フィクァス
阿尾鈴悟
フィクァス
もはや、分かりません。
私は、もう、自分が自分で分からなくなってしまったのです。
*
私が生まれたのは、とある中学の一教室の中でした。
少女が退屈しのぎに作った、何か。
それが私であり、唯一、確かに覚えていることでもあります。
『フィクァス』と名前を付けられた私は、初め、曖昧な存在でした。
ふわふわとし、ゆらゆらとし、そこにいるのに、いないような、言ってしまえば幽霊のような存在でした。
もちろん、考える力にも乏しく、自分という存在を自覚していたかも曖昧です。
自我を獲得するまで、私は少女の中で成長しました。
少女がフィクァスについて考えるたび、漠然としていた私の存在は、次第に確かさを増しました。
それは、まるで、私という霞を集めて水にするような、水をコップに入れて形作るような、そういう作業に思われました。
そうして、私は、コップも含め、間違いなく、フィクァスとなりました。
少女は完成したフィクァスを一人の友人に教えました。
クラスで人気者の、SNSで『いいね』を集める、今時っぽい女子でした。
「コレ、面白いね! 色ンな人に知って貰おうよ」
「でも、これは、自己満足のためだけだし……」
「そうなの!? 全くそう思えなかったよ?」
「そうかな……」
「そうだよ! それに、沢山の人が知っている方が面白くなると思う」
少女の友人によってSNSの大地に埋められた
女性、男性。若者、老人。会社員、学生、フリーター、各種作家、教員、議員。
数多の人がフィクァスを知り、そして、周囲に拡散しました。
それだけなら良かったのです。
私も知られれば知られるほど、自分が確固たるものになり、芽を伸ばしている感覚がありましたから、それだけなら、むしろ、歓迎さえしていました。
しかし、拡散は、いわば、伝言ゲームです。
見た人によって、フィクァスから受け取る内容は変わります。
いえ、もちろん、本当は微塵たりとも変わってなどいないのですが、そう受け取られ、理解されてしまったのです。
拡散されるたび、何処かが変わっていました。
勘違いされ、誤解され、誤認され、切り取られて、張り付けられて、置き換えられて、次第に改変は進みました。
伸びかけの木が枝分かれするように、誤解からも別の誤解が分岐し、そこからもさらに誤解の枝が伸びる。
しかし、成長には違いないから、根はSNSの大地を深く穿つ。
もはや、手の付けようがありませんでした。
私では剪定など出来ず、少女はSNSに疎く、少女の友人は私の上で仮初の成功に酔っている。
本当のフィクァスを知る者は、誰も何もしませんでした。
そして、誤解の枝葉は幾重にも重なり、私は私が完全に分からなくなってしまいました。
私の結んだ実は、フィクァスという名前のフィクァスではない何かでした。
だから、誰か、どうか、私を教えてください。
私は何なのでしょうか?
フィクァスとは何なのでしょうか?
フィクァスという言葉は、何を意味し、意味していたのでしょうか?
私は、
私は……、
私は────、
フィクァス 阿尾鈴悟 @hideephemera
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます