迷宮少女の銃撃譚 〜大迷宮を撃て!〜
信濃氷海
第1話 迷宮少女、出会う
もう一度だけでいい。また、貴方と——————————————
※
迷宮内で最も恐ろしいもの。それは次々襲い来るガンスターたち?それとも落とし穴などのトラップ?否、そのどちらでもない。
答えは———————
「あと、二発…………ううう、やっぱりマガジンもう一個持ってくるべきだった……………」
弾切れである。これは、初心者だろうがベテランだろうが変わらない。
今は岩陰に隠れてやり過ごせてはいるものの、この狭い部屋の中では見つかるのは時間の問題だろう。薄暗い
——————部屋にいる
幸いにも、ビギナル、ヴェノム共に弾丸一発ずつで倒せるほどにHPは低い。だから理論上は、残弾二発でもなんとか切り抜けられる筈だ。筈である………
まぁ、隠れてたっていずれ蜂の巣にされるだけだ。ならば!覚悟を決め、1、2、3で飛び出す———————!
パン!パン!乾いた銃声が、きっちり二度響き渡る。そして
「————や、やった!!」
生意気にも二体で挟み撃ちにしてこようとしてきた愚かなビギナルとヴェノムは、脳天をぶち抜かれて倒されている。一か八かの攻撃が見事成功した少女は、思わずガッツポーズする。
やれやれ、これでどうにかなった。後はビギナルとヴェノムから銃を頂戴して…………と浮かれながら考えていた、その時
ガガ………カカカカカカカカカカカカカカカカカカッ!
倒した筈のビギナルが、不気味な笑い声とともに立ち上がったのだッ!だがしかし、そんなことはあり得ない!
「え、ええええ!?ガイドでも掲示板でも、ギルドでだってそんなこと聞いたことないのに!!なんで復活?!」
しかし、いくらあり得なくてもこれは現実だった。というか、もう既に距離を詰めてきて銃を構えてこっちを狙ってマズい応戦って弾ないしっていうか避け——————
あ、ダメだこれは。そして、少女の視界は黒く染ま———————
カカカカカカカカカカカカカカガッ?!
ピュッ、バスッ!
………………………………………
……………………………
……………
※
「ッは?!」
目が開いた。開いた?
「ってあれなんで?!私は、さっき撃たれて…………」
身体中を見る。触ってみる。何ともない。銃創どころかかすり傷ひとつない。あと
「何この毛布?!私こんなもの持ってきたっけ?!」
「騒がしいな………」
と、一人大騒ぎしていたら、突然低い声がした。びっくりしつつ辺りを見渡すと、近くの壁際に一人の男が座っていた。
「ど、どちら様ですか…………?」
震えながら尋ねる。迷宮の奥で、突然見知らぬ男に声をかけられたら誰だってビビる。ましてや少女はまだ10代半ばのヒヨッコなのだ。なのだが………
「おいおい、そりゃ俺がいくら怪しい奴だとしても、助けてもらった相手にそれはさすがにどうなんだ?」
そもそも弾切れだろ、と付け加える男。言われて自分の手元を見ると、条件反射らしく右手で愛銃を構えている。
あは、あはははは
即座に銃を隠し、正座して取り繕い笑い。笑顔は大事ですよ!
「……………まあいい。それより何だ。迷宮で弾切れだ?確かに弾切れは恐ろしいな。ただな、ここは第一層だぞ」
「うっ、それは………」
そう。少女たちがいるのは迷宮の第一層。流石に弾切れを起こすには早すぎる。だとすると………
「準備不足、これに尽きる。あとまあエイム力もあるが……この場合はまあいい。それで?弾はどれだけ持ってきていたんだ?」
男が尋ねる。少女は口を尖らせながら、しかし正直に白状する。
「………………マガジン1ケース」
「1?!おいおい、それじゃどうしようも無い。むしろよくここまでもったってところだ。その銃……見たところ少々古めの
手厳しい、しかし正論が鋭く少女に突き刺さる。が、少女はへそを曲げたように口を尖らせ、そっぽを向き言う。
「…………………見ず知らずの怪しい男に、そんなこと説教される筋合いないです」
「ほーん、そうか。確かにそうだな。じゃ俺はもう行くから」
「うわあああああっ!嘘です嘘ですこんな所に置いて行かないで下さいいいいい!」
ギャグか何かのように泣きついてきた少女を呆れたように見つめながら、男はため息をつく。
「………………そんな行き当たりばったりだと冗談抜きでいつか死ぬ。悪いことは言わんからもうやめておけ。なんなら地上のそこらの冒険者ギルド紹介してやるか———————」
「嫌ですッ!!!!」
男を遮り、少女の悲鳴のような叫び声がこだまする。
「………………何故だ?………ああ、いや、分かる。なるほど君もアレだったか。あの“ビミニの泉”に惹かれたクチか。それで?じゃあ君は何を望む?全てを可能にするというあの泉に、何を願うのか?」
「友達に会いたいんです!」
「………………………あ?」
「ずっと前に一緒に遊んで、でも会えなくなってしまった友達がいるんです。その人と、また会えたらなぁ、って」
満面の笑顔。迷い無き即答。その余りに想像と違った答えに、男は思わず黙りこくる。そして
「……………く、くくくあーっはっは!そうかなるほど、いや、そうか!友達に会う、か!!ああ、そうか………………」
堪えきれず笑い出し、しかし段々と声は小さくなり、眩しいような、まるで何かを見いだしたような表情で、ジッと少女を見つめる。
