まじょまじょの種注意報!

工藤 流優空

拡散するまじょまじょの種

 まじょまじょの種。それは、古くから伝わる魔女になれる種。数十年、または数百年に一度、誰にも見つからないような場所で花が咲き、種が拡散される。


 種は動物の体の中に取り込まれて、それぞれに応じた力を発揮する。まじょまじょの種は、目には見えなくて勝手に体の中に取り込まれてしまうそうな。


 ある日のこと。お昼のテレビ番組を見ていたあたしは、テレビの一番上に映るニュース速報に胸を躍らせた。


『まじょまじょの種が拡散中! 拡散する種に注意!』


 あたしは、慌ててチャンネルを切り替えて、ニュース番組を見始める。まじょまじょの種。これを手に入れればあたし、魔女になれるかもしれない!


 あたし、いつも自分に自信がなくて、自分の居場所を探してる。両親は仕事に出ていていないことが多いし、学校では友達も少ない。


 自分の得意なことを探しましょう、きっとあるはずですって先生はよく言う。でもあたし、何にも得意なことが見つからない。将来の夢だって、きっとあるはずだって言われるけど、まったく見つからない。


 みんなはお医者さんとか、歌手とかすてきな夢をいっぱい持ってる。でもあたしは、それがない。なんだかそのことが、とても悪いようにあたしには見えてくる。


 でもまじょまじょの種があるのなら。あたしは、魔女になれるかもしれない。魔女になって、魔法が使えるようになったらどうしよう? 何をしようかな。


 考えるだけでも楽しい。今まで読んできた本に出てくる魔女を思い浮かべて、あたしの表情は自然とにやけてくる。


 まずは、いつでもおいしいおやつを食べられるポーチを作ろう。そのポーチがあれば、いつだってほしいおやつが出てくるの。


 次は、魔法のホウキを呼び出そう。これならもう、学校に遅刻する心配がなくて、時間ギリギリまで寝てられるよね。


 あとは……。魔女と言えば相棒が必要だよね。相棒の黒猫が欲しいかも!


 でも……。


 そこまで考えたところで、あたしはがっくりと肩を落とす。まじょまじょの種は目に見えない。だから、どこに行けばまじょまじょの種を手に入れられるのかも、分からない。どうしたら、まじょまじょの種と出会えて、魔女になれるかな。


 すると、ニュースキャスターが険しい顔をして言う。


『現在、まじょまじょの種注意報が、日本全域に向けて発令されました。首相は、不用意な外出は控え、決してまじょまじょの種を拡散しないよう呼び掛けています』


 そんなぁ。そんなのって、ないよ。まじょまじょの種は、誰にでも魔女になれるすっごい種なんだよ!? あたしみたいな、何のとりえもない人間が、一気にすてきな人生を送れるかもしれない夢のアイテムなんだよ!?


 あたしは、気付いたら家を飛び出していた。なんとしてでも、まじょまじょの種を見つけなくっちゃ。


 その時だった。玄関を飛び出したあたしの目に、一匹の黒猫が映った。いつもなら、なんだただの野良猫かって思うだけなんだけど。あたしの目は、黒猫にくぎ付けになる。


 その黒猫、なんと小さな翼が生えてたの。しかも、鱗がついた。トカゲとか蛇とかの鱗に近いものに覆われた、緑の小さな翼。


 間違いない、こんな猫、いるはずない。この猫はきっと、まじょまじょの種を手に入れた猫なんだ。魔法の猫。この猫から、まじょまじょの種を分けてもらえば。あたしも魔女になれる。


 黒猫は、瞳孔を細めてあたしに威嚇してきた。あたしはその猫の正面に回って言う。


「お願い! あなたのまじょまじょの種、拡散してあたしにも分けて!」


 そこであたしの意識は途絶えた。窓の外では朝陽が昇り、小鳥の声が聞こえている。ああ、なんだ夢だったんだ……。


 あたしはふとんを自分の頭の上に引き上げた。なんだ、まじょまじょの種も、まじょまじょの種にかかった魔法の黒猫との出会いも、全部夢だったんだ。


 あたしは泣きたい気持ちになる。こんなのって、ないよ……。こんな夢みたいな夢、見させられた後に現実に戻されるなんて。ひどい。


 そう思っていた時だった。あたしのかぶっていたふとんが急に重たくなる。そしてふとんの上から、声が聞こえてきたの。


『なぁなぁ、早く起きてーや。ワイ、腹がすきすぎて、死にそうや』


 あたし、おそるおそるふとんをどけてみる。するとあたしの目と鼻の先に、黒猫が一匹。黒猫は大きくあくびをする。


『ワイを養ってくれるー言うから、家猫になったったんやで? 自分、約束忘れてへんやろな?』


 ジトッとあたしを見つめる黒猫。え、本当にこの黒猫が喋ってる……?


 あたしがきょとんとした目で黒猫を見返すと、黒猫は大きなため息をつく。


『昨日のこと、もう忘れてしもたんか。自分、まじょまじょの種が欲しいって言うから、分けたったやん。ま、あれ、すぐうつるんやけど』


 え? さっきの夢はもしかして……、夢じゃない……?


 あたしは目を大きく見開いた。ほんとなら、あたしは……。


『まじょまじょの種はすぐには発芽せえへん。今は実感ないかもやけど、そのうち魔女としての力を手に入れられるはずや』


 黒猫はなぜか胸をそらした。


『やから、一人と一匹、なかよくやるで』


 なんだか、よく分からないけど。あたし、この黒猫からまじょまじょの種をもらって、魔女になれたみたい!!


 あたしは、ベッドから飛び上がって喜んだ。黒猫は揺れるベッドの上で体が浮かんでは落ちてをくりかえす。


 養う、の意味がよく分からないけど、よかった! きっとこれで毎日が変わる! あたしは新しい人生の第一歩を踏み出すことになったんだ。





 



 





 

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