第2話 迷宮少女、弟子になる

少女——シルの朝は早い。






「………うううううううううう…………朝かああ」


 雌鳥の甲高い泣き声と共に、彼女は寝床から起きる。正確に言うなら這い出ると言った方が良いが…………


「ご飯は………このパンまだイケるかな?………うーんまぁ良いやこれで」


 棚に貯蔵している古パンを切り、二枚だけ取ってもそもそと食べる。その後迷宮用の服に着替え、井戸で顔を洗ったりしているうちに、段々と辺りが明るくなっていく。


 そして、教会の鐘が町中に響き渡る。午前六時丁度だ。


「さて、それじゃあ行くかー」


 そのあともゆるゆると準備を済ませ、午前七時ごろ家を出る。向かう先は冒険者ギルド。


 シルの家は、街と迷宮のほぼ真ん中に位置している。そこからのったのったと歩き、ギルドへ到着。その頃になると、まばらではあるがぽつぽつと冒険者たちもギルドに集まってきていた。


「おぉう、嬢ちゃんじゃねぇか!ついてたなぁディアレイの旦那に助けられるなんてよぉ!」


「だーから無理すんなっつったろゲヒヒ」


 シルの姿を認め、顔見知りの冒険者たちが話しかけて…………というより煽り散らしていく。シルの表情は一気にふてくされたようなものになるが、それを見てさらに笑う冒険者たち。


「………ほんっと、ここのバカどもは性根が腐ってるなー」


 剣呑な、しかし間違ってもいない評価を小声で呟き、シルはギルドの中に入った。


「……………あ!シルちゃん!」


 彼女には少々大きすぎる扉をなんとか開けると、それに気付いた受付嬢が驚いたように叫んだ。


「おはようございますカノンさ——「大丈夫?!噂では死にかけたところをディアレイさんに助けられたって聞いてるけど!」…………ええ」


 恐ろしき冒険者たちの情報網!しかし、何より不愉快なのがそれが全て事実であるということだ!


「…………ふ、ふーん!でももう大丈夫です!なんせ私は今日からディアレイさんの弟子になるんですから!」


「「弟子ぃ?!」」


 驚きの声が二つ上がる。一つはカノン受付嬢。だがもう一つは?


「………あ、おはようございますログレスさ——「本当かそれは!?あの“攻略家”ラム・ディアレイが弟子?!しかもよりにもよってお前がッ?!」……………本当ですよ!っていうか!」


 二度連続で遮られ、妙に不愉快なことを言われたシルはついにキレた。うがーと怒りの表情で受付カウンターに近づき、バンっと両手をそこに打ち付けた。


「…………いてて………」


 が、叩く力が強すぎたのか両手を押さえて蹲ってしまった………


「だ!大丈夫シルちゃん!?!?すすすすぐに治療薬を!!」


 それを見て泡を食ったように大騒ぎするカノン。その様子を見て唖然とする、“ログレス”と呼ばれた男。


「………だぁぁぁぁ!!ガタガタ騒ぐんじゃねえええええええええ!!ったくんなもん大したことじゃねえだろカノンッ!!」


 が、ハッと我にかえると額に青筋浮かばせ怒鳴り始めた。すかさずカノンが口を尖らせ反論する。が


「うわー副長そういうのってパワハラっていうんで———「ハッ!そうでした!!………そもそもディアレイさんは昨日のうちにここに来ているんですよ!副長なのに聞いてないんですか!!」