「…………ええ、と?どうしたんですか?」
妙な沈黙に耐えきれず、少女は居心地悪そうに声をかける。それにもしばらく無反応だったが、やがてゆっくりと立ち上がり、黒い外套をはたいた。
「さて、さて。では行こうか」
そう言って、スタスタと歩き出す。慌てて少女も毛布を抱えてついて行った。
「え、行くってどこにですか?!」
「アホ、帰るに決まってるだろ。まったく、本当に笑えないぜ…………」
そう言い捨て、彼はどこからか取り出したタバコをくわえる。しばらく彼らはそのまま歩き続け——時々出てくるガンスターは男が瞬殺した——しばらくすると
「あ!入り口!」
大迷宮の入り口に辿り着く。扉を開け、眩い光が降り注いだ。
「………………ん?誰かと思ったら嬢ちゃんじゃねぇか。なんとかおっ死なずに済んだなぁええ?」
門番のオヤジが少女に気づき、ゲラゲラ笑いながら近づいてくる。と、そこで少女の背後にいる男に気付いた。
「ってええ?!おいおいなんでアンタが嬢ちゃんと一緒なんでい?」
その状態に気づいたオヤジは、目をまん丸にしてポカンとしている。対し男は紫煙を吐きつつ薄く笑った。
「確かに、珍しいな。地上に来るのは」
「ああ、俺のノーミソが正しけりゃ数ヶ月以上ぶりだぜぇ?!いやーしかしあの人も運がいいんだか何だか…………」
頭を掻きながらぶつぶつ言うオヤジ。その様子を見た少女が首を傾げる。
「どうしたの?借金?」
「喧しいわ嬢ちゃん!………んん?ああじゃあそう言うことかそういや。お前さんこの人に助けられたのか?」
うっ、と少女の言葉が詰まる。その言動が答えのようなものだったが、バカ正直に男が答える。
「ああ。彼女がマヌケにも死にかけてたんでな。目の前で死なれるのもなんだから助けてやった」
正しいけど言い方ぁ!少女は一人むくれ、オヤジの大爆笑でさらにむくれる。
「あっはっは!そうかそうか!なら嬢ちゃん今度こそ懲りてしっかり準備しろよ!」
「分かってるよ!」
その声でまた大爆笑。やがてひとしきり笑い終えると、彼は男に再び話しかける。
「あー笑った笑った。………あ、アンタ支部長殿から言付けだぁ。ったく、本当に運がいいよあの人。とりあえず地上に来たら直ちに冒険者ギルドに来てくれってさ」
「支部長……サンダースが?了解した。この後向かおう」
そして二人は、オヤジに見送られ大迷宮入口を立ち去る。向かうはその近くにある街、ティワーナ。
「あのクソオヤジ本当に失礼です!………でもあれの反応を見るに、結構な有名人さんなんですか?えーっと…………あれ?そういえば名前お聞きしてませんでしたね?」
「…………ああ、そういやそうだったな。俺はラム・ディアレイ。ラムでもディアレイでも好きに呼べ…………するとそうか、そうすると君の名前も知らんな。———名は?」
「シルです!!」
それを聞くと、男はそうか、とだけ返し後は黙りこくった。少女も、特に喋らず、しかし何故か笑顔で歩き続けた。しばらくして、思い出したように少女が声を上げた。
「あの!」
「………どうした?」
少女は立ち止まり、少し遅れて男も立ち止まった。少女はそのまま言葉を続ける。
「お願いがあります!私を弟子にしてください!」
唐突な願い。現に男は眉をひそめ怪訝そうに見ていた。だが、少女の期待に満ちた眼差しに、バツが悪そうにそっぽを向く。
「…………………期待してるとこ悪いが、俺はそんな事はやら………………ああ、いや、でもそうか、そうだな………アレの礼として、なら………」
タバコを噛み、しばらく瞑想する。しばらくして、男は顔を上げ言った。
「良いだろう」
「——!!本当で「ただし」———?」
喜び叫ぶ声を遮り、男は付け加えて言った。
「ついてくるのは構わん。だが、特に何も教えはしない。何故なら俺にらそんな事はできないからだ。だから、もし必要だと思うものがあるなら、盗め!奪え!真似ろ!だが何も考えずに同じことをやるのはやめろ。それでいいならーーーー」
「勿論です!ありがとうございます!!」
満面の笑みで、少女はペコリと頭を下げ、礼を言った。だが男はそれを身もせずに、さっさと歩き始める。その顔は渋く、やや後悔の混じったものだったが、しかし———————
「あっ!私はこの近くなので、えーっと、明日はじゃあいつ迷宮に行きますか?!」
「………あー、そうだな。10時にさっきの迷宮入り口にいる。来たけりゃ好きにしろ」
「分かりました!!では!!」
そう言って、少女は別の方向へと歩いて行った。右手でタバコを持ち、彼はしばらくそれを見ていたが、やがて踵を返し冒険者ギルドの方へと歩いて行く。と
「—————言い忘れてたけどーーーー!助けてくれてありがとうございましたーーーー!!!!」
「…………」
男は何も言わず、振り返りもせず、静かに左手を上げた。この選択は正しいのかそれとも否か。
「ンなもん誰にも分かるまいさ。ったく、にしても妙なことをしたもんだ。だが———————」
誰に言うでも無い、独り言。だがそれでも、彼の表情は———————
それを知る者は、誰もいない。彼本人でさえも。
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