第7話 奇襲

 数週が過ぎた。

 ニッキもドルクも回復し、依頼もスキンなしでの単独請負が可能になっていた。獣駆除や無法者の排除、護衛と言った混乱期で警察機構の手が足りない分野の業務が殆どで、ニッキが無理に同行しているとはいえ、彼にも可能な頭脳を然程頭脳を要されぬものであり上々の評判を得ている。

 とは言え、一軒家、それもニッキが望むほどの豪邸を手に入れるのは不可能であった。彼女の願望をすべて実現するなら、この街の全資金でも足りまい。貴族の搾取や錯誤が伺える事象だった。

 衣服や調度品、料理には文句を言いつつも我慢している少女だったが、家だけは譲れないらしくドルクを困らせていた。

 その点、血を啜り嘲るアグウは体調だけに気を付けていればよいだけなのが皮肉だった。

 依頼や生活の中で他の『我ら』と話す機会があった。世間を知るための『鍛錬』の一端であったが、得たものは予想以上に多かった。

『胎矛具』が『課せられた側』からは摘出不可能であること、イエニスが『我ら』にて英雄と目される存在であり、且つ最強と謳われていること。特にイエニスに関しては崇拝ともいうべき支持が集まっており、謁見するとを至上の名誉とまで断じる者もいた。

 ドルクはイエニスとの一件は口にしなかった、屈辱と嫉妬の感情が湧き上がったが、それが私的なものに過ぎないと分別ができていたからだ。

 時折、ニッキのことで非難を受けた。多くは貴族を守護していること、残りは彼女の処遇に関してである。後者は同じ立場にいる者からで、貴族制度が崩壊を迎えた以上は民として生きるように教えるべきと指摘してきた。

 ドルク自身、正しいことだと思った。しかし、ニッキは頑としてそれを拒絶していた。

 外からはそれが貴族の地位に縋る哀れな夢想と映った。

 しかし、ドルクにはニッキの求めるのが貴族の豪奢な生活でなく、『幸せだった時間の記憶』であると理解できた。薄々感づきながらも、豪邸があれば両親や従者と過ごした日々が戻ると思い込みたかったのだろう。

 『胎矛具』以上にその想いがドルクに断行を躊躇わせた。

 それを知り、常駐せずに時折顔を見せるようになったスキンは彼を咎めアグウは嘲った。


 鍛錬でもドルクは満足を得られなかった。

 依頼をこなして強さを発しても、得られるものは身に着けた技術がイエニスに、下手をすればその周囲の『我ら』にすら通じぬのではという不安である。 

 父の教えに従えば、敗北の恐怖は勝利で塗りつぶすしかない。しかしその対象たるイエニスは各地を回っており、対面したと

て勝利できると思えない。

 どれほど、そしてどう鍛錬すれば勝ち筋が見えるのかがわからなかった。

 根幹である父を疑うと言う絶対的な愚行、しかし、そうしなければ答えが得られぬのではないかという矛盾が彼を苦しめている。

 険が顔に出てきているのか、時折ニッキに怯えられることもあった。


あくる日、獣駆除の依頼を受けたドルクは、ニッキの入った

輿を肩に、アグウを背に宿らせて森中の古城へ向かっていた。

かつては貴族の別宅で、彼らが没してからは周辺の共有物として利用されているという。そこに巣食った害獣の駆除だった。

 どこからか聞きつけたのか、スキンはニッキの気晴らしに散策を兼ねてやれと助言をしてきた。快く思っていない、貴族である少女への気遣いに違和感を覚えたものの、ドルクはそれに応じて軽食と果実酒を用意してきている。

 アグウは相変わらず下品に嗤って汚い言葉を垂れ流していたが、此度はやや様子を変えてきていた。

「ねえママン? パパンなら家くらい簡単に奪えるんじゃなあい?」

「お黙り」

 ニッキを誑かそうとしているらしい。わざわざ主人を惑わせて何の得があるのかとドルクは疑問だったが、他の『胎矛具』と比べても赤子が特異なものであると知ると考えるのも徒労と気づいた。

「おうちが欲しいのお~、ねえ~ん」

「静かにしろ」

「なにさ、甲斐性無しのパパンのくせに」

「甲斐性無しに寄生している奴に言われたくない」

「きゃひっ、返すようになったねえ」

 アグウは嬉しそうに背に噛みついて血を啜った。

 ドルクはふと、ニッキへ尋ねかける。

「こいつは最初からお前の家にいたのか?」

「まさか、献上品よ」

 ニッキも詳細は知らされていたわけではない、領地からの逃走の際に、やつれた顔の母から渡されたのがこのアグウなのだった。

繰り返し、もし『狼』を見つけたらなんとしても背に刺せと言い聞かせてきた。

 アグウは牙を抜き、唇の血を舌で舐めとった。

「他にもいたけどねえ、どこにいったやらねえ、きひひっ」

「きっと、取り戻して見せるわ」

「その前に家だな……」

 思いがけない言葉であり、咄嗟にニッキはドルクに返せなかった。戸惑ったのではなく、嬉しかった。

 そうこうするうちに、古城にたどり着いた。

 貴族の放棄から然程時間は経過していないはずだが、十年は放置されていたかのような荒れ模様であった。畑はすでに草の寝床と化し、蔦が古城を多い多層を形成している。

 そして獣たちはあちこちに巣を形成しているばかりか、ドルクを認めても一顧だにせず呑気に過ごしていた。恐らく管理者の民が自力で駆除を試みて果たせず、人を恐れなくなったのだろう。

 ドルクは輿を降ろし、鞭と剣を手にし依頼を果たさんと一歩を踏み出す。

 と、不意に気配を感じた。

 獣ではない、古城の庭の外から感じた気配だ。

 間を置かずに、その『気配』から空気を裂く音が自身に迫ってきた。

 放たれた矢であるとすぐに判別し、咄嗟の視認と回避に成功する。

 だが、矢尻に結ばれた『何か』の発見が遅れた。

「鈴⁉」

 矢に鈴を結び、敵に位置を悟られぬ囮にする技を父から教わったことを思い出す。

しかし、そのような無害なものではなかった。

 閃光、衝撃、熱、苦痛。吹き飛んで倒れこんでから遅れて届く爆音で、ドルクは結ばれていたものが爆薬だと察知した。

 獣たちが逃げ散り、あるいは巣穴に戻り轟音と衝撃の正体をさぐる。

 高鳴りに支配される聴覚の端に、ニッキの悲鳴を捉えたドルクは輿を発見し駆け付け抱きかかえた。

 背に激痛が走る。聴覚が満足に働かず、矢の接近を察知できなかったのだ。

 穿たれながらも、ドルクは冷静に脅威である爆薬からは逃れるべく剣を巧みに払い突き刺さった矢の尻を切り離した。

 推測は違わず、二度目の爆発が背を襲う。事前に飛び出したために直撃こそ避けたものの、衝撃と熱、さらなる爆音で耳が完全に塞がれてしまった。

 被弾面積を減らすために倒れ込み、輿を引きずりつつ這い、騒乱に興奮し周囲を駆け回る獣に踏まれ時には噛みつかれた。

 遮蔽物を探さんとし、獣の巣穴を思い立つと同時に、潰れた聴覚の隅にアグウの嗤い声が侵入してきた。

「―けーひーて」

 『天敵』と化して襲撃者へ向かっているのだろうか。

 いつものように嘲っているのだろうか。

 どちらにしろドルクは最善たる道を探り、巣穴を発見して輿を押し込めた。

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