アイドル道 極めます!

伊達 虎浩

第1話 プロローグ

 青い空に白い雲。


 見上げれば快晴としか言い表せないようなそんな日の路地裏の一角で、二人の男の大きな声が響き渡る。


「すいませんでしたーー!!」


 響き渡る声の正体は謝罪。


 両手を左右の太ももへとやりながら、腰を深く折って二人の男は頭を下げていた。


 頭を下げている為、二人の男の表情をうかがう事は不可能なのだが、その表情は青ざめているに違いないと、謝罪を受けた人物は思った……が。


「あ"あ⁉︎」


「ひ、ひぃっ⁉︎」


 丁寧に謝罪する男達など知った事かと言わんばかりに、謝罪を受けた人物はドスの効いた低い声で応対する。


 絶対に許さない!!


 声だけではなくその威圧的な態度から、その事は明白だと言っても過言ではない。と、その人物を下から覗き見た男達は思った。


 しかし男達はそれが何故なのかという事を充分理解している為、謝っているじゃないか!などといった感情は生まれない。


「ッ‼︎謝る相手が違うだろぉが!あ"ぁ⁉︎」


「……!?す、すいません、でした!!」


 吐き捨てるかの如く浴びせられた罵声で、片方の目を紫色に染めさせられた男達はようやく自分達が置かれている状況、いや、立場を理解する。


 弱者と強者。


 悪と正義。


 悪魔と天使。


 さて、どちらがどちらなのだろうか?


 いや、決まっているではないか。と、両手や両膝、額を地面にピタリとくっつけた状態…いわいる土下座をしながら深く謝罪をする男達。


「も、もう、いいですから…」


 そんな男達から謝罪を受けた人物は、慌てた様子でそんな事を言ったのだが…。


「あ?いや、良くねぇだろ?カツアゲだぞ、カツアゲ。豚をカラッと揚げたって話しじゃねぇんだぞ?いいか?こういうのはな。その道のプロに任せるってのが世の中の習わしってもんさ」


『…………!?』


「その道のプロ=警察」であると、謝罪をする男達も謝罪を受けた人物もそう思った。


「そ、それだけは……ほ、ほんと、すいませんでしたーーーー!!」


 全身全霊。


 それだけは何とか避けたいと、はっきりと男達の意思が伝わってくる。


 警察を連想させるワードを言った途端にこの態度…その所為で益々イライラしてしまう。


「も、もう…本当に、大丈夫ですから…」


 黒く長い髪を左右に揺らしながら、丸いメガネの奥の瞳にきらりと光る何かを見せながら、被害に遭いかけた女性は首を左右に振った。


「……あっ!?お、おぃ!!待ちやがれ」


 そんな彼女に対して少しばかりの罪悪感を感じていたほんの僅かな隙に、二人の男達は一目散に逃げて行く。


 彼等の心情を説明するのであれば、ようやく悪魔から開放される…安堵。もういいですからと言う彼女の声はきっと、天女の声に聞こえたに違いないだろう。


「……ちっ、くそ」


 頭をかきながら走り去って行く男達の背中を見送っていると、後ろから不意に声をかけられた。


「あ、あの…」


 声をかけてきたのは言うまでもなく、被害に遭いかけた彼女だ。


「………あぁ」


 声をかけられ振り返ると、腰を深く折って頭を下げる彼女の姿が目に映る。


「助けていただき、ありがとうございました」


 両手に持った学生鞄は両足の甲に着くか着かないかの位置にあり、長い黒髪が両肩からサラッと地面へと向かっている。そんな丁寧なお辞儀を受けてしまった。


「…………」


 彼女の後頭部を見ながら、さて、何と返すのが正解なのだろうか?と、考えてしまう。


 どういたしまして…これが正解なのだろうか?


