第4話 迷宮少女、絡まれる

 この街には、店がない。正確に言うと、禁止されている。


 何故か?


「ギルド…………というより王国は、管理しておきたいわけですよ。この超常の大迷宮を…………」


 冒険者ギルドの最上階。その奥にある、支部長室で、二人の男が酒を飲んでいた。一人は此処の主たる支部長、ジョニー・サンダース。そしてもう一人は———————


「…………何でもいいが、しかし酒の種類が少ねぇのだけは勘弁してほしいなァ」


「これ以上は”選択の幅”を超えてただの贅沢ですな………第一、貴方はラム酒しか飲まないでしょうに」


 そうでしょう?ディアレイさん


 重厚なデスクに座したサンダースが、静かに言う。眼鏡に隠れたその瞳は、ラムの方からは窺い知れない。ラムは黙ってグラスに口をつけた。


「ラムしか飲まず、しかも迷宮内でも暇さえあれば呑んでいる。銃の大迷宮でにもクロスボウを振りかざし、そのくせ実力はAランクでも屈指の強者。………………まあ貴方であれば、もし本当に欲すれば酒の種類を増やすことぐらいわけはないでしょう」


「いーや、何もそこまでのことは言ってないさ。第一そこまで地上に来ないしな…………」


 今がむしろ例外なんだ、とぼやくラム。それに、ぴくりとサンダースが反応した。


「………………そういえば、今回はなぜ地上に?確かに貴方はほとんど迷宮の奥に篭っていましたな。何か……………ああ、たしか噂では初心者冒険者の師匠になったとか」


 部下の酒飲みが報告してきたことを思い返すサンダース。それを聞いたラムは、居心地悪そうに肩を竦めた。だが、その表情は思いの外暗いものではない。


「ああ、そうだ……………ただ師匠、かどうかは………」


「違うと?これも噂ですが、どうもその弟子———いたいけな少女と聞いていますが————それに、『師匠』と呼ばせていかがわしいことをしているとか……」


「ちょっ!待て待て待て誤解だ誤解!!大体俺に教えるなんてことできん!!」


 慌ててそう言い切るラム。すると、意外そうな顔でサンダースは尋ねる。


「おや、そうなんですか?」


 それに対し、ラムは吐き捨てるように答えた。


「そーだ。付いてくるのは勝手だがな」


「あいも変わらず捻くれていますねぇ。…………ところで、今日は何か報告することがあるとか」


 サンダースがそう言うと、ラムはああ、と言って話し出した。件の“異変”について………


「………ふーむ、低層域で異変が、ですか」


「ああ。最前線ではちょくちょく起きていたことなんだがな。しかしそれが低層域でも起きると………………」


 極めて危険である。少なくとも、未だ駆け出しのDランク冒険者達にとっては、死活問題とさえ言えるだろう。


 ラムの進言に、サンダースはしばらく考えていたが、やがて立ち上がり言った。


「分かりました。直ちにギルドより情報公開を。それと、最前線の状況も聞きたいので………」


 そう言って、ラムの方を意味ありげに見やる。が、彼は若干すまなそうに答えた。


「あー…………悪いがまだ戻らんつもりだ。言った手前そうすぐに投げ出すわけにもいかん」


「いえ、構いませんよ。最近Bランクに上がったばかりの、かなり有望な冒険者が居ましてね。彼に行ってもらおうかと」

 

 それを聞くと、ラムは嬉しそうに笑い、グラスから一口飲んだ。


「………そうか。そうだな、俺もその報告次第だな。流石にそう長くもあそこ最前線離れてるわけにはいかんから……」


「板挟み、ですなぁ」


 妙にしがらみの多いラムの状況を聞き、揶揄するようにサンダースが言う。しかし、ラムは怒るでもなくしみじみと言った。


「冒険者なんてそんなもんさ。もっとも、迷宮潜っちまえばそんなことも忘れちまうが」


 …………それから二人は、黙って酒を飲み続けた。やがて、日付も変わる頃


「……………この前も言いましたが、じきに彼らがくるでしょう」


 漆黒に包まれた街を、窓越しに眺めながら、サンダースは呟くように言った。


「……………“勇者”、か。無条件でSランクが与えられるっていう、伝説の」


「そうです。さっきも言ったでしょう?この厳重な管理体制ですら生温いと、彼らはどうやら考えているようです。—————全てはここが、あまりに独立し過ぎているから」


 サンダースの推察に、ラムは返事をせず酒を飲む。


「確かにここは異端だ。冒険者たちは皆“銃”などという未知の兵器を扱い、その数も頭抜けている。……………もしここの冒険者が結託して叛乱でも起こしたら、王国は一週間ともたないでしょうな」


