この星に撒かれた種
稀山 美波
撒かれた種
ぐわんと頭が痛む中、男は目を覚ました。
天井に貼りついたライトの光が男の目を突き刺して、思わず眩んでしまう。白くぼやける視界がやがて明瞭になっていく。視界に飛び込んできたのは見慣れた木目調の天井ではなく、鏡面のようにつるりとしたやけに白い天井であった。
「なんだ……?」
友人の家かビジネスホテルにでも泊まったのだったかと、未だにぼんやりとする頭を起こして周囲を見渡してみる。男が寝ていたベッドは、どうやら部屋の中心に置かれているようだ。学校の教室くらいの広さはあるこの部屋には、辺りには見たこともない機械や液晶が所狭しと置かれている。
男が少年だった頃に夢中で見ていた特撮番組で、主人公が悪の秘密結社に改造手術を施されていた研究室を彷彿とさせる。それほどまでにこの空間は、異質かつ非日常のもので満たされていた。
『おや、お目覚めですか、地球の方』
すると、部屋の壁が急にせりあがったかと思うと、男に話しかける声があった。それは耳で聞いたのではなく、男の思考に割り込むようなかたちで脳内に響き渡ったのだ。
初めての体験に思わずベッドから飛び起きると、開いた壁の向こうから、これまた異質なものが現れた。うねうねと動く茨のようなものの上に、大きな一輪の花が咲いている。その花の茎あたりから、これまた巨大な双葉がゆさゆさと揺れている。
花の化物のようなそれは、徐々に男に近づいてくる。おびただしい数の茨はどうやら足で、双葉が手、花が顔のように見えた。
「ば、ばばば、化物!」
『落ち着いてください。私は、この地球からそれはそれは遠いリャンリャン銀河にある、ミュウミュウ星からやってきた者です。翻訳機能装置を使い、あなたの頭の中に直接話かけています』
頭の中に声が響く度に、目の前にゆっくりと踊り出てきた花の化物がゆらりと揺れる。どうやら、この化物が男に話しかけているようだった。
「う、宇宙人てことか?」
『あなたたちの言葉で表現するならば、そうなります』
ミュウミュウ星とかいうところからやってきたというそれは、向日葵にも似た花弁の頭をゆっくりと下げた。肯定の意を示したのだろうか。
『ここは我々の母船です。あなたをここへ突然お呼びしたことを、深くお詫びいたします』
しゅんと花弁がうなだれる。その様子を見て、ミュウミュウ星人の言葉を聞いて、男は次第に冷静さを取り戻していった。人間とは適応する生き物であり、男もなんだかこの状況をすんなりと受け入れていたのだ。
「ミュウミュウ星人さんが、俺に何か御用ですか?」
『おお、理解の早い方で助かります。実はですね、我々ミュウミュウ星人は他の星々に住まう方たちを調査するのが仕事でして。その星での暮らしぶりだとか、生態だとか、思想とかですね。手荒なことはいたしません。どうか簡単なアンケートに答えていただきたいのです』
双葉をばたばたと揺らすミュウミュウ星人は、どうやら喜んでいるように見えた。とてもそれは自らに害を為す存在であるようには思えない。簡単なアンケートに答える程度であれば、喜んで協力しようという気になれた。
『ありがとうございます。では早速お聞きします。我々は、地球の島国からあなたをここへ招待しましたが、あなたの暮らしている国は何という国ですか?』
「日本、といいます」
『なるほど。日本の方は、どのような人たちなのでしょう?』
「そうですねえ。勤勉で真面目、穏やかな人が多いんじゃないですかね」
『おお、それは素晴らしい。あなたの言動を見ていても、それは感じ取れます。穏やかな方が多いとのことですが、では争いなんかも無いのですか?』
「そりゃあ小さないざこざなんかはありますけど、争いだなんてレベルのものはないですね。紛争とか戦争とか。日本は平和主義を掲げてますからね」
何気なく男が言ったその言葉を聞いて、ミュウミュウ星人は一歩退いてみせた。
『なんと。争いや戦の類がないと。信じられない。我々ミュウミュウ星人もそうですが、宇宙で争いが起きていないところはありません。皆が皆、互いの腹の内を探りあって、常に何かしらの争いが起きているのです。しかしこの地球の日本という島国では、それがない。素晴らしい』
ミュウミュウ星人は茨の足と双葉の手とを大きくくねらせて、花の顔を何度も縦に振ってみせる。男の頭に響く声も、心なしか高いものとなっているような気がした。
『貴重なお話をありがとうございました。宇宙にもまだこのような星があったのですね。これはほんのお礼です。ぜひ受け取ってください』
それから数十分ほど質疑応答があったが、そのほとんどが日本の暮らしぶりに関するものだった。アンケートが終了すると、ミュウミュウ星人はゆっくりと部屋の隅に移動したかと思うと、何かを双葉の中に握りしめて、再び男の下へ戻ってきた。その握りしめられた何かを、すっと男に渡してみせる。