 いや、違う。


「一つ忠告してやんよ」


「は、はい‼︎」


「この路地裏はな。別名ヤングストリートって呼ばれててだな…ま、いわいる無法地帯ってヤツさ。そんな所にお前さんみたいなお嬢様がだ。ノコノコとやってきたら、そりゃぁ当然こうなる訳さ」


 どちらが悪いのかと聞かれたら、それはどう考えてもカツアゲをしかけた方が悪い。


 被害にあった方にも非がある。などといった考え方は間違えているとは思うものの、被害に遭わないよう常に心掛けておくのは大切な事だとも思う為、ここは一つアドバイスをしておく事にした。


 最も、口が悪いからか見た目がキツいからか、アドバイスというより説教に聴こえてしまうのだが…それは自覚しているのでどうでも良い。


 それにだ。


 説教に聴こえてしまったからといって、それが一体なんだと言うのだろうか?


 所詮、自分と彼女は赤の他人だ。


 今後、彼女がカツアゲに遭おうが遭わなかろうが自分の知った事ではない。


 しかし、この路地裏を通ったらカツアゲに遭う事になるのだと、知ってて被害に遭うのと知らずに被害に遭うのとでは、被害に遭った際に受けるダメージが違うという事であり、それを理解しているなら教えてあげるべきではないだろか?


(…けっ。知らない方が良いのかもな)


 そう考えた際、知らないで被害に遭った方が精神的に受けるダメージが少ないのでは?と思ってしまったのだが、既に口にしているので後の祭りってヤツなのだろう。


 現に彼女は被害に遭ったわけであり、言わなくても良い事なのかもしれないが…。


(ま、ガラじゃぁねぇんだが、知らんぷりってのも後味が悪りぃしな)


「…………」


 そんな事を考えている一方で、忠告を受けた彼女は、左手に持った学生鞄を左の太もも辺りへと移動させ、学生鞄から離した方の右手は顎へと移動させて終始無言であった。


「……はん。ビビっちまったか?なら、今後ここには来ないこったな」


 恐怖。


 知らなかったのか、知ってたのか…どちらにせよ怖い目に遭ってしまったのだから、恐怖に駆られるのは仕方がない事だ。


 自分の忠告に対して彼女は無視する形になってしまっているのだが、そう解釈すれば別に腹もたたない。


 これに懲りたらもう二度とここを通るなよ。と、そう言ってこの場を立ち去ろうと考えたその時である。


「……ふふふ」


「……あ?何が可笑しい」


 恐怖に怯えて声も出せないのだろうと、そう解釈していた矢先、そんな相手が不意に笑い出したのであった。


「だ、だって、ヤングストリートって、若者の街って意味ですよね?」


「……………」


「でしたら、私はまだ17歳ですから、別にこの道を通っても大丈夫だと思うんですよね」


「……………」


「そもそも、若者の街っておっしゃりますけど、何歳までが若いとされているのでしょうか?成人を迎えたら大人とされているのですから、20未満って事になるのでしょうか?」


