第9話 討伐せり

 快復してからは依頼をこなす日々だった。

 ニッキは変わらず同行したがったが、ドルクはそれも鍛錬の一部とすることで解決した。守るべき者のある戦いは父との訓練ではこなせなかった、依頼には護衛もあったからそれの予習にもなった。

 いずれの依頼も苦もないものであった。けれども、一行にはそれぞれ得る者が多い経験になった。

 ドルクは他者との触れ合い、世界のことを。

 ニッキは貴族でない自分と世との折り合いを。

 アグウはドルクと連携して戦うことの意味を。

 些細な、しかし貴重な糧である。

 特にドルクには、父に教えられた世界とは全く別の面を目の当たりにし、変化を恐れては死と同意と言う言葉を痛感させられていた。

 正義は成されずに悪が蔓延る、『我ら』や貴族と言うだけで貶められ正当な評価をされない、“正しい”と思い込んでいる連中の厄介さ、対価を渋り過大な負担を押し付ける。

 見ないように、あるいは見なかったふりをしている歪みが溢れているのだった。

 ドルクは旅立ちの際の一件があって幸いだった。体勢ができていたため、憤りはすれど過剰には反応しなくて済んだのだった。軽蔑し断罪に値するほどの屑は早々にいない。

 父により教えていられたはずなのに、戦闘と同じでいざ実物に遭遇すれば勝手が違う、こうしてニッキとアグウと共にいなければ果たして受け入れて成長ができたか。断言はできなかった。

 その中でもイエニスの名は度々聞かされた。

 雪辱のためにも、父の夢のためにも、ドルクの心は嫉妬と熱で燃え上がっていく。

 

 その日は、とある村で焼き払われた貴族の館の残骸の片づけに勤しんでいた。

 民が焼き払ったもので、かつての主は既に処刑されている。柱には斧の食い込んだ痕跡が数多く刻まれており、その際の凄惨な光景が思い起こされるようだった。

 ドルクの他にも『我ら』がいた。ニッキが奇異に映るらしく、度々質問や部屋に置くように忠告してくる。

 それをかわしつつ、ドルクは石を投げてくる子供たちにいら立っていた。

家族を『我ら』に殺されたと罵っているが、彼らよりもそれを止めようともせずにやにやと眺めている他の村民の方が余程不愉快だった。子供らは痩せて汚れ衣服も粗末であったこともより不快を煽る、周囲からは何も与えられていないのだ。

