【KAC20204】はびこる種の歩き方

ばなゆ

拡散する種《はびこる種の歩き方》

 テトテトと、小さなヒトがアスファルトの割れた道を歩いていく。緑色の肌を持ち、瞳の色は明るい黄色に輝いている。その種族は小さな隣人とも呼ばれていた。声なき声で歌を歌いながら、小さなヒトは楽しそうに揺れながら歩いていく。

 一歩踏み出すごとに白い頭は右へ左へふわりふわりと揺れ、そのたびに毛先から綿毛が飛び立っていった。風に乗ってフワフワと旅立つ綿毛は、どこまでも高くどこまでも遠くへと運ばれていく。行き先を知るものは誰ひとりとしていない。

 綿毛自身も降り立つまで意識はなく、降り立ったその時初めて意識を持つ。彼らは小さなヒトの種子だった。


 小さなヒトがこの地に現れ始めたのは、緑に覆われた隕石が海の真ん中に落ちて少し経った頃だった。世界のいろいろな場所で歩く植物の噂が上がり始め、UMAとして世界の話題を衝撃的にさらっていった。

 世界の大半は新たに現れた小さな隣人をのんきに歓迎し、受け入れた。警告を発する研究者達はいたが、その言葉は精査されることなく、受け流されてしまった。

 その結果、世界はゆっくりと、しかしながら急速に崩壊へと舵を切った。


 小さな隣人は、あまりにも早い速度でその数を増やしていった。歩くだけで種子を飛ばす生物だ。種子も地に根付けば栄養を吸い上げ、小さなヒトへ成長していく。種子が小さなヒトへと成長する時間は、人が子どもから大人へと成長する時間なんかよりもずっと短く、週が一巡りする頃にはもう種子を飛ばせるようになっていた。

 小さな隣人の増えていく速度に恐怖し始めた人々は、あらゆる手段を用いて小さな隣人を排除し始めるようになった。除草剤を撒き、ローラーで轢き潰し、燃やした。

 が、もう遅かった。いや、実のところ間に合ってすらいなかった。種子の世界への散布は、もうずっと以前に完了していたからだ。

 小さな隣人の種子は、人知れず人々の皮膚の隙間や毛髪に付着し、発芽の時期をじっと待っていた。


 人々が小さな隣人を排除し始めて少し経ち、人々が小さな隣人を殺すことに抵抗がなくなり始めた頃、ある子どもの首筋から小さな芽が出てきた。

 芽を見つけたのは母親だった。どうにかして我が子から芽を取り除こうと、摘んで引っ張ったところ、子は痛がり暴れ始めた。それならばと芽をハサミで切ろうとすれば、子は更に暴れ始めた。困惑した母親は、芽だけ燃やせないかとライターの火を近付ければ、子は熱いと悶え苦しみやはり暴れ始めた。慌てて火を遠ざければ、子は何事もなかったかのようにおとなしくなった。

 子から芽を取り除けないと理解してしまった母親は、その夜、子を抱き神に祈りの言葉を紡ぎながら、自ら火に包まれた。事件の知らせは世界を震撼させると同時に、絶望をも共に運んでいった。


 小さな芽をつけた子どもは、一人だけで終わらなかった。いつの間にか芽吹いていた子ども達は一様に無気力になり、芽を守る行動に出るようになった。

 芽吹いた子ども達への対応は、国々で差はあれど、小さな隣人研究の専門チームに任されるのが主となっていた。専門チームに預けられた芽吹いた子ども達は、芽に危害が加えられない限りおとなしく、研究に貢献していた。

 研究が進むにつれ、小さな隣人に対する理解が深まると同時に、種子に根付かれたが最後、内側から人を人ではない何かに作り変えていくこともわかっていった。人々の残り時間が刻一刻と減りゆく中、ついに老いも若きも関係なく、芽吹き始めた。


 無気力になった人々が養分となるのに、そう時間はかからなかった。灰色の星が緑に覆われるのも、同様だった。夜は漆黒に包まれるようになり、太陽の明かりと共に朝がやってくるようになった。

 星はかつての姿を取り戻し、小さなヒトは今日も緑の星を歌いながら歩いていく。

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