ポーション成り上がり。外伝 ~拡散する種~

夜桜 蒼

第1話 拡散する種

ランデリック帝国では四年に一度武闘大会が開催されていた。近隣諸国も含め大陸中から参加者を集い開催される大陸最大の武闘大会であり、大陸中から一万人を越える参加者が集まるこの大会の優勝者には皇帝より望みの褒美が与えられる。

 我こそはと、腕に覚えのある強者が集まるこの大会は参加者を選定するために各地方で予選が行われていた。そして予選を勝ち抜いた者が決戦の地である本戦会場、帝都カタステリアに集まっていた。


「拡散する種。聞いたことがありませんわね」

「そりゃそうだろう。俺も初めて聞いたからな。西の森に生息しているらしいが、あの辺りの魔獣は凶暴なヤツらが多いからな。熟練の冒険者でもあまり行きたがらないんだよ」


 地方予選を勝ち抜き本戦に挑むために帝都カタステリアに来ていた竜人族の女性――ツバキ。ひょんなことから帝都の犯罪組織が集まるスラムを一掃したことから、スラムの支配者として君臨していた。


「……。種が生息しているのですか?」

「俺も詳しい事は分かんねぇんだよ。だけど報酬は良いぜ。種一粒で大銅貨一枚だ。量の制限は無しで明日の晩までなら幾らでも良いってよ」


 ツバキが現在いるのは帝都にある冒険者ギルド。スラムの一角に部屋を用意して頂いているものの生活の全てをスラムの住人たちに賄わせるわけにはいかず、妹シオンと生活するためにツバキは手っ取り早くお金を稼ぐため冒険者ギルドにやって来ていた。

 冒険者になるには試験を受け合格するか、冒険者の下で一定期間の研修を受け推薦を貰う必要がある。

 ツバキは先ほど試験を受け、試験官の元冒険者を瞬殺したことで晴れて冒険者となっていた。冒険者カードを受け取り早速依頼を探しに窓口に顔を出すとツバキの噂を聞いたギルド職員ギルドマスターから新米冒険者に依頼するレベルではないであろう話を聞かされていた。


「分かりましたわ。では早速行ってみますわ」

「……あー、一応聞くが、一人で行くつもりか?」

「ええ。残念ながら妹は身体が弱く、負担を掛けるわけには参りませんから」

「一応ギルドで即席のパーティーを募ることも出来るぞ? 報酬は減るが安全を買うと思えば悪いことじゃない。荷物の運搬にしても一人では限界があるからな」

「と、言いましても、妹より弱い者を連れて行っても足手まといですわよ。私が守る対象は妹だけですから自分の身も守れない方とはご一緒できませんわ」

「はぁ。まぁたまにお前みたいなヤツはいるからな。マニュアルとして言っただけだよ。これ以上なにかを言うつもりはない。妹さんによろしくな」

「妹に近づいたら殺しますわよ?」

「……安心しろ、このギルドに在籍している奴らにお前たちに手を出すバカはもういない」


 ギルマスの視線の先には壊れた机や椅子、そして男達の姿があった。立っている者は一人もおらず、ほとんどの者が痛みに呻いていた。ツバキの噂を聞いてちょっかいを掛けた者やゲスな思惑を持った輩が軒並み床を枕に横になっていた。

 受付嬢はその騒ぎで逃げ出しギルマスが受付業務を担当する事態になっていた。冒険者同士のいざこざは当人の責任であるためギルマスはその惨状を見ても特に口を出すことはなく、淡々とツバキに仕事の話をしていた。


「それはいいことですわ。次は遊びでは済まさないつもりだったので」

「お前の実力は分かったから心配するな。ただしギルドの収益が下がる分はしっかり働いて来い」

「ええ、ギルドのために働くつもりはありませんけど、お金のためにしっかりと働きますわ」


 ツバキがそう言い残してギルドを去って行く姿を眺めつつギルマスは深いため息をついた。

「俺、何時までここに居ないといけないんだ? リサちゃん、帰って来てー」


 ◇


「ここですわね。……。確かに気性の激しい魔獣がいるようですわね」

「ガァルルルル!!」

「煩いですわ」

「ギャン!?」


 突然草藪から飛び出して来たキラーウルフをツバキは払い除けるように腕を振って撃退。上位冒険者でも隠密性の高いキラーウルフの襲撃は防げないと言われているがツバキは難なく撃退に成功。キラーウルフは払われたことで足がガクガク震えているがそれでも立ち上がりツバキを警戒していた。


「あなたは獲物ではないのでサッサと行きなさいな」

「ゥゥゥゥ、ガゥ」


 キラーウルフはサッと茂みに入り走り去って行く。

 それに合わせてツバキの周囲からガサガサと音が鳴り響きキラーウルフ達が走り去って行った。

 キラーウルフは集団戦を行う魔獣であり、集団の長が足止めをしている内に他のものが襲い掛かる戦法を取る。通常の冒険チームはキラーウルフを一匹見た時点で全力での撤退戦に入る。冒険者が森で出会いたくない魔獣のトップがキラーウルフと言われる由縁であった。


