Night Dream 22→4

春嵐

部屋のなか。

夜の10時。


いままで、特別な何かをしたわけでもなかった。

普通の人生、普通の生活、普通のたべものと普通の睡眠。成績も普通。たまたま、内部試験の成績がちょっと予想より良く出てしまって、住む場所がこれから変わるだけ。


「荷造り?」

まだだった。


「うん、やっとく」

外に持ち出すようなものは、何もない。化粧道具がいくつかあるだけ。


「わかった。うん。じゃあね」

電話先。通話が切れた。色々と世話を焼いてくれる友だちだけど、べつだん感情が動くこともなかった。向こうが好意を寄せてくるので合わせているだけ。

部屋のなか。ベッドと机以外、なにもない。


ふっと、部屋の明かりが消える。

あらわれる。何か。ラップトップを指差しているように見える。


「あ、そっか。何もないというより、コレがあればだいたいどうにかなるものね」

暗い部屋で、ラップトップの明かりと、窓からこぼれる町の明かり。ゆっくりと見ていた。時計は夜の零時。


自分のなかでひとつだけ。普通じゃないのは、この誰か、だけ。

いつ私の前にあらわれたかもよくわからない。気付いたら、近くにいる。

おばけかもしれないと思って神社とかお寺に行ったけど、なにも起こらなかったし、何もとりついたりはしていないと言われた。


私は、この、私のなかで唯一普通じゃないこの何かに、恋をした。どんな顔をしているのだろう。どんなことを思っているのだろう。私のことを好きだろうか。そんなことばかりを考えて、毎日を生きていた。普通の人生だったから、普通じゃない何かに恋をした。ありふれた流れだけど、私自身はまじめに恋をしていた。


部屋。

暗いまま。

彼が出てくるときは、決まって部屋が暗くなる。というのも、これは私が見ている夢だから。気付くと、明かりのついた部屋で、ベッドか机のどちらかにうずくまっている私がいる。


「そう。夢」

普通の生活が長く続きすぎて、おかしくなってしまった私の、夢。

本当は存在しない誰かを、夢でしかない彼を、追い続けている。

まだ、部屋の明かりは暗いまま。彼は、そこにいる。でも、見えない。触れない。私の夢だから。これは、ただの夢。


「ねぇ」

町の明かりが、揺れる。


「このまま、私をそっちに連れていってよ」


答えはない。


「もうずっと、普通の生活で。多分住む場所が変わっても、普通が続いていくだけ、だから」

ちょっと涙が出てくる。

「私をここから出してよ。私に会ってよ」

暗い部屋。ラップトップの明かり。

かなしくなってきた。何に対してかなしいのか、わからない。

町の明かりが、またこぼれる。

カーテンを閉めた。

ラップトップの電源を切った。

暗い部屋。それでも、真っ暗にはならない。夢の中だから。

静かに泣いた。声を出して泣く泣きかたが、わからなかった。涙が出るときに喉は動いたりしないって言ったら友だちに笑われたっけ。あれは、幼稚園の頃か。

普通の生活は、涙と無縁だった。そしてこれからも、泣くことはないんだろう。普通が続いていくだけ。


「つかれたな」

涙が、流れ続けている。

暗い部屋。

誰も、いない。

彼も、いないんだろう。夢だから。私が作り出した、幻想だから。夜の2時半。


目の前の、壁が、壊れた。


「うわっ」


起きた。ベッド。

明るい部屋。

夢だった。

わずかな時間だけ、夢の中のことを覚えていて、そして、すぐ忘れる。

夢の中で泣いたこと。かなしかったこと。ここから出ていくこと。

涙は出てこなかった。現実の私は、せつないほどに、普通。

壁が壊れたのは、なんだったんだろう。現実世界だとしたら、お隣さんが突撃してきたってことだよね。こわい。お隣さんの顔も知らないのに。


ドアホンが鳴った。

「はぁい」

ラップトップで何か頼んでたっけ。怪しかったらドアを開けずに無視しよう。玄関の時計。朝3時。


のぞきこんで、すぐに、分かった。

分かってしまった。

夢の中の彼が、目の前にいる。


ドアを、開けた。

「あ、あの」

自分の顔が、涙でぐじゃぐじゃになってるのが分かった。どうしようもない。

「なんか、喉がっおかしっ、くて」

なんだこれ。

焦がれても会えなかったひとが、目の前にいる。実体がある。顔が、ある。

「どう、して」

それしか、声を出せなかった。

「分かったんです。壁を破って。隣にいるって」

お隣さん。

お隣さんなのか。

ずっと生きてて、ずっと、気付かなかったのか。隣に、いたことが。

「ここから、出ましょう。一緒に」


部屋を出た。

朝の4時。

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Night Dream 22→4 春嵐 @aiot3110

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