第8話 『知れず射ち』

 とぎれとぎれにしか聞こえなかったニッキの叫びが戻ってきた頃になると、ドルクは勝利を確信した。

 アグウが襲撃者を仕留めたようで、矢もそれきり飛んでこない。できれば生かして背後を探りたかったが、それほどの余裕もなく、死体から少しでも情報を得られればと微かに希望を抱くのみだった。

 矢創と爆薬の傷が痛むが、まだ立ち上がるわけにはいかない。この場合、獣は便利である。察知能力は研ぎ澄ませた人よりも

上をいく、獣が平常に戻れば襲撃者の危機は去ったということ

だ。

 不意に背に感覚を覚える。獣ではない、アグウが戻ったのだ。

 安堵と共に立ち上がろうとしたドルクに、回復しつつあった聴

覚を破壊せんばかりの泣き声が襲いかかった。

「きいいいいいい~‼ こおおおおおおおおお‼」

 結局、アグウが泣き止むまでドルクは立ち上がれなかった。

 日は暮れ、皮肉にも泣き声で獣たちはすっかり姿を消している。

 依頼のために巣穴を潰して周り、輿を引き出して担ぎ、ようや

く一行は帰路についた。

 軽食と果実酒をせめてもとニッキに渡したが、すすり泣くばか

りで手を付けなかった。


 宿に戻ると、スキンが食事と医者を用意して待っていた。既に

成り行きを知っているらしい。

 ドルクが矢を抜かれ火傷の治療を終え、ニッキとアグウも多少

平静を取り戻したところでスキンは解説にかかった。

「すまん、もっと精査すべきだったな」

「あの依頼自体が罠だったのか?」

「いや、依頼者にはその意図がない。『我ら』を狙った殺し屋だ、結構こういうのあるんだ」

「どこのどいつだい⁉ そしてあのボゲは⁉」

 アグウの怒り様に一同は驚いた、常に冷笑家であり、全てを見下していたこの赤子が激情にかられている。

「『知れず射ち』のロッコ、依頼はあんたの近所の村連中だドルク」

 ドルクに緊張が走った、イエニスに敗れたのち頼り、石持て追われたあの村だ。

「連中が……」

「当然、お嬢様も標的に含まれてる。しかし運が良かった、毒もあったけど効かなかったしな」

「わ、わたしも⁉」

「というよりお嬢様が本命だ」

 ドルクは手当てを受けた矢創が熱くなっているのを感じた、怒りが血を巡らせて、塞がりつつある傷を圧しているのだ。

「『知れず射ち』っていうのは何者なんだ?」

「弓を獲物にしてる無法者だ。『我ら』と貴族が嫌いらしくて何人も被害にあってる、依頼する側があたしらを気に食わない奴らばっかりだしな。一人二人じゃなく、大勢いる」

「上等じゃないか……」

 無意識に、ドルクはアグウの頭をわしわしと撫でていた。

 スキンがきょとんとして彼を見る。

「あん?」

「この借りは返す、『我ら』を何人も倒した奴なら、俺が返り討ちにすれば名もあがるし名誉になるだろうからな」

「まあ、一応はそうなるな。けど、並じゃないぞ? 今まで何人も追ってるけど見つからない」

「俺と父ならできる」

 ドルクは強く剣と鞭を握りしめて断言した。


 スキンは呆れ半分、興味半分に、『知れず射ち』に再会したいならとにかく依頼をこなせばまた遭遇するだろうこと、村の連中に報復しても世間は内情をしるよりも『我ら』たるドルクを非難することを優先し、新たに追手が差し向けられるだろうことを告げて去った。

 彼女が退室すると、ニッキは緊張が解けてほとんど倒れこむようにベッドに横になった。襲撃と新たなる危機にあっては仕様がないだろう。

「なんで……なんでわたしばかり……」

「人生はそれが基本だと父は言ってた。『思い込み』でなく、実際そうだってな、けど、それに立ち向かうことは誰にも許されてる。やってやろうじゃないか……3人でな」

 ニッキが身体を起こして濡れた目でドルクを見つめた。

「ドルクも一緒に?」

「もちろん。名誉も強さも証明できるしな」

「あたいをわすれちゃ嫌よ‼」

 アグウが喚いた。

「あいつをばらばらにしてやるのさ‼ 肉の欠片も残さない!」

「そんな獣のようなことは許さない」

「あたいは『胎矛具』さ‼ 『天敵』になって相手を殺すためだけのね! それが果たせなけりゃ意味もないのパパン‼」

 ドルクとニッキは、初めてこの赤子の本意を聞いた気がした。これまで会話をしても一方的であり、彼女に人格や感情があるとは思っていなかったが、そうではない。

 彼女にも、褒められたものではないが意地と誇りがあった。

 ドルクは再度、アグウの頭を撫でた。

「頼りにする、ただ、俺の指示も聞いてくれ」

「場合によるわねパパン~‼」

 アグウはドルクの血を啜りだした。

 ドルクは料理を掴んで口へ運ぶ。

「まずは傷を癒そう、よりよく生きるために」

 ニッキは頷き、机の上の料理に手を出そうとし、思い直して軽食と果実酒を詰め込んだ。こだわっていた作法も放り、貪欲に生命のために手づかみで口に運ぶ。

 初めての『家族揃って』の食事は、少々品のないものだったが、互いに満ち満ちていた。

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