「うっ、そ、それは……………………………」


 ログレスが顔を真っ青にして口籠る。その様子を見て、カノンがまたか、と言いたげに溜息をついた。


「副長…………またですか」


「ち、違うんだその………昨日は三本しか………」


「十分アウトですよ!!」


 この男、冒険者ギルドの副長という重鎮にもかかわらず、昼間っからエール大瓶三本呑みまくり、泥酔していたという。


「…………………ゴミですね」


「カスね。死ねば良いのに」


「反省してますこのとおおおおり!!!!」


 副長ログレス渾身の土下座ッッッッ!!三十路のおっさんの悲壮感漂う平伏姿は、しかしさらに彼女たちの視線を冷たくさせるだけだった…………


 …………数分後


「……………お、オホン。そ、それでだ。弟子っつーことは、お前さんは今後ディアレイに稽古つけてもらうってことか?」


「いえ、あの人曰く『教えはしないが、ついてくるのは自由』だそうです」


「はぇー、やはり“Aランク”は変わってんなぁ」


 ログレスが感心したような、呆れたような声を出す。それに対し、カノンはジト目でツッコんだ。


「…………副長もAランクでしょうに、何言ってるんですか?」


「『元』な。さらに付け加えるとAで迷宮潜ったことは一度もない。副長になったから貰った“ご褒美”みたいなもんだ。だからなぁーーー………ああいうホンモノの奴らっていうのは、なぁー」


 一口に冒険者、と言ってもその能力はピンキリである。それ故にランク付けがされており、その冒険者の大体の能力が分かるようになっている。


 まず、登録したての初心者冒険者に与えられるのが、“D”ランク。全冒険者の三割以上がこのランクに位置する。


 そこから多少なりとも成長し、まぁ一端の冒険者と言えなくもなくなった者には“C”の称号が与えられる。これは全冒険者の約半分であり、CとDで全体の八割強を占める。大体の冒険者は(体力的なものもあり)このランクで冒険者生活を終える。


 次が、“B”。全体の二割弱を占め、ほとんどの冒険者にとってのいわば最終目標となるランクである。このランクになれば、引退後の生活もほぼ安泰であり、死と隣り合わせの冒険者たちにとっての“夢”と言える。そして、かつてB級でも上位層に位置したログレスですら「理解不能」と断じるのが


 “A”ランクだ。


「……その上には一応“S”ランクっていうのがあるが、今王国内でもそのランクのものは居ない。だから実際の頂点となってるのがAランクなわけなだが………」


「そんなすごいんですか?」

 

 いまいちよくわからない風の様子なシルに、ログレスはにがり切った顔をする。


「そんなふわふわしたような事言ってる場合じゃないぞ。何も教えてはくれないかもしれんが、それでもあのAランクの人外に“護衛”されながら迷宮潜れるんだ。お前さんもなんとかそこで色々学んでおけよ、いやマジで。………あー、俺も行きてぇなぁ」


「?そりゃそうするつもりですけど………」


 すっかりやさぐれてしまったログレス。だが、シルにとっては意味不明なだけであった。何しろシルはつい半年ほど前から冒険者を始めたばかりであり、未だ初心者もいいところだったからだ。当然ランクはDのまま。


 すると、そこに続々と他の冒険者たちがやってきた。


「おぉーい、今日も来たぜぇーカノンちゃーん。んぁ?おおシル嬢ちゃんじゃーん。いやーラッキーだわ今日!」


「ええ?!マジかよ俺もツイてんなー。おいーっす嬢ちゃん!」


「あり?ログレスのおっちゃんどーしたん?」


 ………気づけばギルド内はこれから迷宮に潜る冒険者たちで溢れかえっていた。カノンも受付業務にかかりきりになり、ログレスも…………あれ?


 消えた?


「おい、シル。最後にちょっとツラ貸せ」


 と、いきなり背後から話しかけられ、シルは仰天する。さらに首根っこ引っ掴まれて更に仰天。慌てて後ろを振り向くと、犯人はなんとログレス副長。


「な、なにす————————モガッ!」


「騒ぐな騒ぐな、なに、すぐ済む。………よし。ここでいいか」


 そう言って、連れてこられたのはギルドの勝手口の外。警戒しまくりのシルを無視し、一方的に話し始める。


「いいかシル、これだけは覚えとけ。Aの人外どもの技を、くれぐれも中途半端に真似するなよ。さもねーとお前、今回はいいぜそりゃ、あのディアレイが付いてんだから。だが今度お前一人になった時に確実に死ぬぞ!」


