ノライヌのタネ

てこ/ひかり

野良犬の種

 昔々あるところに、お父さんとお母さんのいない『タネ』がいました。タネは丸っこくて小っこくて、真っ黒な色をした普通のタネでしたが、兄弟もおらず、いつもひとりぼっちでした。それにお父さんとお母さんがいないので、一体自分がどんな風に育つのかさっぱり分かりません。


「ぼくはしょうらい、何になるんだろう?」


 きれいなお花?

 あまぁい、くだもの?

 それとも何てことはない、そこらへんにいる野良犬の、ハナクソだったりして。


 タネは自分が何者なのか知るために、旅に出ることにしました。

 自分がきれいなお花だったり、あまぁいくだものだったら良いなぁと思いました。野良犬のハナクソだったら、ちょっとショックだけれど、それでも今のままタネでいるよりはいくらかマシなように思えました。とにかく自分が誰かも分からなければ、自己紹介のとき困ります。そうしたら、レストランの予約もできません。


 

 まず初めに、タネは山のふもとのタンポポ畑へと出かけました。


 小高い丘の上には、黄色いタンポポがみごとに咲きみだれていて、まるで海のようにどこまでも広がっていました。タネは思わずため息をこぼしながら、タンポポ畑をコロコロと転がり回りました。明るい太陽の下で、大きく花びらを広げるタンポポたちがまぶしくて、とっても気持ち良さそうでした。タネは、こんなタンポポになりたいと思いました。タネはタンポポにたずねました。


「すみません、どうやったらぼくもタンポポになれますか?」

「タンポポに?」

 風に泳いでいた一輪のタンポポが、首をゆらゆらさせました。


「そんなの、分からないよ。僕は生まれつきタンポポだったんだから。気が付いたら、タンポポになっていたんだ。みんなもそうだと思うよ」

「そうですか……」

 がっくりと肩を落としているタネに、タンポポは笑って言いました。


「どうしてタンポポなんかになりたいんだい? 僕だったらもっと、白百合とか、桜みたいになるけどなぁ。そっちの方がカッコいいじゃん。タンポポなんて小粒だし、珍しくもない。別にそこらじゅうにいるよ」

「でも珍しいのだけが、お花の良さじゃないでしょう。ぼくはタンポポさんも、ステキだと思いますよ」

「そうかい。まぁ、ありがとよ」

 タンポポはちょっと照れくさそうに、ゆらゆらと揺れながら海に戻って行きました。だけど結局タネは、タンポポではなかったようです。タンポポの飛ばしてくれた綿毛のタクシーに乗って、タネは次の街へと出かけました。



 次の街は海の見える港町で、海岸にはずらりと、真っ赤なリンゴの木が植えられていました。甘い香りをただよわせ、美味しそうに赤く実を熟したリンゴを見て、タネは思わず口の中でよだれが止まらなくなってしまいました。タネはリンゴにたずねました。


「リンゴさん、リンゴさん。どうやったらぼくも、あなたみたいになれますか?」

「俺みたいにだって?」

 木の上から『イルカショー』を見ていたリンゴは、ちょっと驚いたようにタネを見下ろしました。


「やめとけ、やめとけリンゴなんて。良いことなんて一つもないぞ」

「そうなんですか?」

 これにはタネも驚きました。赤々としたリンゴは、とってもキレイで目立っていて、どうにも悩みがあるようには見えなかったのです。リンゴはあまぁい蜜をしたたらせながら、苦々しく口を開きました。


「そりゃそうだ。毎日毎日、農薬ぶっかけられて目が痛いし、気持ち悪い毛虫がウジャウジャ寄ってくるし……。見ろよ、俺の体。もう穴だらけなんだぜ?」

 そう言ってリンゴは、虫に食べられた穴を見せてくれました。


「こんなの、お店の商品になりゃしない。これじゃあ誰も食べてくれないよ。俺ぁ捨てられて終わりだ」

 タネはリンゴの木の周りをふわふわと飛ぶモンシロチョウをながめながら言いました。

「でもおかげで、この子たちはりっぱなチョウになれたんでしょう? 人間に食べてもらうだけが、リンゴの生き方じゃないと、ぼくは思いますよ」

「まぁ、そう言われちゃうとねえ……」

 リンゴの中から一匹の毛虫が顔を出し、タネにウィンクしました。リンゴはくすぐったそうに顔をくずしました。それでも結局タネは、リンゴではなかったようです。それからタネはリンゴでできたウサギに乗って、次の街へと出かけました。


 

 結局、いつまでたってもタネは自分が何になるのか分からないままでした。お父さんとお母さんも見つからず、タネが途方に暮れていると、向こうから一匹の野良犬がやってきました。

「ハックシュン、ぶえっつくしゅんっ!」

 野良犬はたいそう大きなくしゃみをして、鼻水をずるずると鳴らしながら、寒そうに身を震わせていました。


「……ックシュン!! ええいコラチクショウめ!!」

「野良犬さん、野良犬さん。良かったらぼくがフタになってあげましょうか?」

 タネは、野良犬があまりに寒そうだったから、そう言いました。野良犬は嬉しそうにしっぽを振って、


「オォ、そりゃ助かる。風邪を引いて、くしゃみが止まらなくて仕方なかったんだ」

「野良犬さんは、なんて名前なんですか?」

「あぁん? いや俺ぁ野良犬だから、名前をつけてもらったことがないのダーックシュンッ!」

「そうですか。だったら、名前を探さないとですね」


 そうしてタネと野良犬は、それぞれ自分の探しているものを目指して、いろいろな街をいっしょに歩いて回りました。野良犬の鼻の中は案外あったくて、それまでひとりぼっちだったタネは野良犬といっしょに楽しく過ごしました。


 それでも結局タネは、野良犬のハナクソではなかったようです。それからしばらくたって、数年後、鼻の穴から見事な赤い花を咲かせた犬が見つかったとか、見つかっていないとか。そうそう。犬の名前は、誰が決めたのか、タネになったそうですよ。おしまい。

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