ひみつ道具

維 黎

噂の種

 テレレテッテレ~♬


『ウワサのたねー!!』


 妙に甲高い声がテレビのスピーカーから流れてくる。

 未来から来た犬型ロボットが、お腹のポケットから未来で作られているひみつ道具を取り出してアイテム名を叫ぶのは、何十年と続く子供向けアニメ番組【ドラいぬん】の定番であることは、多くの者が知るところだ。

 子供向け番組とは言っても、親の親世代くらい前から続く人気番組なので、当時見ていた子供が大人になった今でも大好きと公言してはばからない人も多い。


 テレビの中のドラいぬんは、七色に輝く何かの種をツメのない肉球の手のひらに乗せていた。


『この"ウワサのたね"は、広まった噂を現実にしてくれるって道具なんだ』

『すごい! じゃぁ、自分の良い噂をいっぱい広めれば毎日が楽しいよね!!』


 ドラいぬんが居候している家の子供、小学五年生のちぢ丸が手を叩いて喜んでいる。


『それはダメなんだ、ちぢ丸くん。この"ウワサのたね"が広めることが出来る噂は一つだけなんだ。それにこれはとても貴重なもので、ボクも今は一つしか持ってないんだよ、ちぢ丸くん』

『な~んだぁ、使えない道具だなぁ、がっかりだ』


 がっくりと肩を落とすちぢ丸。


(――おいおい、ちぢ丸くんよ。落胆するのは早すぎるぞ。一つだけとはいえ、広まった噂が現実になるんだぞ? めちゃくちゃすげー道具じゃねーか。つか、噂ってどんな噂でもいいのか?)


 上着をハンガーに掛け、ネクタイを緩めながらそんな疑問を思う。

 帰宅してすぐ点けたテレビでたまたまやっていたのが【ドラいぬん】だった。


『なっ! 使えない道具って何だよ! 確かに噂は一つだけで、住んでる町限定だけど、使い道によってはすごいんだぞ! 例えばちぢ丸くんがどんな問題でも解けるって噂を広めれば、学校のテストはいつも100点取れるんだよ!』

『あっ! そうか!!』


 なかなかの使い道を提示するドラいぬん。そして顔を輝かせるちぢ丸。


『それに、女の子にモテモテって噂を広めれば、のどかちゃんがちぢ丸くんのことを好きになって、あ~んなことや、こ~んなことをしちゃっても怒られないんだぞ!!」

『うひょひょひょ~! それ、たまんないよ、ドラいぬん!!』


 目を💓💓ハートマークにしてヨダレを垂らしつつ、舌をレロレロするちぢ丸。


(――最近の【ドラいぬん】はすげぇな。エロ方面もありなのかよ)


 ちなみにちぢ丸の想像シーンで、大人になったのどかちゃんが全裸姿の悩殺ポーズを決めていた。さすがに大事な部分には謎の光が差し込まれていたが。


『いい! いいよ、ドラいぬん! さっそく使いたい! どうすればいいの?』

『まずは土を入れた植木鉢にこの種を植えるんだ。そして広めたい噂を思い浮かべながら水をあげるんだよ。しばらくして芽が出たら成功さ!』


 いつものごとく、すごい効果の割に使い方はとても簡単なひみつ道具の説明だった。

 そんなドラいぬんとちぢ丸のやり取りに背を向けて浴室へと足を向ける。仕事から帰ってきたら、まずシャワーを浴びることにしているのだ。



 さっぱりとした面持ちで部屋へと戻る。

 テーブルには乱雑に置かれた郵便物。


(――そういえば)


 妙な物が郵便受けに入っていたことを思い出す。

 大きさにしてタバコの箱ほどで、茶色い包装紙に包まれていたそれは重さもタバコ一箱分くらいだった。

 手にして裏表とひっくり返してみるが何も書いていない。 

 軽い物だが固い。何かプラスチックの箱のような感触がする。振ってみるが音はしない。

 しばらく眺めていたが、まさか爆発することはないだろうと、包装紙を無造作に破って中身を確認する。

 プラスチックのケースの中、クッションに半ば埋まるように収まっていたのは七色に輝く何かの種だった。


「!?」


(――おいおいおい。何かのイタズラか?)


