第5話 観測者の気まぐれ

 スキンと名乗った少女は、イエニスの目付け役だと言った。強さもそうであるが、仲間たる人格が伴うかを見定めろと命じられたらしい。

 当然ドルクは激怒した、被保護者として扱われて誇りを傷つけられぬはずがない。拒否してスキンへつぶてを投げるそぶりさえ見せたが、彼女は飄々と受け流すのみだった。

 戦いに費やす体力も少なく、ドルクは根負けして回復に努めることにした。

 スキンは傍に腰をおろして、見張りつつも手出し口出しはせぬという態度を取っていた。

 数時間後、ニッキはどうにか目を覚ました。裸であったことにひと悶着はあったものの、ドルクに説き伏せられて輿に戻って睡眠に勤めることとなった。

 一先ずの安堵を得たドルクに、スキンが語り掛ける。

「金、住処、鍛錬、欲しいなら案内するよ」

「いらない」

「ねえ~ん、パパン? あたいもおうちが欲しいのお」

 赤子・アグウの嘲りにドルクは舌打ちした。家に戻った方が速いが、旅立ちの決意とイエニスへの屈辱がその選択肢を拒ませていた。

 スキンは当然、それを知らされているのだろう。

「街だよ、宿と『我ら』向けの仕事斡旋もしてる」

「必要ない」

 ドルクは拒否した、ニッキも鍛錬も全て己の手でやると意固地になっていた。

 

 翌日、雨が上がり、ニッキの輿を肩に乗せてドルクは出発した。彼女も自分も完全に回復していなかったが、この環境下では治癒に十分ではない。

実のところ彼も、これ以上野営すると体に害が出ると判断するほど衰弱していたのだった。

 喚くアグウと真後ろを悠々追ってくるスキンを無視して、馴染みのある村へと足を運ぶのだった。

 苔や濡れた大地、石に足を取られて時間がかかり、ドルクは惨めで悔しい気分に苛まれた。


 村に到着すると石を投げつけられた。

 追跡者の一団が、村の者の親戚だったと言うのだ。

 彼がニッキの件を釈明すると、村人は益々敵意を高めて彼女を差し出せと迫った。見知った顔に憎悪を向けられたことと、相手にすればきりが無くなるという判断でドルクは退散を選んだ。

 当たった投石は肉体的には強い害をもたらさなかったが、罵声と醜い敵意は益々彼を荒ませた。ニッキが眠り込んでいてそれに遭遇しなかったのはせめてもの幸運だろう。

 仕方なく森に戻って、またも野営の準備をする。雨のせいで湿気て衣服が濡れそぼり、蛭と虫がたかってくる。

 スキンは焚火の種木を持ってきながらドルクへ説いた。

「『我ら』って結構嫌われてるからね、でも、ぶちのめさなかったのは偉いぞ」

 ドルクは無視して火を起こした。食糧はまだあるが、それは自分が食を細めているためだ。このままでは鍛錬どころではない、狩猟にしろ採取にしろ、元の体力がない。

 アグウにも血を吸われ続けている。流石にめまいを起こすようになっていた。

「パパン~、あったかいおうちが欲ちいのお~」

「街にいこうぜ」

「あては他にある……」

 無論、ない。

我を張っているだけである。これまでそんな機会がなかっただけに、強固な我であった。

しかし、相変わらず回復に向かわないニッキの温石を取り換えているとそうも言っていられない。ほとんど目を覚まさず眠り続け、腕や腹の肉が落ち始めていた。

 スキンはこの青年が、デュオンを躱しイエニスの蹴りに『3度も』耐えた技量とは裏腹に、精神面では幼さを抱えていることに好感を持った。

 イエニスの指示ではあくまで観察であり誘導は命じられていない、原石でも経過によって珠玉にも屑石にもなるが、彼の持論だった。

 にも拘らず、ドルクへ彼女は『誘導』をかけた。

「その子、貴族だからあたしは好きじゃないけど……無事ていて欲しいなら街にいくしかないんじゃない? 『あて』って薬はある? 石投げられない?」

「……そこは大丈夫なのか?」

「先日行ったときはね」

 ドルクは肩を落とし、野営の準備を片付けた。その手間と労力を惜しまず、すぐにでも向かうつもりなのだった。

 スキンは彼と、ニッキにも興味が湧いてくる。貴族の保護を彼女が担当したことはない、もっぱら最前線の暴れ馬だ。

「どういう関係? 主人だったの?」

「俺は誰の下でもない……ただ、父の教えを守ってるだけだ」

「ママンだよ~! ひっひ!」

 この『家族』自体の情報収集も命じられている。生き長らえさせるのはそのためであったが、奇妙な組み合わせが彼女に好奇心を沸き上がらせているのも事実だった。

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