2/ハノンソル -4 ハノンソルの少年
腹が減っては戦が出来ぬ。
ユラのなけなしの所持金を使い、マンゴーによく似た外見の果実を露店で購入した。
その場で切り分けてもらったため、種はない。
ねっとりとしていて酸味が強く、甘さはごくごく控えめだ。
甘いものが得意ではない俺にとって、当たりと言える味だった。
「フルルカって、生だとこんな味がするのね」
「普通は調理するものなの?」
「うん。収穫して時間が経つと、渋くなるの。ハノンは商業で成り立っている都市だから、パラキストリのあちこちから新鮮な食材が届くのかも」
最後の一切れを口に入れ、咀嚼して飲み下す。
「──さて、どうするか」
自問した直後、世界から色が失われた。
【白】城へ向かう
【白】ハノンソルへ向かう
【赤】ふたりだけで地竜窟へ向かう
【白】宿の手配をする
赤枠は論外として、白枠みっつは悩ましい。
城へ向かえば、ルインラインたちと連絡を取り合うことができるかもしれない。
だが、ルインラインがケレスケレス=ニアバベルの名をあえて俺たちに聞かせたのだとすれば、目指すべきは"ハノンの靴底"だ。
「決めた」
世界が彩りを取り戻し、時の流れが元に戻る。
「ハノンソルへ行って、ケレスケレスって人とコンタクトを取ろう。知り合いみたいな言い方だったし、ルインラインの名前を出せば協力してくれるかもしれない」
「うん、わかった」
ザイファス伯領の首都ハノンは、南北に長い。
通行人に道を尋ねながら南下していき、ハノンソルとの境界らしき場所へと辿り着いたのは、午後十一時を過ぎたころのことだった。
歩き続けで足が痛んだが、そんなことを言っている余裕はない。
流転の森よりずっとましだ。
「この先がハノンソルかな」
「たぶん……」
こちらと向こうとで、街並みに大きな差異はない。
双方ともに廃墟が並び立ち、人の気配がないことも共通している。
ただ、高さ三メートルほどのバリケードが、何者をも拒むかのように延々と左右に伸びていた。
どうすべきかと悩んだ瞬間、選択肢が現れた。
【白】入口を探す
【白】バリケードを乗り越える
【黄】大声を出して人を呼ぶ
同じ白枠なら、手っ取り早い方を選ぼう。
「──よっ、と」
木製の家具らしきものを積み重ねただけのバリケードに跳び乗り、ユラに手を差し出す。
「いいのかな」
「よくはないと思うけど、立ち往生してる暇はないから」
「うん……」
ユラを引っ張り上げ、バリケードの最上部を跨ぎ越えようとしたときのことだった。
「──誰だッ!」
懐中電灯によく似た指向性を持つ灯術が、俺の網膜を灼く。
「ぐッ……」
「それ以上動けば、不法侵入と見なす!」
目を細めると、相手の顔が見えた。
まだ幼さが抜けきっていない少年だった。
もっとも、ヘレジナという前例があるため、実年齢に確信は持てないけれど。
「お前ら、ソル入りの志願者か? 表で何やった。殺しか? 盗みか? 女連れだし、強姦ってわけじゃあなさそうだがよ」
「いや、俺たちは──」
「いいか。勘違いしてるようだが、ソルは無法地帯じゃねえ。表の罪人は、こっちだって罪人だ。ここは犯罪者の亡命先じゃねーんだぞ」
「勘違いしてるのはそっちだってば」
「ああン?」
少年が凄む。
だが、その程度のことで怯えてやれるほど、こちとら素直ではない。
強面のヤクザが相手なら話は別だけど。
「ケレスケレス=ニアバベルって人に会いに来たんだ」
「──ぶふッ」
少年が吹き出した。
「くははッ! 大真面目になァに言い出すかと思えば、あの方に会いたいだって?」
「うん」
意志を示すように、大きく頷く。
「あの方が、お前らなんぞと会うわけねーだろ! ソル生まれのオレだって、会うどころか、顔すら見たことねえんだぞ」
「俺たちが、ルインライン=サディクルの連れだとしても?」
「──…………」
少年が笑みを消す。
「ホラも大概にしやがれ。オレのこと、餓鬼だと思って馬鹿にしてんだろ」
「してないって」
「気に入らねえ。気に食わねえ。そりゃあ、オレだって男だ。憧れたことくらいはあるけどよ。ルインラインの名前を聞いただけで目を輝かせて喜ぶのは、せいぜい十までだ。オレはもう十三だぞ。現実くらい知ってらあ」
「カナト」
ユラが、小声で俺の名を呼ぶ。
「ルインラインの名前を出しても、たぶん無駄だと思う。証拠がないから……」
たしかにそうだ。
こんなことになるのなら、サインのひとつでも貰っておくんだった。
「じゃあ、質問を変えるよ。どうすれば、ケレスケレス=ニアバベルに会える?」
そう尋ねると、少年がこちらへ手のひらを差し出した。
「50だ。1シーグルもまからねえ」
ユラに小声で尋ねる。
「……ある?」
「あるにはあるけど……」
一週間分の路銀、先に預かっておけばよかったなあ。
「はい、これ」
ユラが、50シーグル銀貨を取り出し、少年の手のひらに乗せる。
「まいどありィ!」
ホクホク顔の少年が、銀貨を懐に仕舞いながら言った。
「あの方は、ソルの支配者であると同時に、ハノンソル・カジノの経営者でもある。よほどのことがなければカジノにいるはずだぜ」
「そのハノンソル・カジノはどこにある?」
少年が、再び手のひらを差し出す。
「100」
「──…………」
「──……」
ユラと顔を見合わせ、答える。
「……別の人に聞くから、いい」
「おっと、いいのかな。オレは見張りだぜ。ちょいと大声出してやれば、他の見張りがごまんと現れる。よくて追い返されるか、悪けりゃ取っ捕まって収監だ」
「見張りのくせに、俺たちのこと追い出さなくていいのかよ」
「いいんだよ。要は、勘違いした無法者をソルに入れたくねえってだけだ。お前らみたいな善人面、どーせ虫くらいしか殺したことねえんだろ」
そうだけどさ。
渋い顔をしていると、ユラが口を開いた。
「100は高いわ。60にして」
「舐め腐るなよ。95だ」
「70」
「90」
「あいだを取って、80でどう?」
「85だ。これ以下はねえ」
「わかった」
ユラが、革財布を少年に手渡す。
「85シーグルちょうど。それが、わたしたちの全財産」
「──…………」
少年が、財布の中身をあらためる。
「……逆算しやがったな」
「うん」
「面白え姉ちゃんだ。搾れるだけ搾り取って追い出してやろうと思ってたが、ま、いいだろ。ハノンソル・カジノまで、責任持って案内してやるよ」
「だいぶ聞き捨てならないんだけど」
「結果的に案内すんだから、なんだっていいだろ」
よくないと思う。
「おら、さっさとしねえと置いてくぞ」
少年が踵を返し、ずんずんと歩き始める。
互いに顔を見合わせて、俺とユラは少年の後を追った。
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