 それはつい先ほど放送していた【ドラいぬん】に出てきたひみつ道具"ウワサのたね"と同じ物のように見えた。

 思わずテレビを確認したが、すでに【ドラいぬん】は終わっていて、次のクイズ番組が始まっていた。

 改めてケースの中の種を見てみる。

 表面はテカテカとしていて、まるで七色をした昆虫の羽のようにも見えて、虫系が苦手な者はちょっと気持ち悪く感じるかもしれない。


「……」


 イタズラでこんな物を送ってくるような友だちに心当たりはない。元々、友だちと呼べるような人間は片手の指でも余るほどだ。その誰もがこんなイタズラをするようなタイプではない……と思う。


(――何だっけ? 土に埋めて噂を思い浮かべながら水をやる――だったか。植木鉢なんてないが、カップラーメンの器でもいいよな。土はアパートの裏手の空き地のやつでいいか)


 心の底から信じていたわけではない。

 平和だが変わり映えのない日常にちょっとした刺激でもあれば――程度の願掛けみたいなノリだった。

 空き地からテキトーに土を掘り起こしてカップ麺の容器に入れ、そこに鈍く虹色に光る種を植える。


(さて――。ねがい……じゃなかった。どんな噂を広めるかだが)


 広めることが出来る噂は一つ。

 住んでいる町限定。

 噂の上限――どんな噂でも可能なのかは未定。


(チッ! 最後まで見ておけばよかった)


 腕を組んでどんな噂にするか考え込む。

 遊びとはいえ、考え込むと思った以上に真剣マジになった。


(んー、やっぱ金関係かなぁ。宝くじ? 大金を拾う? でも住んでる町限定なんだよなぁ。ここがくせ者というか上手い設定だよな。金でも何でも手に入れた噂が、町を出たら使えなくなるんだろうなぁ)


 しばらくあーでもない、こーでもないと悩んでいたが、ふと閃いた。


(どうせ遊びだ。金持ちってのも悪くないが、非現実的なことにしよう)



 徐々に春の兆しが見えてきたとはいえ、日が沈めばまだまだ寒い。まして全裸となればなおさらだ。

 ショッピングモール内で暖房が効いているが、それは衣服を着てちょうどいい温度設定だ。


(――うー、さぶさぶ)


 声に出すわけにはいかない。

 人込みを避け、ときに危うくぶつかりそうになりながらもトイレへと急ぐ。

 全裸にもかかわらず客の誰も騒ぎ立てない。

 当然だった。


 事の発端は二か月以上前。

 差出人不明の小さな箱のようなものが郵便受けに入っていた。開けてみれば七色に輝く何かの種。

 それはアニメ番組【ドラいぬん】でやっていた"ウワサのたね"というひみつ道具と同じもので、広まった噂が現実になるというもの。

 面白半分で土に埋めて水をやると、次の日の朝、芽が出ていた。

 広めた噂は、いろいろ悩んだが子供のころに夢見た『透明人間になる』だった。


 最初の頃はパニックになったりもしたが、自分でも気づかなかったが案外神経が図太く、2,3日で慣れてしまい、普通に――という表現が正しいかどうかはさて置くとして――透明人間として生活を送るようになった。

 衣服など身に着けているものは透明にはならないので、透明人間になるには全裸になるしかなかったが、寒さと車などの相手が自分を認識しないという危なさがあったが、今ではすっかり透明人間生活を満喫していた。


 いろいろなことを試した。

 男として透明人間になった以上、のぞきは鉄板だった。ただし、直接的に傷つけるようなことは一度もしていない。

 窃盗的なこともやっていない。盗もうにも物を隠せないし、手に取れば宙に浮いてしまう。大騒動になるのは必至だ。

 野良猫やハトなどの動物を捕まえることが出来るかどうか試してもみた。

 野生の勘おそるべし! 

 見えていないはずなのに、気配を気づかれ一度も成功しなかった。

 

 そして今は映画を裸でただ見した後、トイレの掃除道具入れに隠した服を取りに行く途中だった。


(――さて。この後、どうすっかなぁ)


 トイレまでもう少し。この後のことに思いを馳せていたその時、


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 絹を裂くような声が響き渡る。


(な、なんだ!? どうした!!)


「変態よ! 変質者よー!! 誰かぁぁぁ!!」


 一人の女性が顔を背け、


(えっ!?)


「おい! お前! こんなところで裸で何してる! 頭おかしいのか! 誰か!! 警備員を呼んでくれ」

「ちょっ!? なっ! ち、違うんだ! お、俺は――」


 その後、ショッピングモールの警備員室でさんざん絞られ、説明はしどろもどろで所々通じてなかったが、なんとか警察沙汰だけは勘弁してもらった。



 後日、ひみつ道具"ウワサのたね"を詳しく調べたところ、広まった噂の効果はで切れるということがわかった。



                         

                            ――了――

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