年長の『我ら』がドルクの怒気を察してそれとなく耳打ちした。

「俺も腹立たしいがな、イエニスさんの事を考えろ。今は大事な時期だ」

 その名を出されれば反発したくなる。

 しかし、今のドルクには彼の行動の“意義”が理解できてしまうため行動に移れなかった。

 『我ら』の立場、世界の情勢を鑑みるに間違いなくイエニスは正しき行いに勤しんでいる。今反抗しても、ドルクの“自身だけの名誉”を守るのみになってしまう。

 尊重すべきだが、最後の最後に回せ。“自身だけの名誉”について父はそう言っていた、他者が存在しなければ独善にしかならない。

 まだまだ己は小さいと嘆息しつつ、投石を払ってドルクは片付けに集中した。


 依頼を完了させ、他の『我ら』の誘いを断りドルクたちは休憩の後に帰路へ出発した。

 しばらく歩くうちに、アグウが鼻を鳴らして凶悪な笑みを浮かべ始める。

「パパン? あの人が来たみたいよお~」

「なら、お出迎えしないとな。ニッキ、降ろすぞ」

「わかったわ……必ず倒してね」

「任せろ」

 ようやく餌に魚がかかった。

 依頼の度に孤立し、人気のない場所にいる時間を設けたのは『知れず射ち』をおびき寄せるためである。

 既に目標でなくなっている可能性もあり、スキンからも情報を得ることはできないそれは途方もない徒労と言えた。

 だが、彼らは待ち続けた。

時には野宿をしてまで、『知れず射ち』は打倒すべき壁であったのだった。

そして、それが実る時が来た。

否、実らせ刈り取る時が来た。

 ドルクは輿を降ろすと、素早く剣と鞭を構える。

同時に背中から、豪華絢爛な衣装と手の込みすぎた巻き毛を頭に乗せた、貴族の典型を絵にしたかのようなアグウが飛び出していた。

ドルクはその姿に、『知れず射ち』は貴族に虐げられた側の者ではと推測しつつ、獣のように鼻を鳴らし、四つん這いで駆け出した彼女に並走する。

「間違いないな?」

「この匂いは忘れないさね‼」

 二人が向かう茂みの奥から矢が飛んできた。

 アグウが奇声とともに飛び掛かると、爆発が起こる。『知れず射ち』の爆薬矢だ。

 ドルクはやや怯んだものの、爆発から無傷で飛び出し、走り出したアグウの後を追う。

「ばっらばら~‼」

「逃がさないぞ『知れず射ち』‼」

 『我ら』であるドルクすら未知の森林は全速力で駆け抜けるに余りある。しかし、アグウは意に介さず獣の動きで獲物を追い立てた。

 二本目の矢が穿たれて、ドルクは耳を塞いで倒れこんで回避する。近くの幹に突き刺さり爆発と共に大木を倒すが、ドルクはそれを支え素早く置いた。

 飛び道具は強力であるが、遮蔽物の多い場所では当然制限される。森の中で仕掛けてきた迂闊さに裏を感じ取りつつ、ドルクはアグウの後を追った。

 程なく、呻き声と赤子の叫びが聞こえてくる。

 声の元へかけつけたドルクは、アグウに襲われて抵抗する白髪の男の姿を発見した。

 噛みつかれ引っかかれ血にまみれながら、闘志を失わず『天敵』であるアグウとも渡り合っている。

「今度こそ殺すわ―」

 大口をあけて叫んだアグウの口内へ矢が捩じりこまれた。矢尻には、爆薬が括りつけられている。

「もう一度弾けろ」

 前回も、アグウからこうして逃走した。

 その姿には度肝を抜かれたが、油断しきって喚き嘲る姿は隙だらけである。生きているのは『胎矛具』だと推理できるが、得物が通じるなら対策はある。

 だが、彼は失念していた。

 『胎矛具』なら、“宿主”がいることを。

 ドルクは呼吸を止め、一太刀で爆薬の導火線を火ごと切り離した。

 『知れず射ち』とアグウ、一瞬の硬直の後判断が早かったのはアグウであった。

 貫手が彼の腹に突き刺さり即座に抜かれる。大出血も臓物があふれ出もしなかったが、急所を抉りすぐさまに命が衰えていくのが伺えた。

 ドルクは油断せずに弓矢を引きはがして剣を向けた。自爆や毒の危険も考慮せねばならない。

 気にする必要のないアグウは、死が確実とわかると狂喜し踊り猛った。

「きーっひっひっひ! 久々の心からの嗤い~‼」

 『知れず射ち』に苦痛はなかった。ただ、ぼんやりと薄れゆく意識が眠りでない永遠をもたらすものと認知し、微かな恐怖がせりあがってくるのだった。

 改めて襲撃者を見て、ドルクは思う、ニッキと出会った時と同じだと。醜悪であれ彼らは民であり、目の前の男は白髪でありながら頑健な体躯が老いを感じさせないだけのどこにでもいる存在であった。皺も少なく、老いるならばこうありたいと思える加齢である。

 先ほどの村で、子供らを笑いながら見ていた連中こそ叩きのめしたい。だが、それに限って決して“そういう場”には出てこない。

 ドルクは名誉を守ることが虚しく思えたが、そんな感傷から『知れず射ち』の言葉が引き戻していた。

「その細工……そうか、ドルク・ヤマヨコ……」

「俺の名を知ってるのか?」

 一瞬だけ轟いているのだと歓喜が湧いたが、直後に冷静な思考がそれを否定する。未だ自分はそれほどの偉業をなしていない。

 『知れず射ち』は、ゆっくりと指をあげて剣を差した。

「ドルク・ヤマヨコの家紋……奴のだ……」

「これは父から譲られてものだ」

「父……息子……か」

 それを最後に『知れず射ち』は動かなくなった。

 襲撃者の死に悔いを覚えるなど少し前のドルクには想像もできなかっただろう、しかし、父の名を出されては冷静でいられない。背後関係や動機よりも、父のことを聞きたかった。

 思えば彼は父のことをほとんど知らなかった、寡黙な男であり、特に過去については口が重かった。

父を知ろうにも、ここ近日の激動の中ではどうしても後手に回る事項である。恐らくこの男は、生前の父を知っていた。しかし、既に世を去ってしまっている。

 不意に背に痛みが走った。いつの間にかアグウが赤子に戻りドルクの背から血を啜っていたのだ。

「パパン、ママンを迎えにいかなきゃねえ~。それにこいつも晒さないとさ!」

「晒しはしないさ」

 ドルクの淀みをニッキという存在が払った。

 『知れず射ち』を背負い、輿まで戻ったドルクはニッキへ放置を謝罪して本当の帰路へと歩みを進めたのだった。

アグウは得意げに老人を破ったことを謳った。殺人を喜ぶことは忌避すべしなれど、それまでの露悪と違い純真に喜んでいることが声から察せられて、ドルクは止めるのを躊躇した。

 

帰路途中、木につるされた死体があった。

まだ新しく、男と少女、赤子の3人である。衣服は上等なもので、恐らく貴族かその関係者なのだろう。枝が折れないように“工夫”されていることが残酷である。

 ドルクは一瞬だけ立ち止まり、枝を切り払って3人を降ろしてやった。

 果たして名誉とは何か、父の事を知れば少しは納得ができるのだろうかと思った。

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