おれたちのボスが死んだ!

まめつぶ

おれたちのボスが死んだ!

 おれたちのボスが死んだ。どうやら、1週間前のことらしい。

「なあ、今日、ボスを見ないな」

「そうだな。案外ユキばあのとこに見舞いでも行ってるんじゃないか?」

「嘘こけ。ボスがユキさんのところにすすんで行くかよ」

「じゃあ、どこかで飯をもらってるんだろうさ」

1週間前、真夜中の集会で噂になってから、ぱったりとボスは来なくなった。来なくなったということは、そういうことだ。しかしまあ、所詮猫の身。人のように魂の脱け殻に向かって咽び泣くみたいな真似はしない。

 ボスは、おれたち野良の、まさしくボスだった。巨大な体に逞しい前足、勢いよくうねる尻尾、恐ろしい唸り声。3丁目のチビじゃなくても、あの目に凄まれたら誰だって尻尾の毛が全力で逆立つ。恐ろしくて、逞しくて、野良の中の野良。ボスはいつでもおれたちをまとめ上げ、激を飛ばし、時には烏やいたちに襲われそうなやつを守ってくれた。

「ボス、車にやられたのかな」

「ホケンジョの人間に捕まったのかな」

「一本松のじじいに毒を盛られたのかも」

さざなみのように、あちこちで噂が立った。それらはぶつかりあってあらぬ憶測にもなったが、ボスがいなくなったことに戸惑い、深く悲しんでさえいるのはみんな同じだった。

 そんな中、集会場の脇の背の高い草がガサッと揺れた。

「おい、お前ら」

低くドスの聞いた声が地面を這ってきた。

「ボス!」

「ボス?」

「ボスだ!」

「ボスの声がした!」

口々に叫んで飛び退きながら、声のした方へ一斉に顔を向けた。のっしのっしとまず月明かりに照らされて見えたのは、しゅっとした太いヒゲ、逞しい前足。

「なーんでこんなちんまい場所で縮こまってんだ」

ギラリと光った瞳。ああ、ボスだ、やっぱりボスだぞ、と歓喜の、あるいは動揺の、またあるいは畏敬の声が広がっていく。

「ボス、良かった。生きてたんですね」

チビがほっとして尋ねる。

「いんや。おれは死んだぜ」

「へ? 死んだってのは、どういう……」

「いや、だから、死んだ。ぽっくりと、てのは無理だったが、確かにおれは死んだ」

ほらよ、とボスが振って見せたのは、先の分かれた尻尾。

「ええ!」

「猫又になってな。戻ってきてやったぜ」

猫の目が爛々と光る真夜中。たくさんの瞬きが闇を彩った。



 それからボスは、なんてことなくまたいつもの日常を繰り返した。弱いものを助け、よそから来た新ボス候補を殴り倒して追い払う。おれたちの町は、ボスのおかげで平和が保たれていた。

「なんだブチ、あんた戻ったのかい」

日向ぼっこ日和の暖かい秋の日、町内一の年寄りのユキばあが久しぶりに外に出てきた。ブチというのは、ボスがボスになる前から持っている名前だ。ボスとユキばあは、おれたちの知らないずっと昔からの長い長い付き合いなんだそうだ。

「なんだ、ババアか。戻ってきてやったぜ」

「そのままぽっくり召されてればよかったのに」

「うるせえな。ババアを見送ってやろうと戻ってやったんだぜ」

「はっはっは。わざわざ戻って来なくても、向こうで待ってればわたしがすぐに行ってやったんだ。図体がでかい癖に、寂しがりなんだから」

「わかったような口ききやがって」

いつもの軽口が交わされる。ボスもユキばあも、お互いが一番気のおけない仲なんだろう。

「…………」

「おい、死んだか? なんか言えよババア」

「うるさいね、生意気小僧が。あんたもちっとは沈黙の良さってやつを理解した方がいいね」

「へっ。口を開いたらうるさいのはそっちのくせによ」

あっはっは、とふたりは楽しそうに笑っている。飼い猫のユキばあはもう年だからか、それから少し話すと家に帰っていった。

「ボス」

「うん?」

「ボスは猫又になって戻ってきたじゃないですか。だったら、おれも猫又になれるんですかね」

おれたちは、いつまでも強く生きるボスが羨ましかった。ボスは、みんなの憧れだった。

「バカ言うな。お前みたいな普通の猫が猫又になんてなれるか」

「へえ。やっぱりすごい猫じゃないとダメなんだなあ。じゃユキばあは、なんてったってあんなに長生きなんだから、きっと猫又になれるんでしょうね」

「ババアは、戻ってはこないだろうよ」

「そうなんですか? そしたら、どこへ行くんでしょう」

「さてな。ババアがどうなるかなんて、興味ねえ」

「またまたあ。ボスだって、ユキばあのこと好きなんでしょ」

額にばしんとボスの猫パンチが命中した。肉球の跡がつきそうなくらいの力。ボスは強い。ああ、やっぱりおれは、猫又には到底なれそうにない。

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