第3話 迷宮少女、1日目
「いやー、にしても驚いたなぁ………まさかあのラム・ディアレイが弟子たぁ…………」
「まーだ言ってるんですか。いい加減仕事してください副長」
「冷てぇなぁうちの受付………しかしアレだな。恐らくシルは…………」
「なんです?」
「特にする事なくかえってくるだろーなぁー。一桁程度の低層域なんざ、瞬殺もいいとこだろディアレイの旦那」
※
圧巻。その一言だった。シルは部屋の入り口近くで、ポカンと突っ立っているほか無かった。
「……………おい、何ぼんやりしてんだ。次行くぞ次」
と、部屋を制圧し終えたラムが呆れたようにシルに声をかける。すると、その声で再起動を果たしたシルが大興奮して騒ぎ出す。
「す!すごいですね師匠!!ただの変な人じゃ無かったんですね!!」
「へ、変な人………いや、間違っちゃいねぇけどよ……」
「っていうか!その銃なんですか?!見た事ないしなんか銃っぽくないですよ!!」
そう言って、シルが指差したのは
「………………ああ、これ?そりゃそうだそもそもこいつぁ銃じゃない。クロスボウだ」
「くろすぼう????」
クロスボウとは————————
ざっくり言えばただの弓矢である。が、普通の弓矢と決定的に違うところは、あらかじめ弦をセットしておけば、後はいつでも矢を撃てるというところだ。つまり、なんとか弓を引けるだけの力があれば、あとは誰でも矢を撃つことが出来るのだ。近年発明されたばかりのこの新兵器は、今まで専門の弓兵しか扱えなかった弓矢を一般大衆にも手が届くようにした、まさに画期的な物なのだ!
物なのだが…………
「へぇー…………それだけですか?武器は」
「これだけ」
「それだけ?銃は持たないんですか?」
意外そうにシルが聞く。何しろここは、銃の大迷宮、ディーロス迷宮なのだから。
「銃………か。銃は…………うるさいんだよなぁ……………」
「?………あー、たしかにその、クロスボウ?でしたっけ?それはちょっと音小さいみたいですしねー」
ラムの答えに、シルは微妙に納得しにくかったものの、無難そうな返事をしておく。
「…………大体お前は少し油断しすぎじゃないか?俺はあくまで近くにいるだけで、完全に安全を保証してるわけじゃねぇぞ。いや、そりゃまぁ出来る限りなんとかしてやるつもりだが………」
その、どうにもふわふわとした感じのシルの様子に、流石にラムが苦言を呈す。だが、そこで返ってきたのは想像の斜め上の言葉だった。
「え?でもいつもより真剣ですよ私」
ええ……………?
「ほんとかぁ?それじゃ次の部屋はお前が先行ってみろ。………まぁもし無理そうなら何とかして—————「本当ですか?!よーしじゃあ頑張っちゃうぞー!!」ああ?!」
弾丸の如く突進していったシルは、ラムが静止する隙すら与えず次の部屋へと突撃していった。一寸遅れて慌ててラムも続く。
「とぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁ!!」
パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!
おいおい、入ってすぐに盲撃ちするなよ……………と走りながらラムは考えていた。ったく、とんでもねぇ奴だなほんと!
「馬鹿野郎何考えて!!……………あ?」
だが
「………………嘘だろ、オイ」
そこには
「あれ?どうしたんですか師匠」
————————既に、敵の姿はなかった。しかも
「………………四匹、倒されてる。しかも、おいおいマジか。全部別の方向からだぞ………」
初撃全弾命中。しかも、多方向から同時接近する敵を、だ。シルは部屋に入ったと同時に発砲していた。少なくともラムにはそう見えた。
恐るべき空間把握能力!恐るべきエイム力!!