「………王国のアホどものこすい思惑なんぞどうでもいいが、そんなことよりアレだ。その勇者ってのは、“使える”のか?」


「さぁ…………まぁ、“伝説の勇者”なんて言うぐらいですし、強いんじゃないですか」


 心底どうでもよさそうにサンダースが言う。そのいっそ清々しいくらいな態度に、思わずラムは苦笑する。


「ほんと、興味ないことには適当だなァ……あ、そうだ。知ってたらでいいんだが、シルって言う女の子———あんたがさっき言ってた、俺の………“弟子”っちゅーことになってる———について、だ」


 二本目のラム酒の瓶を開けようとしていたラムは、苦笑いしつつそこでふと思い出したように尋ねる。が、相手の反応は淡白だった。


「シル………ですか?いえ、よくは知りませんね。低ランクの初心者たちのことについては、ほぼログレスさんに任せているもので」


「……そうかい、ならいいさ。ログレスの奴に直接——————」


「しかし、彼から一つだけ聞いたことがあります」


 早々に諦めて、酒瓶持って帰ろうとしていたラムの言葉を、遮るようにサンダースは言った。ラムはそれを聞くと、ピクリと眉根を上げ、先を促した。


「…………それは?」


「彼女は…………冒険者シルは、“迷宮の女神”だ、と」


  ———彼女に会った冒険者は、その日一日悪いことに遭わない。思っていた通りのことばかり起こる。故に、シルに会っておけば、全てがうまくいく、と。


 …………………うーむ


 それを聞いたラムは、ずいぶん滑稽な噂だなと笑い飛ばそうとした。が、何故か笑いが起こらない。頭の片隅に追いやられていた、今日一日の出来事が脳裏を占めた。


「その程度のタチの悪い噂ぐらいですね。まぁ、それ以上を知りたいならログレスに聞くか、それが本人に直接…………」


「………いや、案外、そうだな。あながち間違いじゃあ、ないかも、な」


 そう呟いて、ラムは立ち上がる。そのまま別れを告げ、スタスタと部屋を出て行ってしまった。サンダースはそれを不思議そうに眺めていたが、しばらくしてフッ……と笑い、独りごちる。


「なるほど………随分その少女を買っているんですねぇ……あるいは、本物のを見つけたのか」


 されど、それは誰にもわからない。少なくとも、今は——————







 所変わって、ここはギルドの一階。先程この街には店がないと言ったが、ではここに住む冒険者たちは、どこで買い物などをするのか?


 答えは簡単、全てギルドでおこなえる。酒も、食べ物も、装備も、なにもかも。


「今日も生きていて、しかも明日また撃てることにッッッ!!」


「「「「「乾杯ッッッッッッ!!!!」」」」」


 ギルド受付、その右手奥にある併設のギルド直営飲み屋。ここでは、毎日夜になると必ず、居合わせた冒険者たちが集まり宴を開いている。無論、中にはいっぱいだけ飲んで帰る者もいるし、そもそも疲れすぎていて早々に帰ってしまう者もいる。が………


