第23話 Three card Pretend play



 昼を少し過ぎ、広場では様々なパフォーマー達によるアトラクションがピークを迎えていた。先程から人を集めていた大道芸や手品に加え、ダンスや歌、ミニライブといった派手な演目も増えて来ている。一際華やかになる一帯に釣られるように、人混みもその密度を増していた。

 そんな人の波の中に、ダン達一行の姿もあった。小柄な少女を残りの二人で挟むようにして、はぐれないように人混みを泳いで行く。時折アンネが気になる露天を指差せば、三人で立ち寄って冷やかしたり、あるいはジャックが買い与えたりというサイクルをのんびりと繰り返していた。

 ダンとジャックが驚いたのは、少女の尽きる事のない好奇心、そしてそれを上回る胃袋のキャパシティだ。決してがっついた様子ではないのだが、少し目を離すとアンネの手にあったはずの甘味が跡形もなく消えているという不可思議な現象に、少なくとも三度は遭遇しただろう。そこからさして間を置く事なく次の獲物をきらきらとした目で品定めするアンネに、ジャックの笑顔が若干引きつっていたのを聡い少年は見逃してはいなかった。

 そうして現在、広場を一回りした三人は、最初にワッフルを食べた辺りに戻って来ていた。より正確に言うならば、先刻よりも賑やかな、広場の中央寄りの場所だ。

 ジャックは知り合いらしき人物に声をかけられ、少し前から立ち話に興じている。足を止める程の交流こそ今回が初めてだが、遠目に挨拶をしたり手を振ったりといった辺りは広場を歩く間もしょっちゅうしていた。余程顔が広いらしい。

 アンネはといえば、こちらは駄菓子のワゴン販売に夢中だった。あれだけ食べて良くもまあ、とダンが感心していると、少女は遂に食べ物以外に興味を示したようだ。

「これ、ガム……じゃない、ね?」

 アンネが熱心に眺めていたのは良くあるジョークグッズだった。流石にそのくらいは知っているダンが、その用法を説明する。

「それは悪戯用のおもちゃ。この飛び出た一枚を取ろうとすると、バネの仕掛けに指を叩かれるんだ」

「いたずら……驚かすの?」

「そうだね」

「ふうん…………」

 何処か含みのあるアンネの相槌。思わせぶりな間を問いただそうとした矢先、アンネはダンの手を引いてワゴンから数歩離れる。そうして、唐突にこんな事を言い出した。

「ねぇダン。わたし、ごっこ遊びしてみたかったの」

「ごっこ遊び?」

「うん。強盗ごっこ」

「えっ」

 突然の物騒な響きに思わず声を上げるダン。しかし詳細を聞き返す暇も無い。

「ダンがやられる人ね。やいやい、金を出せぇっ!」

 言うが早いか、アンネはいつの間にかスカートの隠しポケットに忍ばせていた手を振り翳す。その手中では、銀色に煌めく細長いものがくるくると回されていた。

「アンネ⁉︎ それ——」

「えーいっ!」

 気合いの入った掛け声と共に、少女は手にした何かを少年の鳩尾辺りに突き立てた。

 突然の奇襲に構える事すら出来ないまま、ダンはその攻撃を甘受するしかない。うっ、と呻いた元凶である腹の痛みは、しかし刺されたにしては鈍いし弱いものだった。

 何もかもが予想外の展開に根を上げそうになる頭を叱咤して、ダンはひとまず凶器の確認を取る。アンネの手を捕まえれば、そこに握られているのは予想通りのバタフライナイフ——否。

「刃、っていうか……櫛?」

 アンネが使っていたのは、どう頑張ったとて人は勿論紙も切れない、ジョークグッズのナイフ型コームだった。

「あは。びっくりした?」

 くすくすと笑う少女は悪びれる様子が無い。むしろ、初めての「悪戯」が成功してか、何処か得意げですらあった。

「本当にね……」ダンは安堵半分、呆れが半分の息を吐く。「冗談にならないのは駄目だよ」

 肩を叩きながら諭せば、アンネはこてんと首を傾げた。

「そうなの? これもイタズラ用、でしょ?」

「それはそうみたいだけど……そもそもどうしたの、それ?」

 アンネのこれまでの経緯を知らないダンが訊ねる。本物の刃物がごろごろしているあのホテルで、こんな紛らわしい玩具を持たせる訳がない。かと言って、抜け出してからはこんな物を買う程の時間や金は彼女には無かった筈だ。

「なんかね、ダンと会う前、おにーさんがくれたの。いらないからって」

「そう……?」

 かなり端折られたアンネの話に、ダンは首を傾げる。しかしその詳細を聞くには至らない。知人と話していたはずのジャックが、二人へと声を掛けて来たからだ。

「おーいお前ら。悪りぃがちょーっとこのまま待っててくれねぇか?」申し訳なさそうにジャックが眉を下げる。「アイツ俺のダチなんだが、少しで良いから手ぇ貸せって聞かなくてよ」

 言いながら、ジャックが先刻まで居た方向を示す。見れば、ごついスーツケースを手にした人の良さそうな青年がこちらに手を振っていた。あれが友人ダチとやらだろう。

 ダンとしてはあまり悠長にしていたくはないのだが、ジャックの口振りからしてどうにも選択肢は無さそうだ。内心で渋りながらも「どうする?」とアンネを見れば、大きな帽子がこくりと縦に揺れた。

「いいよ、まってる」

「よーっし良い子だ! 代わりにおもしれーもん見せてやるからな、よーく見とけよ」

 ぽんぽんとアンネの帽子を叩くと、ジャックは友人と連れ立って、広場の中程へと歩いて行った。

「程々にしておいてよ!」

 遠ざかる背中にダンが叫べば、ひらひらと片手が上がる。どうにも緊張感の無い様子に、少年は一人溜息を吐いた。

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ノイジーセッション・オールスタ 鈴久育 @wrt_schell

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