「これは?」
『これは、ミュウミュウ星の名産である果実の種です。これを土に植えると、たちまちに果実が成ります。この果実ではですね、あらゆる病をたちどころに治してしまう優れものです。どうかぜひお持ち帰りください』
ミュウミュウ星人から受け取ったものをまじまじと見てみるが、なんら変哲もないただの種子にしか見えない。けれどもこの宇宙人が言うには、万能薬のような果実が成るというのだ。
『ただ一点だけ。この果実は、地球の土壌とは相性がよくありません。病を治す効能には変わりありませんが、生殖機能が失われるのです。つまり、地球上で栽培して増やすことはできません。お渡ししたのは十粒、大事に使ってあげてください。本当に今日はありがとうございました。家までお送りします』
ミュウミュウ星人が深々と花の頭を下げた途端、男の意識は遠のいた。
はっと目を覚ますと、男の眼前には見慣れた木目調の天井。自らが住まうアパートのそれに相違なかった。
変な夢を見たものだとしばらく思っていたが、その手には十粒の種子が握りしめられていた。あれは現実であったのだと、男はすぐさま理解した。
それから数年経ち、男が宇宙人のことなどすっかりと忘れていた時のことだ。近所の大学病院に原因不明の大病を患っている少女がいるとの噂が、男の耳に入ってきた。その瞬間、男は数年前の未知との遭遇を思い出す。
少女を何とか救えないだろうかと、駄目元で庭へ種子を埋めてみる。すると驚くことに、土を被せた瞬間に芽が生え、茎は伸び、あっという間にひとつの果実を実らせた。
これは間違いない。ミュウミュウ星人が言うように、これは『あらゆる病を治す果実』だと男は確信した。
男は果実を持って急いで病院へ直行し、少女の病室へとこっそり忍び込んだ。弱々しくベッドに横たわる少女の口を無理やりに開け、ミュウミュウ星の果実をねじ込む。あまりに突然のことに、少女は力無くもがき苦しんだが、やがてその動きに力強さが込められていく。
「え、え、どうして、体が動くわ!」
先ほどまで指先すら満足に動かすことのできなかった少女だが、ベッドから飛び起きて体を何度も動かしてみせた。
「あなたが何かを食べさせた途端、体が急に元気になったの!」
「今君が食べたのはね、『あらゆる病を治す果実』だよ。君が難病を患っていると聞いて、居ても立っても居られなくてね」
男のその言葉を聞き、少女はぱあっと顔を明るくさせた。何度も何度も男にお礼を言い、自由の効く体を何度も何度も動かして見せた。その様子を見ていると、男も行動を起こしてよかったと思えてくる。
「な、何があったんですか。ぴんぴんしているじゃないですか」
騒ぎを聞きつけて、数名の人物が病室へと現れた。その内の一人は、大きなカメラを携えている。どうやら、彼女の闘病生活を取材していたテレビスタッフのようだ。先ほどまで息も絶え絶えであった少女の変貌を見て、スタッフたちは驚きを隠せない様子である。
「実は――」
「ちょっと待った。この種のことはあまり拡散しないほうがいい。何せ、あと九粒しかないんだ。自分に寄越せ自分に寄越せと、人々が押し寄せてきてしまう」
興奮冷めやらぬといった様子の少女に対して、男はいたって冷静であった。ミュウミュウ星人から貰ったこの奇跡の種には、限りがある。なんせ、『あらゆる病を治す果実』の種だ。そのことが世間に知られたら、混乱どころの騒ぎではないだろうと思ったのである。
何のことだかわからないといった様子の少女であったが、命の恩人が言うのだからと、黙って首を縦に振った。
『奇跡! 難病を治す果実とは!?』
しかし、男のそんな思いとは裏腹に、ミュウミュウ星の果実のことがテレビで報道されてしまった。どうやら少女が、果実を食べて病が治ったことをテレビスタッフたちに喋ってしまったのだ。
「いたぞあの男だ!」
「種を寄越せ!」
すぐさま、男の所へ人々は殺到した。
やはりこうなってしまった。『あらゆる病を治す果実』だなんて、人々の理性を奪ってしまうのには十分すぎる代物だ。これは拡散してはならないと、男は方々へ逃げ回った。
しかし、種を求める人間の数は男の予想を遥かに上回っており、あっという間に男は捕まった。男は暴行を加えられ、終いには命も種も奪われてしまった。
そこからは、あっという間だった。
都市伝説的な話であった『あらゆる病を治す果実』は実在するものであると知られ、それらを巡って各地では紛争が勃発した。それはやがて世界を巻き込んだ戦争となり、人々は醜く争いあった。
命を救うはずの奇跡の果実が、皮肉にも多くの命を奪う戦争を引き起こしてしまったのだ。
ミュウミュウ星人と男がこの星に
二人がこの星に
この星に撒かれた種 稀山 美波 @mareyama0730
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