キャベッジ・オン・ザ・スティック

水円 岳

「なんじゃ、そりゃ?」


 ボブから「変わったものを入手したから見に来い」と言われて、ボブの勤める小さな植物園に出かけた。案内された岩山ロッケリーコーナーに植え込まれていたのは、草とも木ともつかないなんとも珍妙な格好の代物しろものだった。茎にあたる部分が肉厚で多肉植物のように見えるが、茎のてっぺんにわさわさ乗っかっている葉はまるでキャベツだ。モップの柄にキャベツを乗っけて突き刺したようなへんてこな植物。


「何かを挿し木したものか?」

「いや、実生だよ。棒の上のキャベツキャベッジ・オン・ザ・スティックと言われる植物さ」

「へえー、珍しいのか?」

「四、五十個体しか残ってない。絶滅危惧種だ」

「おいおい」


 ボブは、かつて世界中を駆け回るプラントハンターをやっていた。希少種や有用種を探し出しては種子をこっそり国外に持ち出し、あちこちの研究所や種苗メーカーに持ち込んで売りつけていたんだ。

 しかし、今はどの国でも生物を遺伝資源として重要視するようになり、無断での国外持ち出しを厳しく取り締まっている。ボブはその風潮に抗えなくなり、プラントハンターを廃業して、小さな私設植物園の園丁に収まっていた。やっとまともな仕事をするようになったと安心していたのに、これか……。


 俺が露骨に顔をしかめたのを見て、ロブがげらげら笑った。


「ジャス。心配すんな。これは栽培品だ。園芸店で買ったんだよ」

「えええーっ!?」


 ボブが、手にしていた園芸店の通販カタログを広げて俺に見せる。


「ほら」

「うわ、本当だ」


 だが、さっきボブの言った『絶滅危惧種』というセリフがどうしても引っかかった。


「こいつらも、違法に商売してるんじゃないだろうな」

「いやあ、そんなことはないよ。これはむしろ、こいつを絶滅から救うための保険みたいなものなんだ」

「……どういうことだ?」

「まあ、座れよ」


 ずるずるとでかいスツールを二つ引きずってきたボブが、雲一つない蒼天を見上げて目を細めた。


「まあ……いろいろな運命があるってことだな」


◇ ◇ ◇


 ハワイの断崖絶壁にだけ生息する、ブリガミアっていうキキョウ科の植物がある。こいつの正式名称はブリガミア・インシグニスだ。生えている場所が場所だし、花が大きく美しいってことでもない。まあ、ジャスが驚いたみたいに、変わった姿形をしてるってだけさ。園芸的な価値がものすごく高いっていうわけじゃないんだ。


 だがこの植物が生えている環境だと、花を受粉させる花粉媒介者ポリネーターが限られるんだよ。それは、小さな蛾じゃないかと言われてる。ところが、ハワイに大勢の人間が出入りするようになって、人や資材と一緒に外来の生物が入り込んできた。その中に、花粉を媒介する蛾を食っちまう厄介なやつが混じっていたらしい。この植物の受粉を担っていた蛾が先に絶滅しちまったんだよ。それじゃあ、バイタルな種子が残せない。他にも人口圧の増加に伴う被食や外来植物との競合、病害虫の持ち込みもあって、みるみる個体数が減った。


 当たり前だが、そのままなら絶滅さ。だから現地では、蛾の代わりに人が受粉させ、実った種子から苗を育てて原生地に戻す試みが続けられている。試みが実を結べば絶滅は免れられるよ。だが分布域が極めて狭小な植物の場合、自生地の環境が変化してしまえば結局絶滅さ。植物だけを増やしてもしょうがないんだ。

 そこから別の発想が生まれたんだよ。育てるのがものすごく難しい植物なら別だが、園芸植物の生産ラインに乗せられる頑強性があるなら、商品化して売ればいい。それなら、個体が世界のどこかここかに生き残るんじゃないかってね。


 確かに見た目は変わっているが、だからと言ってものすごく魅力的アトラクティブというわけでもない。前置きなしで販売ラインに乗せても、そうそうは売れないだろう。でも、あなたは絶滅危惧種を育てていて、種の保存に一役買っていますと言われたら、所有欲が満たされるだろ? で、俺もまんまとそいつにやられたってわけさ。はははははっ!


◇ ◇ ◇


「世界中に拡散する種……か」

「そういうことになるな。もっとも、植物の世界では珍しいことじゃないよ。作為、無作為を問わず、原産地からそれ以外のエリアに拡散した種なんか山のようにある。それが野生の状態で定着するか、人の手を要するかは別だけどな」

「なるほど」


 ブリガミアを見下ろしていたボブは、顔を上げて蒼天を見つめた。今度は笑っていない。


「ジャス」

「うん?」

「こいつは、世界中に種子拡散させることに成功した。もっとも、それはこいつの意思ではなく、俺ら人間が画策したことだ」

「……そうだな」

「それは。こいつらにとって本当に幸せなんだろうか?」


 かつてプラントハンターとして世界中の種子をあちこちに拡散させていたやつの言葉とは思えんな。苦笑しながらも、できるだけ素っ気なく答える。


「ボブ。大賀ハスの話を知ってるだろ?」

「ああ、二千年の眠りから目覚めた種子ってやつだな」

「ツタンカーメンのエンドウだってそうさ。そいつらは、いつ目覚めたか、どこで目覚めたか、目覚めてどうなるかなんて一々考えないよ。目覚めることができたから芽を出した。それだけだろ」

「……ああ」

「芽を出すだけで精一杯さ。それが幸せかどうかなんて考えもしないって」


 生物の生き様を人間が勝手に振り回しているという罪悪感に囚われると、自らの存在を肯定できなくなる。人間のそうした厄介な性質は、ただ淡々と生き延び、もしくは消滅していく植物に比べてむしろ劣位にあるんじゃないかと思うことがある。

 まあ、それはそれだ。人間である以上、人間以外にはなれない。他生物のライフスタイルと比べたり、模倣したところで意味がないさ。


「なあ、ボブ」

「ああ」

「俺らがどんなに種を拡散したところで、せいぜい数千人にタネ付けするくらいが限界だろう」

「阿呆。腰が保たないって」

「はははっ! でもな、それで生まれた子孫には、俺らと同じやつが一人もいないんだよ」


 俺は、目の前の変てこな植物を指差す。


「もし俺がこの姿になれても。俺から生まれた子は別物なんだ。俺という種は、どこかで発生し、どこかに違う種を残し、絶滅していく。俺は自分をヒトの一個体とは考えたくないんだ。俺は俺で一つの種さ」


 にっと笑ったボブが、俺の背中をばしんとどやした。


「ジャス。おまえに説教されるとは思わんかった。だが、その通りだな。こいつの愛称に俺の名前を使うのはやめにしよう」

「おいおい、ボブみたいなうっとうしいやつがもう一人いたら、やかましくてかなわん」

「抜かせっ!」


 はははははっ!

 抜けるような青空の下。俺らの馬鹿笑いが、棒切れの上のキャベツを少しだけ震わせた。なあ。ここはハワイとは違うが、居心地は悪くないと思うぜ。ボブのことだ。きっとあんたにかわいい嫁さんを連れてくるだろう。そうしたら、あんたはまた種を拡散できるだろ?



【 了 】

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キャベッジ・オン・ザ・スティック 水円 岳 @mizomer

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