第6話 見捨てられし者たち

 スキンに案内されたたどり着いた街は、ドルクが見た中で一番大きな集合地であった。村では及びもつかない規模と活気で、彼は世界の全てがここにあるのではと一瞬錯覚してしまうほどである。

 建物も木造りではなく、整えられた石が積まれた建築で成されている。行き交う人々の衣服はニッキが混じっても目立たない程に洗練され、『我ら』の姿も珍しいものではない。

 奇異の目を向けられることはあっても排除の対象ではなく、ごく自然に混在していることがその地位と気風を現しているようだった。

 時折ニッキの『同類』ともすれ違った、大抵は『我ら』が付き添い保護者のようになっていて、イエニスが言うようにドルクらは『珍しいが騒ぐほどでもない』存在のようだった。

 スキンは説明もほどほどに、大きな宿へ顔を出した。勝手知ったるようですぐさまに簡素だが手入れと掃除の行き届いた部屋が用意され、医者が訪問してニッキを診療した。

 風邪で体力が落ちているので薬を飲み栄養を付け睡眠を取るように、医者はそう言って退散した。当たり前のことであるが、いずれも十分に与えられずあまつさえ風邪の原因である己をドルクは恥じた。

 ニッキは薬のおかげで意識を取り戻し、おおまかな事情を聞かされた。急転に戸惑ってはいたものの、まずは回復が先であることと薬が回復に次いで眠りに誘ったために早々にベッドに戻った。

 ドルクも消耗は同じであったので、出された食事を詰め込むと横になり、襲撃に備えながらも眠りにつくのだった。


 翌朝、ドルクはニッキに揺り動かされて目覚め面食らった。

「早く起きなさい」

「おー、随分顔色よくなったなあ。まあ、あたしらは頑丈だしな」

「おはようパパン」

 スキンに覗きこまれ、恥ずかしさを誤魔化すように押しのけてドルクは起き上がる。

 若干の青白さはあるが勝気な表情を取り戻しているニッキ、自然体にスキン、背中に蠢くアグウ。一同が勢ぞろいしていた。

 ドルクは何か言おうとして、用意された食事に空腹であると気づく。スキンに招かれるままに食卓を囲み、質素であるが栄養満点の料理に舌鼓をうった。

 食べながらも体調を確かめる、回復しつつあるが往時に比べれば反応が鈍くなっていた。父の教え、いついかなる時も病と疲弊を避けよを意地のために実行せずに危機を招いたことが恥辱である。