「……………」


「ふふふ。そう考えると、何だか不思議な気分になりませんか?」


「……………」


 そんな疑問を投げかけてくる彼女に目を向けてみると、顎へとやった右手の人差し指を1本だけピンとたて、う〜ん。といった感じでアヒル口になっている彼女の姿が目に映る。


 アヒル口になって考え込んでいるであろう彼女をチラりと流し見しながら、すぅっ。と静かに息を吸い、はぁっ。と深くため息を吐いた。


「……あぁ。不思議な気分さ」


 低い声で彼女の問いに答える。


「ですよね‼︎不思議で、キャッ⁉︎」


「……良いかお嬢様ぁ?私はそんな話しをしてるんじゃないだぜ。分かるか?あ"あ??」


 彼女が口を開いた次の瞬間、一気に彼女を壁へと押して行く。


 コンクリートで出来ている壁へと押しやった所為で、彼女は背中を強打するハメになったのだがそんな事はどうでも良い。


「今回アンタはたまたま運が良かっただけに過ぎないんだぜぇ…分かるか?カツアゲなんかよりもぉっと酷い事が、この世の中には幾らでもあるってことぉよぉ?」


「………あっ⁉︎」


 胸ぐらを掴んでいる左手とは逆の手で彼女の胸部を鷲掴みにし、すらりと伸びた自慢の左脚を彼女の両太ももへと移動させる。


 彼女の両太ももの間に自分の左脚を絡ませるという行為が犯罪に値するかどうか…いや、相手の胸を許可なく揉むという行為そのものが犯罪行為であるが、自分は女だ。


 女なら許される行為なのかどうかなどは知った事ではないし、どうでも良い。


「はん?アンタは何か?夢の国の住人か何かなのか?」


「……んっ」


「ちっ。たいそう立派な物をぶら下げて。クソみてぇなガキを二人ほど救って。と…ふん。カツアゲじゃなくて、強姦にでも遭いかけてたんじゃねぇか?え"ぇ?」


「ん、んん…」


 金を出せ。と、脅されている所を見かけただけであり、そう言った事を聞いていなかっただけに過ぎない可能性だって充分あり得るのだ。


 鷲掴みにした方の指に力を入れ、低く重いトーンで彼女に告げると、ギュッと閉ざしていた口を彼女は開いた。


「……いません」


「あ"?」


「私は彼等を救ってなどいません」


「……どういう意味だ?」


 彼女から言われた言葉の意味が分からなかった。


 すっと、胸ぐらを掴んでいた左手を解き、絡めていた左脚を元の位置へと戻す。


「私は被害に遭いかけただけに過ぎないっていう意味ですよ」


 彼女はカツアゲに遭いかけただけであり、カツアゲに遭った…つまり、被害に遭った訳ではない。


「いや、遭いかけただけでも充分だろ」


 被害に遭いかけただけでも警察に相談すれば、立派な犯罪が成立する。


 仮に、犯罪が成立しないとなると、この国の治安がどうなるかなど説明するまでもないだろう。


「ではお聞きしますが、先ほど私が彼等を救ったとおっしゃられましたが、警察に突き出さなかった事を言ってらっしゃるのですよね?」


「………あ、あぁ」


「警察に突き出さないという行動が、果たして本当に彼等のタメになるのでしょうか?」


「……………」


 彼女からそう問われ、少しだけ考えたのだが分からなかった。


「彼等の今後の事を考えるのであれば、きっと警察に相談するのが一番望ましいのかもしれません」


「……だったら」


 突き出せば良かったではないか。


 加害者の今後の人生など、被害者の彼女が案じる必要などない筈だ。最も、第三者である自分からしても、彼等の人生など案じる必要など全くない。と、思っている。


 最初に言っただろ?


 それがこの世界の習わしってヤツなのだと。


 まぁ最も、彼等を救うつもりで助言した訳ではないのだが…さて。


 その事を彼女は理解できるのだろうか?


「彼等はいけない事をしました。しかし、貴女はどうですか?」


「…………」


「彼等を殴るという行為は、果たして立派なコトなのでしょうか?」


 カツアゲに遭いかけたところを見かけ、止めに入った自分の行動を振り返る…なるほど。


 彼女は彼等だけでなく、私の身も案じているのだ。


「ふん。正当防衛だろ」


 彼等を止めに入ったら、自分にまで喰ってかかってきたのだ。そりゃあ、な?仕方がないはずだろ?


「……彼等は充分イタイ思いをしたはずです。きっと、コレに懲りてくれる事でしょう」


 すっと両目を閉じ、今にも両手を重ねて祈りのポーズを取りそうになる彼女を見て、これ以上は無意味な時間だと悟る。


「……ふん。馬鹿バカしい」


「あ⁉︎あ、あの…」


 パン!と、鷲掴みにしていた方の右手で彼女の右胸を叩き、サッと背中を向けて歩き始める自分に対し、彼女は再度お辞儀をしているようであった。


 ようであった。と表現したのは、自分は彼女に背中を向けている為、実際に頭を下げている彼女を見た訳ではないからであり、きっと彼女なら再び頭を下げているに違いないだろう。という考えからである。


