フィクァス

阿尾鈴悟

フィクァス

 もはや、分かりません。

 私は、もう、自分が自分で分からなくなってしまったのです。



 私が生まれたのは、とある中学の一教室の中でした。

 少女が退屈しのぎに作った、何か。

 それが私であり、唯一、確かに覚えていることでもあります。


『フィクァス』と名前を付けられた私は、初め、曖昧な存在でした。

 ふわふわとし、ゆらゆらとし、そこにいるのに、いないような、言ってしまえば幽霊のような存在でした。

 もちろん、考える力にも乏しく、自分という存在を自覚していたかも曖昧です。


 自我を獲得するまで、私は少女の中で成長しました。

 少女がフィクァスについて考えるたび、漠然としていた私の存在は、次第に確かさを増しました。

 それは、まるで、私という霞を集めて水にするような、水をコップに入れて形作るような、そういう作業に思われました。

 そうして、私は、コップも含め、間違いなく、フィクァスとなりました。


 少女は完成したフィクァスを一人の友人に教えました。

 クラスで人気者の、SNSで『いいね』を集める、今時っぽい女子でした。


「コレ、面白いね! 色ンな人に知って貰おうよ」


「でも、これは、自己満足のためだけだし……」


「そうなの!? 全くそう思えなかったよ?」


「そうかな……」


「そうだよ! それに、沢山の人が知っている方が面白くなると思う」


 少女の友人によってSNSの大地に埋められたは、様々な人の目を栄養に、着実に根を張り始めました。

 女性、男性。若者、老人。会社員、学生、フリーター、各種作家、教員、議員。

 数多の人がフィクァスを知り、そして、周囲に拡散しました。


 それだけなら良かったのです。

 私も知られれば知られるほど、自分が確固たるものになり、芽を伸ばしている感覚がありましたから、それだけなら、むしろ、歓迎さえしていました。


 しかし、拡散は、いわば、伝言ゲームです。

 見た人によって、フィクァスから受け取る内容は変わります。

 いえ、もちろん、本当は微塵たりとも変わってなどいないのですが、そう受け取られ、理解されてしまったのです。


 拡散されるたび、何処かが変わっていました。

 勘違いされ、誤解され、誤認され、切り取られて、張り付けられて、置き換えられて、次第に改変は進みました。

 伸びかけの木が枝分かれするように、誤解からも別の誤解が分岐し、そこからもさらに誤解の枝が伸びる。

 しかし、成長には違いないから、根はSNSの大地を深く穿つ。


 もはや、手の付けようがありませんでした。

 私では剪定など出来ず、少女はSNSに疎く、少女の友人は私の上で仮初の成功に酔っている。

 本当のフィクァスを知る者は、誰も何もしませんでした。


 そして、誤解の枝葉は幾重にも重なり、私は私が完全に分からなくなってしまいました。

 私の結んだ実は、フィクァスという名前のフィクァスではない何かでした。


 だから、誰か、どうか、私を教えてください。

 私は何なのでしょうか?

 フィクァスとは何なのでしょうか?

 フィクァスという言葉は、何を意味し、意味していたのでしょうか?

 私は、

 私は……、

 私は────、

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フィクァス 阿尾鈴悟 @hideephemera

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