「さて、それでは探すとしましょう」

 キラーウルフの消えた方角へ向かいツバキは森の中を進んで行く。



 ツバキが森の中に入ってから二時間が経過した。現在ツバキは四方を魔獣に囲まれ、悩んでいた。


「向かって来たら殺しますわ。敵対しないのであれば見逃すので家に帰りなさいな。……と、言っても伝わるわけがありませんわね」


 森に入り時折現れる魔獣を避ける為に周囲へ殺気を飛ばしながら歩いていたツバキ。しばらくの間は魔獣も現れることが無くなりいいアイデアであったと微笑んでいた。しかし少し経った頃から挙動がおかしい魔獣が現れるようになり、ついには周囲を囲まれる事態になっていた。


「……。ちょっとやり過ぎたかも知れませんわね。反省しますわ」


 強者の気配に逃げ隠れしていた魔獣だったがツバキが森中を縦横無尽に移動していたこともあり、それが強いストレスとなって魔獣達の錯乱に繋がってしまった。凶暴化した魔獣たちはツバキに対しても恐れを忘れ、今にも一斉に飛び掛かる様子であった。


「普段はテリトリーを巡って争っている癖にこんな時だけは協力するのですか? 魔獣も人も変わりませんわね」

「「ガッォォォォ!!」」

「ふぅ、仕方がないですわね」


 飛び掛かる魔獣を除け、ツバキは大木の枝へ飛び乗る。そして魔獣たちを一瞥したあと、そのまま枝を足場に森を飛び抜ける。

 無駄な殺生を嫌うツバキは魔獣たちを払い除けた後を考え、手を出さず撤退することを決めた。そのまま枝を伝ってギルドで聞いた拡散する種を探し森を飛び抜ける。


「ん? あれは?」


 錯乱した魔獣たちを引き離していると森の中に少し開けた場所があり、そこに大きな植物の姿があった。長身のツバキより更に大きな植物は蕾を幾つも茂らせ太陽光を全身に浴びているような姿であった。


「……。初めて見ますわね。この辺り特有の植物かしら」


 ツバキが少し離れた位置で観察を続けていると植物の蕾が開き、蕾から何かが弾けた。


 ドドドドドドドッ!!


 蕾から何かが飛び出し周囲の木々に深々と突き刺さっていた。ツバキがその一つを見ると刺さった所から既に芽が生えていた。

 そして植物の蕾は枯れたように萎んでしまっていた。


「……木々への寄生植物でしょうか。刺さると発芽する? 刺さる前に受け止める必要があるのでしょうか?」


 植物の蕾の数はあと二つ。ツバキは様子を見る為に植物へ近づこうとするが、植物はズボッと根を地面から抜き森へと走り去って行く。


「……。……え? しょくぶつ? 動物? ……面白いですわね」


 植物としてはあり得ない動きをしつつ逃げ出す動植物に対し、ツバキは笑みを浮かべて追いかけることにする。

 ツバキが走って追いかけていると地面にツルを使ったトラップが幾つも生み出されており、知性を感じさせる植物であった。

 ツバキはトラップを避けるため木の幹を蹴り移動を行う。すると今度はツバキが足を置いた幹にツルが絡み、ツバキの足を絡め取ろうとする。


「遅いですわよ!」


 しかしツバキの移動速度にツルは追い付いて居なかった。徐々に距離を縮めるツバキ。そしてあと一飛びで接触する距離まで近づいた時、植物の蕾が突然弾けツバキへ向かって中身が放出される。


 ドドドドドドドッ!!


「っ、ふっ!」


 方向性を持ってツバキへ打ち出された中身は弾丸のように一直線にツバキを襲う。しかしツバキはそれらを両手で器用に掴み取る。常人では避けることも出来ないタイミング、速度で打ち出された中身の大半を掴み取っていた。


「――やはり種ですわね。先端が当たると発芽するようですわね」


 ツバキが回収した種を確認すると指で掴んで取ったものと弾いて取ったもので発芽しているものとしていないものに別れていた。


「アリエナイ。キサマ、ナニモノ」

「……あら? もしかして亜人の方ですの?」

「ドライアド。テキ、タオス」

「「「テキ、タオス」」」

「あら? 誘いこまれましたか」


 ツバキの周囲に何時の間にか動植物――ドライアドの姿が複数あった。そして一斉に種が放出される。


 ◇


「…………。確かに俺はしっかり働いて来いって言ったが、これは酷くないか?」

「仕方がなかったのですわ。流石に予想外でしたので」


 冒険者ギルドに運び込まれたものは大量の魔獣の残骸。それも至る所に芽が生えているオマケ付き。

 ツバキがドライアドに攻撃を受ける直前に錯乱した魔獣たちが乱入。ツバキは種を受け流していたが魔獣たちは構うことなく突き進んでいた為ハチの巣となっていた。

 魔獣の乱入によりドライアドはツバキから逃げおおせ、残ったのは掴み取った三十粒の種とハチの巣になった魔獣たちの亡骸だけであった。


「粗末にも出来ないので買取って下さいな」

「良いけどよ。安いぜ? 皮も肉も使い物にならない部分が多い」

「構いませんわ。こちらがいい値段になりましたから」


 依頼を出していた薬師がツバキの持ち帰った種を見て大いに喜んだ。通常は発芽した種がほとんどであるにも関わらず発芽していない種が三十粒、更に魔獣に刺さった種も買取る事になりツバキは十分な収入を得ていた。


「これ、取り出すの俺達だろ……」


ギルマスの嘆きを余所にご満悦のツバキの姿がそこにあるのだった。

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