「……………マジでとんでもねぇ奴だな。いや、これは………偶然か?」
「違いますよー!いつも大体こんな感じですよ!」
思わず口に出た疑問に、シルが猛反論してくる。だが、それを鵜呑みにできるほどラムは純粋ではない。ではないが…………
「………ともかく、次行こう」
…………攻略中……………
「いやー!本当に師匠はすごいですねー!ああいうジャンプして回避ッ!ていうの私もやってみた…………はっ!」
何部屋かの攻略を終え、通路を移動中の二人。特にシルは、先程の部屋でラムが魅せた回避行動に興奮しっぱなしであった。だが、そこで出発前のログレスの言葉が思い出された。
「うううう………やりたいけどログレスさんのいうことは守んないと!」
「………………ああ?ああアレか。前にも言ったが俺ぁ教えるのなんざ出来ないから、実物見た上で自分流のでも考えろ。………ログレス?あいつがどうした?」
話す。するとラムは意外そうな表情になる。
「へぇ!あいつがそんなことを!まぁ確かに、分からなくはねぇなぁ………」
付け加えるように小さくボヤく。だがここは密閉された地下空間。少しの声でも結構響く。という事は、すなわち知るにもバッチリ聞こえていたという事である。現に、今は目をキラキラさせてラムの方を見ていた。
「え?!じゃあ師匠も私には才能があるって思ってるんですね!ヤッター!」
「え。ああ、いや、うん、そうだな……うん」
変なこと言って拗ねられたり、変なことになっても困るので無難に返しておく。だが、単に“才能”という言葉だけで彼女の奇特さを表していいものか…………?ラムには極めて疑問だった。
「……これは、もしかして、アレなのか?しかし、まさか本当に存在したとは……だがまだケースが少ないしなぁ……」
タバコ(無点火)を噛みながら、ラムは独り言とともに考える。考える。だが、答えは出ない…………
「………ん?あ!この部屋は、ひょっとして!」
と、一つの部屋に行き着いたが、そこで何故か、入る前からシルが騒ぎ出す。その様子を見て、ラムは背筋がむず痒いような、痺れるような妙な感覚を感じた。
「……………どうした?」
「宝箱ですよー!!ヤッターお宝ゲットだー!!!!」
見ると、確かに部屋の中心に宝箱が置かれている。——って!
「馬鹿ちょっと待て————————クソッ!!」
脱兎の如く走り出したシル。あまりに考えなしな行動に、またも一瞬ラムは固まるが、慌てて止めるべく追いかける。
「ッ!—————よっとおいコラ話を聞かんか猪娘!」
「———わわわっ!ちょ、いきなりなんですかー!」
なんとラムは空中を跳躍。シルを追い越し、頭を抑えた。いきなり止められたシルは怒ったように文句を言う。が、それに被せるようにラムの呆れ声。
「喧しい。宝箱だからって考えなしに突っ込むんじゃない!」
「?えー?なんでですか?」
「本気で言っているのか……………?」
迷宮内でもトップクラスに危険なトラップ、宝箱。最も、何もなければそれはトラップではない。が、何が恐ろしいかって、開けるまで安全なのか危険なのか分からないという点。
ではその危険とは何か。世にも恐ろしきそのガンスター、その名は“ミミック”。かつてどれほどの数の冒険者たちが奴等の魔の手にやられたことか!
「開けた瞬間辺り一面にショットガンの弾ばら撒きやがるんだ。しかもたちの悪い事に外見では判別できん。…………たまに判別方法を見つけた!とかいう奴もいるが…………」
合っていた試しがない。だが
「だが一つだけ、確実絶対な判別方法がある。……………こうだッッッッッッ!!」
右手を構え、一発!唸る弦、風切る矢!!
……………ドスッ!…………………
「……………?」
「いーや、これで良いんだ。だろ?安全は確保された」
そう
絵面は極めて間抜けだが、しかしこれが大事なのだ!!これを怠って命を落とすせっかち者がどれだけ多いことか!
…………絵面は本当に間抜けだが。
「よーしじゃあ開けて良いぞー俺は見てる」
「は、はぁ」
そう言ってタバコを咥え、ラムは壁の方へと歩いていった。どうにも釈然としないながらも、シルはいよいよお待ちかねの宝箱開封ターイム!
