悠久の流れの果てに

水乃流

星を渡る

 火山の爆発によって成層圏の上まで飛ばされた岩石は、その惑星の軌道上を惑星に先行して進む。その速度は非常にゆっくりとしたものだったが、時間は彼らの味方だ。時間の経過とともに、岩石は恒星からの光によって温められて、その内部から細い糸を放出し始めた。岩石の回転に合わせて長く伸びていく糸は、やがて宇宙空間で解れて薄い、とても薄い──けれど丈夫でしなやかな膜を形成する。やがて、何枚も広がった膜は、まるで宇宙に咲いた一輪の花のように、岩石を中心に半球の椀型になる。その大きさは、最終的に中心にある岩の直径よりもはるかに大きく広がっていた。全体を視界に入れようとすれば、岩がごま粒にしか見えないほどだ。


 恒星からのプラズマを椀型の膜が捉えると、その力で岩石はゆっくりと生まれ故郷の惑星軌道を離れ始める。惑星が恒星の周囲を数度公転した頃、岩石の船は惑星軌道の五倍以上離れた場所にあった。この距離になると、恒星から届く光子も少なくなっていたが、まだ加速は続いていた。そして、前方に巨大なガス惑星が見えてくると、その重力にひかれて岩石は軌道を変えた。ガス惑星の公転方向に対し、後ろ側に回り込むように岩石の船は惑星へと落下していくが、そのまま再び宇宙空間へと飛び出す。加速スイングバイ──天体の重力を利用して自分の速度を増加させたのだ。加速した岩石は、再び恒星系外縁を目指して飛行を続ける。


 恒星系外縁に到達すると、もはや光子はここまで届かない。加速をやめた岩石だったが、それまでに得た速度を維持したまま、恒星が作り出す電磁気の繭を飛び出した。いわば、小舟が堤防で守られた港から外海に出たようなものだ。これまで以上に激しい宇宙線にさらされると、船を進める帆としての役割を終えた半球状の膜は、しおれて小さくまとまり岩石から切り離された。何千年後かには分解され、宇宙を漂う塵となるはずだ。


 岩石は進む。ほとんど何もない恒星間の闇を、長い、とてつもなく長い時間をかけて進む。


 どのくらいの時が経ったのだろう? 岩石を見守るような存在はなく、岩石自身も時間を意識することはない。その時の流れに比べれば、人間の一生など一瞬煌めく火花のようなものだ。


 岩石は進む。


 最初は、ほんの小さな重力を感じただけだった。その力によって軌道を変えられた岩石の行く手には、生まれたばかりの原始恒星系が輝いていた。恒星の周囲に薄雲のように広がる塵の円盤が、かろうじて見える。


 さらに数億年の時が流れた。岩石は、再び恒星が作り出す繭の中にいた。船に自我があるなら、心地よいと感じたかも知れない。恒星系にあった塵の円盤は、ぶつかり合い弾き飛ばしあいながら、いくつかの天体へと姿を変えていた。

 岩石は、多くの天体が織りなす重力のタペストリーに翻弄されながら、恒星系の中心に向かって行った。そのまま、恒星に飲み込まれる運命もあり得たかも知れない。しかし、偶然か、はたまた必然か、岩石は恒星系のある惑星に近づいたために、その重力圏に捉えられた。


 惑星の誕生直後、マグマで覆われていたその表面は十分に冷えて固まり、天体になり切れなかった塵や氷による爆撃を経験したのち、今では豊富な水を湛えた海と大気を持っていた。岩石がその惑星の大気圏に突入すると、断熱圧縮により表面が高温に晒される。岩石が誕生して以来、久しぶりに味わう暖かさであった。岩石は、熱を持ったまま海へと落下する。衝突の物理的な衝撃と、熱衝撃サーマルショックによって、岩石の表面がバラバラに分解する。しかし、その内部は、熱からも衝撃からも守られていた。内部にあった集合体クラスターは、ある種の藻によって結び付けられていたが、加水反応によって藻が活性化し分解を始める。こうして、岩石は播種船としての役割を終え、原始惑星の海にさまざまな有機物からなるが放たれることとなった。


 海へと散らばった生命の種が、やがて複雑な生命へと進化するかどうかは、まだわからない。


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