「ジンクスってのは、案外馬鹿にできねぇぞ?分かるかシル」


「はぁ」


「確かにそんなもんに意味なんて無いかもしれん。明日の昼頼れんのは自分てめえ愛銃チャカだけさ!でもな、人には何か縋るモンが必要なのさ!」


「ひぃ」


「さらにだ!お前も聞いたことあるだろぅ?この大迷宮の七大ジンクスについて!!」


「ふぅ」


「一つ目は……………聴けい真面目にッッッッ!!」


「そ、そんなこと言われても〜!!」


 そんなこと言われても………シルはキレている目の前の男を、どうしたら撒けるか真剣に考え始めていた。そこに、一人の救世主が現れた。


「ちょっと!何やってるんですか副長!!」


 救世主カノンは絡んでくるクソを叱り付け、シルを助け出してくれた。ああ、ありがたや………


「なーにしやがる!!これぁ大事な事なんだぞ!!」


「絡み酒は普通にアウトです!!しかもギルドの副長が!!」


「なんだと行き遅れクソアマが!!」


「ああん!?もういっぺん言ってみろ腐れアル中!!」


「「…………てめえこの野郎表出ろッッッッ!!!!!!!!」」


 その場で始まる夫婦漫才。正直どっちもどっちで大変見苦しいが、これ幸いとシルは逃げた。そして、周りで煽っていた冒険者たちの中に紛れ込む。


「おーう、嬢ちゃん災難だったな。まぁあのおっさんの酒癖の悪さはどうにもならねぇからなー」


「はぁ、まぁもう慣れましたからどうでもいいですけど………」


「ガハハ!違ぇねえ。………でもよ、あの人の言ってる事も間違いじゃあねぇぜ」


 そこに、周りにいた冒険者たちが混ざってくる。


「おーなんだい、真面目な話かよお固いねぇケルヴィンは」


「ハッハー!でもよ、嬢ちゃんは知っといたほうがいいだろ。なんせ………」


「ああ、そういやそうだったなぁ」


「?なんですか?もしかしてさっきログレスさんが言ってた………」


 シルの問いに、彼らはグラスを飲みつつ答えた。


「そうさ、あの……七大なんちゃらは眉唾モンだが、でもジンクスがあるのは確かだなぁ」


 彼らの言うジンクス。それは


「“迷宮では銃を使うべし”。恐らくこれがもっともデカい奴だ。ここは“銃”の大迷宮だろ?だからそこでは銃を使えってな」


 そしてそれは、あることの裏返しでもある。


「即ち、“迷宮では銃以外の武器を使うべからず”さ。これを破ると迷宮の怒りを買い、どんな腕でもすぐに死んじまう。……嬢ちゃんも、気を付けろよ?なんてったってあの“破戒者”ラム・ログレスの弟子になっちまったんだからな」


「…………え?!あの人まだ他にもあだ名あったんですか!?」


「「「「いやそこぉ?!」」」」


 だが、そう言われてもシルにはイマイチピンとこない。なにせ、今日一日間近でラムの凄さを実感したからだ。その事を、反論の意味も込めて語ってみる。


「すごいんですよ師匠は!部屋に入っていきなり瞬殺!!しかも弾を避ける時もすっごいスマートで、避け方もこう、なんかグルーっってかんじで!!!!!!」


「お、落ち着けってわかったから。第一俺たちだってディアレイの旦那がすげーことぐらい知ってるわ!!」


 興奮のあまり前のめりになり弁舌を振るっていたシルは、それを聞いて我に帰る。すぐに彼にそれの詳細を聞いてみた。


「どんな事を?」


「え?まぁ一番ぶっ飛んでるのがアレだよな、連続四階層単独攻略!!」


 —————これは、彼のデビュー戦の話である。なんと彼は、当時最前線だった第11層から第14層までを、たった一人で攻略してしまったと言うのだ。


 たった一人で!!


「しかも何がすげぇって、その時もクロスボウだけだったらしいんだよな」


「まぁ…………それを考えるとジンクスなんてただのホラ話なのかもしれんがな。でも副長もさっき言ってたろ?すがるものが必要なのさ俺たちにはな」


 ふーん、とシルは納得したような、そうでないような返事をした。しかし、その心中はワクワクしっぱなしであった。


 やっぱりうちの師匠は凄い!!


 と、


「…………?ん!!アレはもしかして!!」


 上階から降りてきた一人の男の姿を見つけ、途端に目が輝きだす。


「師匠ーーー!!どうしたんですかーーーー?!」


「えっ、お前いたの?」


 意外そうに驚くラム。それに、畳み掛けるようにシルが言う。


「はい!でももう帰ろうと思ってるんで、一緒に帰りましょう!!」


「え、イヤでも俺の家逆…………」


「か・え・り・ま・しょ・う!!」


「………はぁ、街出るとこまでだぞ?」


 あっさり折れたラムは、ため息を吐きながら外に出ていく。そして嬉しそうにそれを追いかけるシル。側から見ていると、これはまるで…………


「うーん、親子かな?」


「まぁ、そうにしか見えんよなー」


「………あの娘は、な。事情が事情だし」


 そして冒険者たちは、再び思い思いに飲み始める。そこで、一人の男がふと言った。


「………しかも、だ。ジンクスで言えば………」


 —————あの二人、悪運と幸運が合わさりあって、とんでもない名コンビなんじゃないか?







 ……………こうして、迷宮馬鹿達の夜は更けていくのである。

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迷宮少女の銃撃譚 〜大迷宮を撃て!〜 信濃氷海 @Hyoukai_Sinano

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