「…………えーっと、ここがこうなって、そして針金をこう、こう、こうして………………………よし開いた!!」
カチャカチャカチャカチャ………………ガチャッ!
ガコンッッッッッッ!
「?」
「っ!?おいマジか!!」
その瞬間、入口が封鎖される。それが指し示すのはただ一つ、ガンスターの出現。
「おいおい、こらぁ最前線で最近出たって言うヤツじゃねぇか……ッ!第一層でも出るようになったのか?!クソッッ!」
部屋のあちこちから出現するガンスターの大群に、驚愕しつつもラムは舌打ちし、クロスボウを構える。そして部屋のど真ん中で孤立しているシルに大声で指示した。
「おいッ!油断するなすぐにこっち側に——————ッ?!」
バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!……ガチャ
バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!……ガチャ
それは、異様な光景だった。ガンスター大量出現という異変にすら多少の驚きしか示さなかったラムが、驚愕に目を見開いていた。
「……………偶然じゃあ、無かったってことか?いやー、しかしこれは………」
彼の眼前では、シルが舞っていた。ラムにはそう見えた。少々錆び付いた、しかし頑丈な愛用
部屋の敵は、一掃されていた。
「……………ふー、弾の残りを気にしなくて良いと気が楽ですね!今日も全弾命中ヨシッ!」
今日も????
「………これは、もしかすると俺ぁ、とんでもないモノを拾っちまったのか?」
今シルは、全く未知の状況にすら、ほとんど驚く事なく瞬時にその位置関係を把握。そして偏差も完璧、エイムも完璧で全弾命中させたのだ。
何という才能!!そしてその異常さを際立たせる、あまりの無知さ!
(………宝箱の常識すら知らず、補給不足の弾切れすらもやらかした奴が、天賦の銃の腕前を持つ??)
再び宝箱あさりに没頭し始めたシルを、半ば畏怖するような目で見る。たった一日目にして、ラムは早くもこの弟子について混乱しつつあった………………
「あっ!いい銃みっけ!……………ナニコレ?」
「……………そいつは
「えっ!って事は、リロードとっても早くできますね!!」
「まぁ、そうなるなぁ………」
「ヤッター!新しい銃、ゲット!!これで次の部屋でも撃ちまくるぞー!!」
「………あー、盛り上がってるとこ悪いが、もう帰るぞ」
「?!?!」
※
外はすっかり夕暮れになっていた。相変わらず門番のオヤジにからかわれた後、口をへの字にしたシルと、苦笑するラムの二人は、昨日と同じく街までの道を歩いていた。
「……………そういや、しかしなんでじゃあ昨日はあんなパニックになってたんだ?今日は恐ろしいくらいに早く順応してたろ」
ふと、浮かんだ疑問を言う。すると、シルは肩を竦めて答えてくれた。
「……もう弾がなかったので」
「………まぁ、確かにそうだったな」
そこで、ハッと何かを思い出したらしいシルがラムに詰め寄ってきた。
「あ!すっかり忘れてました!昨日そうです倒したはずなんですよ!!」
「は?何が?」
「あの変なビギナルですよー!!」
………事情を聞いた。なるほど
「…………確かに、な。今日の宝箱の件と言い、どうも低層ではあり得なかったことが少しずつ起きてるようだ。分かった、サンダース………ギルドの支部長の奴に言っておく」
そう言うと、シルは嬉しそうに「ありがとうございます!」と言う。
……………こんなちっこい少女が、あの銃の腕を持つとは………見かけに寄らないどころかここまで行くと奇妙すらあるが………
そして、少女は家へと帰っていく。「また明日」と最後に言って。
「…………また明日、か。やれやれ、極めて予想外のことが多すぎてついて行けんよ。…………もっとも」
———————————楽しみでは、あるな。そう言って、彼は紅に染まった道を歩いていった。
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