を真っ赤にしながら、男がゆっくりと立ち上がる。

 そして、鞘から長剣を抜こうと、構えた。

「おっと、ハイゼル。剣を抜いたら出禁にするし、自警団も呼ぶぜ。ブラックリストに載りたくなきゃあ、そこまでにするこったな」

「くッ……」

 受付の男性の言葉に、男──ハイゼルが動きを止める。

「……いつか殺す!」

 そして、肩を怒らせながら、仲間と共にギルドを後にした。

「──ッ、はー……」

 膝に手を突き、思い切り息を吐く。

「緊張した……」

 多少強くなろうとも、荒事に慣れる気はしない。

「それにしても、随分と情けない捨て台詞であったな。"いつか殺す"などと」

「言ってやるなって」

 ユラが、少女を優しく助け起こす。

「大丈夫……?」

「だ、大丈夫でし……」

「……でし?」

「しみません、イナカモノなので、ナマリが強くて」

 少女がぺこりと頭を下げる。

「あちし、部屋に戻りまし。ありがと、ございまし……」

 見るからに肩を落とした少女が、カウンターの裏にある細い階段を上がっていく。

 その様子を見て、受付の男性が溜め息をついた。

「今回も駄目だったか……」

 ヘレジナが問う。

「あの少女は?」

「冒険者だ。今は俺が面倒見てる」

 男性が肩をすくめる。

「所属してたパーティが、あいつ残して全滅しちまってな。金もねェってんで、強そうな奴らに頼んで一緒に連れてってもらってんだが──」

 そこまで言って、男性が指を鳴らす。

「そうだ。あんたら、あいつと組んでやってくんねェか! あんたらくらいの実力があれば、今回みてェなことにはならんだろ」

「断る」

 ヘレジナが即答する。

「私たちは私たちのことで手一杯なのだ。申し訳ないが、人の面倒を見ている余裕はない」

「そこをなんとか! オイシイ仕事は優先的に回すからよ!」

「うっ」

 甘い言葉にヘレジナの動きが止まる。

「斡旋料の歩合も赤字覚悟にしてやっから、な!」

「だが、報酬の分配となると、単純に頭数で割って二割五分だ。斡旋料を割引した程度で元が取れるものか? まさか、上前を誤魔化してはいないだろうな」

「誰が誤魔化すか! ギルド連盟の規定通りだよ!」

 ヘレジナと男性が言い合っているのを尻目に、ユラが俺の顔を覗き込む。

「──…………」

 何が言いたいのか、不思議とわかる気がした。


《少女を仲間にする》


《少女を仲間にしない》


 脳裏にふたつの選択肢がよぎる。

 "羅針盤"を失った俺には、どちらがより良い選択肢なのかはわからない。

 だったら、後悔のない道を選ぶべきだ。

 納得できる選択をすべきだ。

「……わかった。ベイアナットを出るまで、なら」

「おい、カナト」

 ヘレジナが眉をひそめる。

「わたしも賛成。運命の銀の輪は、隣人が回す。そうでしょう?」

「──…………」

 ヘレジナは、天井を大きく振り仰いだあと、

「はい……」

 眉間にしわを寄せながら渋々と頷いてみせた。

「ありがてェ!」

 受付の男性が、たったいま二階へと上がっていったばかりの少女の名を叫ぶ。

「──ヤーエルヘル! ヤーエルヘル! 下りてこい!」

「ひゃい!」

 上着を脱ぎかけた少女が、階段を慌てて駆け下りてくる。

「ウガルデさん、酒場のお仕事、早番でしたか……?」

「次の仲間が決まった。この人たちだ」

「──…………」

 ヤーエルヘルと呼ばれた少女が、暗い顔をする。

「この俺が保証する。剣術に治癒術、偽りなしの本物の奇跡級だ。この人たちについて行きゃあ、路銀くらいはすぐに稼げるはずだぜ」

「……いいでし。きっとまた、迷惑をかけてしまいまし……」

「ここは酒場以前にギルドだ。やる気がねェなら、おん出すぞ」

「ひ」

 ヤーエルヘルが息を呑み、観念したかのように肩を落とした。

「行きまし、行きましよう……」

「よろしい」

 俺たちへ向かい、ヤーエルヘルが深々と頭を下げる。

「ヤーエルヘル=ヤガタニでし。短いあいだと思いましが、よろしくお願いしまし……」

 後ろ向きなのが少々気に掛かるが、礼儀正しい子ではある。

「相葉 奏刀。よろしく」

「よろしくね。ユラって呼んでもらえると嬉しい」

「──…………」

「ヘレジナ?」

「……ヘレジナ=エーデルマンだ。よろしくお願いする」

 やはり、納得しきれてはいないようだった。

「仕事の前に実力を見たい。郊外に家を借りているから、人に迷惑が掛からないよう、そのあたりで確認させてもらおう。少々手狭だが、路銀を稼ぐまでの仮の宿はそこで構わないか」

「はい」

 ヤーエルヘルが頷き、きびすを返す。

「では、荷物を取ってきまし」

「急がなくていいからね」

「はい!」

 ほんの数分ほどで荷物をまとめて戻ってきたヤーエルヘルに、受付の男性──ウガルデが声を掛ける。

「頑張れよ、ヤーエルヘル。駄目だったらまた来い。部屋くらいなら貸してやるから」

 ヤーエルヘルが、瞳を潤ませる。

「……ウガルデさん。いつも、ありがとうございまし……」

 このふたりの間柄は、よくわからない。

 だが、ウガルデがヤーエルヘルの身を案じていることは、容易に見て取れた。

「マスター。明日、また来る。私たちに相応しい仕事を見繕っておいてくれ」

「ああ、わかった。ついでにパーティ名も考えてこいよ」

「パーティ名……」

 あまりにゲームじみていて、いささか照れくさい。

「……パーティ名って、絶対に必要なものなんですか?」

「名前がなけりゃあ、なんて呼ぶんだ」

 一理ある。

「わかりました、考えときます……」

「なんにしよっか」

「なるべく事務的で、恥ずかしくないのがいいな」

「なんだと!」

 ヘレジナが鼻息を荒くする。

「こういったものにはハッタリが必要だ。できるだけ大仰に、相手を威圧するようなカッコいい名を付けるべきだろう」

「名前負けって言葉もあるから……」

「わたしは、できれば可愛いのがいいのだけど」

「ヤーエルヘルは?」

「そんな、あちしが意見を出すなんて、烏滸がましいでし……」

「──…………」


 ──パン!


「わぶ!」

 ヘレジナが、ヤーエルヘルの頬を、両手で勢いよく挟み込んだ。

「お前は仲間なのだろう。であれば、私たちは対等であるべきだ。意見が必要な場では、しっかりと意見を出せ。それができねば追い出すぞ」

「はひ……!」

 ヤーエルヘルが、目を白黒とさせている。

 ヘレジナの言いたいことが伝わっていればいいのだけど。

 いずれにしても、パーティ名を決める会議は難航を極めそうだった。



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