「人の心配なんかよりまずは自分の心配から始めるこった」


 頭を下げているであろう彼女が気付くどうかかは分からないが、礼には礼で返すのが筋ってもんだ。


 サッと右手を右耳ぐらいの高さまで挙げ、ヒラヒラと右手を左右に振る。


 サヨウナラ。


 もう会う事もない輩であろうとも、別れる時は誰しもが必ず返す言葉、行動。


「お、お名前…を…あ、いえ」


 彼女から背中越しにそんな事を言われたが、自分は答えなかった。


 答えるのが面倒だったからではない。


「………応援してます!ありがとうございました」


 と、そんな不思議な言葉を投げかけられたからであった。


 両手をポケットに突っ込み、振り返る事すらせずにその場を後にする。


 応援しています。という言葉が自分に対してではなく、とある人物に向けてのモノだったのだと、この時の自分は気付かなかったのであった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 ジッ、ジッと、ジッポを回してタバコに火を点ける。


「応援してます…ね?」


 応援される意味が全く分からなかった。


 自分の職業に関係しているのか、あるいは…いや、分からない。しかし、夢の国の住人か何かの人の気持ちなど、この自分が分かるはずがないのだから、考えるだけ時間の無駄ってヤツだという事ぐらいは流石に分かる。


「……っと、電話か」


 彼女と別れるタイミングを見計らってか、彼女と別れた直後に震える携帯電話。


 勿論、単なる偶然だと思われる。


 ふー。とタバコの煙を吐きながら、ポケットの中で震える携帯電話を取り出し画面を見て見ると、アポロという名前が写し出されていた。


 香奈にとってアポロとは、仕事を与えてくれる、言うなれば上司みたいな人だ。


 香奈は、ふー。と再度タバコの煙りを吐きながら、通話ボタンを押した。


「……んだよ」


「……んだよじゃねぇ。おぃ香奈!一体お前どこで油うってやがる」


「おぃおぃ?油を売るって、私はいつから石油王になったんだ?」


「知るか!いいからさっさと帰ってきやがれってんだ‼︎」


「……ッッ。だぁぁあ!わぁってるよ!!」


 耳元で怒鳴るんじゃねぇ!鼓膜が破けたらどうしてくれるんだよ?あ"ぁ?と、香奈は怒鳴り返そうとしたのだが、相手の返しの方が早かった為、香奈の怒りは不発に終わる。


「まぁいい。実は、お前さんにやってほしい仕事がある」


「………あ"?仕事だ?」


 あんなボロボロの探偵事務所に依頼って、依頼人は何を考えていやがるんだ?はぁ…まぁ、決まってるか。


「いいか?アポロの旦那。迷子のネコ探しなんてしょうもない仕事だったら、ただじゃおかねぇからな」


「む…いや、ネコ探しだって立派な依頼だ」


「ふー。そういうのは私じゃなくてもいいだろ?ていう話しさ」


 私じゃないとダメなんだ!という仕事なら、身体の芯から燃えられるんだけどなぁ…ネコ探しはダメだ。


 旦那の浮気調査とか、妻の不倫の調査とか、そんなのも真っ平ゴメンだ。


 別に殺人事件を解決したいなんて事を言っているわけでもない。


 自分にしか出来ない何か。


 漠然としているかもしれいが、自分だけではなくこの世界の誰しもがそう考えている筈なのだ。


 なぜなら人という生き物は誰かに必要とされたいと、そう強く願う生き物なのだから。


 とまぁ、な?ネコ探しなんてそんな小学生にでも出来そうな仕事をこの私にやらせようなんて考えは、間違っているとそう思わないだろうか?


「ふー。香奈…お前は仕事というモノを舐めてやがるな……」


「ああ!もぉ!?説教なら勘弁だぜ」


 怒られる事が死ぬほど嫌いだ。


 理不尽な事なら尚更キライだ。


「ふー。まぁいい。香奈」


「……あぁ」


「喜べ!お前にしか出来ない依頼だ」


 そう言われた香奈の脳裏には、ニヤりと笑っているアポロの顔がよぎった。


 嫌な予感しかしないのだが、自分にしか頼めない仕事だと言われては、一体どんな仕事なのか聞かずにはいられない。


 勿論、仕事の内容に期待などしていないし、どうせいつも通りのしょうもない依頼に決まっていると考えていたのだがしかし、その仕事の内容は全くもって予想外の内容であった。


 アポロはこう言ったのだ。


 "ある人物と少しの間だけ、一時的に入れ替わってほしい"と。

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