 と、ニッキが早速不満を訴える。心細さを誤魔化すための虚勢ではあったが。

「こんな安宿は私にふさわしくないわ、ドルク、早く館を手に入れるのよ」

「っは、御貴族様のお嬢様ってのは手に負えないね」

「浪費家のママンって大好き! 業を煮やしたパパンに殴られるのが常だからねえ!」

 言葉の端々からスキンは貴族、ひいてはニッキを好いていないようだった。彼女に限ったことではないが。

 ドルクは食事を終え、鞭と剣を背負って立ち上がる。

「金を稼げる場はないか?」

「あるよ、というか宿代飯代医者代の代わりの仕事だけど。ここはそうやって回ってる」

「どんな仕事だ? それと、それとは別に―」

「勿論ある、主人に言えば斡旋してもらえるよ。新参者だから大掛かりなのはまだ無理だろうけどね」

 不平不満を言う気分にはならなかった、未熟であるのは事実、鍛錬を積むためにも、ニッキの安全のためにも専念できる環境がいる。

「案内してくれ」

 そのための資金と、実戦での経験を彼は求めていた。


 夜半、街にほど近い街道の分岐に建つ宿屋の前にドルクたちはいた。酒盛りの賑わいを背に立つのは、『胎矛具』アグウ、『我ら』のスキン、そして輿の中のニッキである。

 少女はドルクの監視を名目に強引に同行してきた、それは同時に宿に一人きりの危険が恐ろしかったからでもある。

 スキンは棒を手入れしながらドルクへ語り掛けた。

「紹介するってのはあたしの信頼にも関わる、とちったり騙したら面倒だから、最初はこうやって同行するんだ」

「すぐにその必要も無くすさ」

「この宿にたかってる傭兵どもを追っ払うのが依頼、名前ばっかりでほとんど無法者だけどな」

「誰だろうと侮らないさ」

 ドルクは意気込んだ、敗北の悪夢から立ち直るためには進むしかない。

 ニッキはその姿勢に好意的だったが、翻ってそれがイエニスを万が一にも揺るがさぬという確固たる確信あってのものでもあった。

彼は強い以上に人を惹きつける、個で勝る前にその人々を乗り越えねばならない。彼の『両腕』がそれを許すはずもなかった。

 内情はドルクよりも詳細に把握しているが、明かす気はない。彼自身が対面する問題であったし、その反応が見たかったのだ。

 そんな思惑はつゆ知らず、ドルクは意気込みを見せていた。疎んでいるアグウとも、積極的に言葉を交わす。

「『天敵』に成長したら、また別の姿には一旦戻らないとなれないんだな?」

「そうよんパパン、だからその隙狙われると絶体絶命だねえ~きひひっ」

「その時は俺がいる……ニッキ、戦になったら地面に置くぞ」

「無礼ね、憶えてなさい」

 見れば見る程奇妙な一団だとスキンは思う、貴族連れは忠誠心の強さゆえのはずであるのに、彼らはそれぞれに縛られつつ対等に見える。


 数刻過ぎ、ニッキが眠りにつくとドルクは彼女の輿を地面に下ろした。

 程なくして、粗野な身なりをした5人程の男が街とは反対の道からやってきた。伸び放題のひげが今にも頭部に繋がりそうな程無尽に茂っていて、垢が浮き脂ぎっている。

 抜身の刀をわざわざ背負っているのは虚勢のためだろう、時折わざとらしく振り下ろしては小石を飛ばしている。

 宿の前でドルクらと対面した5人は、彼らが『我ら』であるとわかると急に勢いを衰えさせた。

 それでも頭を気取っているらしい出っ歯の男が、唾を吐きながら突っかかる。

「どきな餓鬼、入店の邪魔だぜ」

「それが目的だ、先日暴れて机を壊して給仕に怪我をさせたろう。主人が出入りしてくれるなって」

「客に指図すんのか‼ あの豚呼んでこい!」

「応じるわけないだろ、これからは別の店に行くんだな」

 禿げ頭が刀を地面に突き刺して威嚇した。

「澄ましてんじゃねえぞ『のっぽ犬』‼」

「貴族の次は宿の親父が主人か? 綱がねえと落ち着かねえらしいな!」

 スキンは経験で、ドルクは未経験で罵声をいなした。

 喚き、脅し、すかしながら男たちは進もうとしたが二人は動じない。

諦めを見せ退散の準備を始める男たちの中で、出っ歯だけは意固地になっていた。

「どうなんだおい!」

 想定外らしく、他の男たちは追随するか否かを決めかねていた。

 出っ歯はますます興奮し、今にも刀で切りかかりそうに見える。

 アグウはそれを望んでか、わざと彼に挑発の言葉を投げつけた。

「いやあん、盗賊は怖いわパパン~」

 出っ歯は紅潮し衝動的に切りかかってきた。

 ドルクは鞘に入ったままの剣でそれを受け止め、中段へ拳を叩きこむ。

「『傘突き』」

 他の男はうずくまる出っ歯を見捨てて逃げ出したが、禿げ頭は迷いながらもドルクへ向かっていった。

 だがすでに、アグウは繭から『羽化』していた。

「きーひっひっひ!」

 赤子の顔を持った、毒々しい体色の巨大な蛭であった。

 禿げ頭の勇気はそこまでだった。

ドルクが鞭を振るい彼の刀を切断すると、気づいた禿げ頭は青ざめ、出っ歯に詫びながら逃げ出した。

 アグウがそれを追おうとするのをドルクは止める。

「なにすんのよおパパン!」

「ああいうのは名誉じゃない、やめるんだ」

「けひっ、今のままに名誉なんてあるう?」

 皮肉に呟きながら、アグウはぬるりと彼の背に戻った。

 スキンは刀を拾い上げて、うずくまった出っ歯へ冷徹に告げた。

「警告だ、次は何の保証もしない」

 出っ歯は、肉体的な痛みを屈辱で塗り固めよろよろと立ち上がった。胃液混じりの涎を垂らしながらも、その目はまだ敵意を喪っていない。

「なにが偉そうにっ、元は俺と同じ貴族の犬のくせに」

 ドルクが首を傾げたのを見て、礼然たるスキンよりもくみ易しと出っ歯は彼にまくし立てた。

「『狼』も俺たちも貴族の所有物だった、爺さんの代からそうだった俺に他のどんな道がある? 付き従うのが罪だとして、『狼』と違い俺たちには釈明すら許されないじゃないか!」

 ドルクは困惑するしかない。

 出っ歯がもとは貴族の私兵武将であり、戦後『我ら』と異なり貴族側についたことであり迫害を受けるようになった経緯を知りようはなかった。彼らも貴族と同じく亡命もできず、追われあるいは身を落として生きるしかないのだ。

 貴族ではなく、その先兵であった『我ら』ほど憎悪を買っていたわけではないものの、戦後の初動を誤った故に不遇をかこう彼らは忌むべき歴史の一部である。その数で言えば、貴族と『我ら』を合わせたよりも多いのだ。

 出っ歯は胃液を吐き散らしながら心情を吐露し、結局それが無知と拒絶に塞がれてしまったのを理解して項垂れて立ち去らんとした。

「お前らだって……俺はその印を知ってるぞ、どこかの貴族のだ……同じなくせに……」

 スキンは文字通り耳にたこができる程に聞かされた呪詛を聞き流したが、ドルクには新たに世界に現れた存在が引っかかりを残していた。

 そんな彼にスキンは直前の冷徹さを全く消して肩を叩く。

「流石、もちろん次もやるよな? 金をもらえるぞ」

「あ、ああ……」

 より強くあらねば、ドルクは強く思い直した。父の明示した強さと尊敬を得るためには、多くを知り理解する必要がありそうだ。

 図らずもイエニスの姿が浮かんでくる、ドルクは必死にそれを消し、宿へ戻るために輿を肩へ乗せた。

 元の赤子の姿を取り戻したアグウが耳障りな応援歌を、彼らの帰路へと捧げるのだった。

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