 真顔でそう忠告するログレス。その表情は真剣そのものであり、シルも気圧され思わず頷く。


「お前さんは才能があんだ。無けりゃこんなチンケなクソガキ冒険者になんかしねぇ。————だから絶対に無理するな。その代わり奴の動きをよーっく覚えとけ。多分お前さんなら無駄にはならねえ。わかったなッ!?」


「い、いえっさー!!」


 その絶叫に、ログレスもようやく顔をゆるめ「そうか、じゃあ頑張ってこい!」と送り出したのであった————————







 迷宮入り口前————————いつもなら幾らかの冒険者たちが集合場所などに使っているそのスペースは、今日に限っては何かとてつもなく剣呑な雰囲気が漂っていた。


 するとそこに、門番のオヤジがやって来る。居心地悪そうな冒険者たちが、彼の向かう先を見てギョッとする。何故なら—————


「よぉ〜、これから潜るのかい?」


 この雰囲気の元凶が、そこに居たのだから。


「…………ああ。だが、もしかしたら……………………」


「ツレが来るかも、ってかい?」


 ニヤニヤしながらオヤジが続きを横取りして言う。すると彼は何も言わずに黙ってタバコを取り出し吸い始めた。


「おー、その銘柄、あの爺さんもよく吸ってたなァ。あのブレイズ爺さんがよぉ」


「……………………ブレイズ?あの爺さんが?」


 オヤジが何の気なしに言った言葉に反応する彼。それを見て、意外そうにオヤジは感嘆する。


「おや、あんたあの爺さんと見知りだったのかい?あんたとあの人は入れ違いだったような気ぃしてたがなぁ」


「一応、ほんの数日だが、な。最前線でたまたま顔合わせたんだ」


 へぇ………とオヤジは興味深そうに聞いていた。が、そこでふと疑問に思ったのか彼に問いかける。


「そういやあんたここに来るまでは何してたんだい?確か………一年ほど前だよなァあんたがこの迷宮潜るようになったの」


 それを聞いて、彼は薄く笑う。


「………冒険者さ。それ以上でもそれ以下でもない」


 と、そこに


「あ、おはようございます師匠!」


 シルがやってきた。しかしなんだその呼び方は?


「…………あのな、昨日も言ったろ。俺の事は………まぁいい、好きに呼べ」


 文句を言おうとしたが、結局諦め、彼はその場から立ち上がる。


 

 

 ——————黒い外套を纏い



 ——————口にはタバコを



 ——————左手でラムの瓶



 ——————右手には武器を



 彼こそ真の英雄、“攻略家”ラム・ディアレイなり。







「それで、今日はどうするんですか?」


「……………まぁ、第一層だな。そこをうろついて終わりだ」


「えー」


「馬鹿野郎、身分不相応なことすると死ぬんだよ。冒険者の常識さ。………それで?今日はどのぐらい弾持ってきたんだ?」


「えーっと、聞いて驚け10マガジンです!」


「10か………まぁいいだろ。だがそもそもその銃じゃあちとこの先威力不足になりそうだがなぁ…」


「え!だめなんですかこれ?!」


「別にそれ持ってちゃダメってわけじゃねぇさ。ただそれとは別のもっといい奴あるといいよなぁ………」


 薄暗い迷宮を、二人の妙なコンビが歩いていく。入り口からしばらくは一本の長い通路だ。そして、その突き当たりから


「さーて、いよいよ本番です!」


「あー、張り切ってて悪いがまずは見てろ。………まぁそのあと特に教えもしねぇが。ほれいくぞ」


「え、ちょっ!」


 バンッッッッッッッ!石の扉を軽く蹴り飛ばすラム。そのまま一気呵成に中へと入っていった。慌ててシルもついていく。



 弟子生活1日目、彼女の長い1日は、まだ始まったばかりである——————





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