第7話 生きる理由は……

 ぐちゃり。


 俺の背中に向かって振り下ろされたノコギリは、キジマの攻撃力と相まって、無慈悲に肉をえぐった。


 そのままノコギリは地面に突き刺さり、コンクリートの道を砕いた。


 『あはは!! いい! いいぞ! やっぱり肉をえぐる感覚は最高だわ〜!! 』


 肉をえぐることを快感に感じたキジマが女の様な声を上げ、ノコギリから手を離し、体をもじもじとさせる。


 『人を殺すってなんでこんなに気持ちいいのかしら〜!』


 余韻に浸るように、声を張り上げるキジマ。


 だが、キジマの言葉は裏切られることになる。


 『はは……死んでたまるかよ……。しょうがなかったとはいえ痛えな。防御力特化する奴がいないわけだ』 


 その声に気づいたキジマは自分の耳を疑った。


 確実に肉をえぐった。

 その感覚はノコギリに伝わってきた。


 なのに……


 嫌な予感を感じながら、キジマはノコギリを振り下ろした場所を見る。


 そこには、腕を切り刻まれて、出血しながらも立っている男がいた。


 『なんで生きてるのよ! 私の攻撃力は【スキル】でとんでもないはずよ!』


 キジマが驚いた顔をして、一歩後ろに下がる。


 『そうだろうな。お前は女の子を傷つけて、【スキル】を発動させた。攻撃力はすげえ高いだろうよ。だけどな、俺の防御力の方が高かったみたいだな?』


 痛みを隠し、笑う。


 そう。俺は避けられないと分かった瞬間に振り返り、腕を盾にしてステータスを【変換】させた。


 【ステータス】変化

 HP100→50 MP50→0 素早さ100→0


防御力0→200


 この防御力でも、両腕は傷つき、腕の肉は少しえぐられ、血が出血している。


 防御力極振りでも普通に痛い。


 キジマのステータスは【スキル】により攻撃力は度々更新されている。


 それはもちろん俺も、分かっていた。


 俺にノコギリを振り下ろした時のキジマの攻撃力は190だった。


 防御力200に攻撃力190の攻撃。

 数字で勝っていても、無傷というわけにはいかないようだ。


 そして、俺の【固有能力】がノータイムで発動できるもので良かった。


 発動までに時間がかかるものだったら今頃ひどい有様になっていただろう。


 だが、キジマは俺の出血によってさらに攻撃力が上がってしまった。


 【相手ステータス】変化報告

  攻撃力190→210


 最新のキジマの情報。

 

 次の防御は厳しい。

 数字で負けているとなると防御はできても、重傷を負うだろう。

 しかも、避けないと出血が増え、キジマはどんどん強くなる。


 だが、避けようとしても、腕は切り刻まれているから、無理に動かしたら出血が増えてしまう。


 正直厳しい。


 それに、さっきからキジマは下を向いて動かない。

 どうしたんだ?


 だが、攻めてこないのはありがたい。

 煽ったのは正解だったかもしれない。

 存分に作戦を考えれるし、出血も少なくなってきている。


 ひとまずキジマと距離を取りながら、打開策を考える。


 戦場が静かになる。

 さっきまでの破壊音が嘘のように静かだ。


 キジマとの距離が10m程になろうとしていた時。


 突如。


 キジマが怒りの声を上げながら自分を傷つけ始めた。


 爪で引っ掻き、腕、脚、体から血が吹き出る。


 コイツ攻撃力210もあるのにそんな力で自分を傷つけたら……


 痛みを感じていないのか、キジマは無数の数を自分につける。


 どんどんと溢れてくる血は、キジマを赤く染め上げ、地面に赤い水たまりを作った。


 『ああああああぁぁぁぁああ!!! お前だけは許さねぇぇぇええええ!!!!!』


 コイツまた人格が変わった……


 女のような声だったキジマは獣の声に変わり、殺気に満ちたオーラを纏い、白目でこちらをみる。


 『もう、人じゃないだろ……』


 そして、キジマは地面に埋まったノコギリを拾う。


 コイツ……本当に何をしてるんだ?

 自分を傷つけて……血迷ったか?

 疑問が浮かぶ。

 

 だが、答えはすぐに返ってきた。


 【相手ステータス】変化報告

 HP200→50


 攻撃力210→300


 よく思い出してみる。


 【スキル】闘争本能Lv2

 MP消費0 常に発動。

 自身の攻撃によりを出血させるほど攻撃力上昇。


 キジマの【スキル】自分にも効果があるのか!?


 まずい。

 攻撃力300ともなると、一撃も攻撃は受けれない。


 『コロス!!!』


 未だ出血の止まらないままのキジマは、ノコギリを構え、こちらへ走ってくる。


 だが、キジマは素早さは0だ。

 こっちが少しあげれば大丈夫。


 俺はすぐに能力を使った。


 【ステータス】変化

 防御力200→90


 HP40→100

 素早さ0→50


 さっきダメージを少し受けてHPは50→40になっていたらしい。


 振るのはもちろん素早さだ。

 防御力に90残しておいたのは念のためだ。


 10メートル程だった2人の距離は、キジマが全力で走って来ようが開いていく。


 素早さが圧倒的に勝っているため、全力で走らずとも距離を取れる。


 俺がキジマの様子を見ながら余裕で距離を開いていくと、キジマはさらに怒りの表情を濃くして、跳んだ。


 『た、高すぎるだろ!?』


 ジャンプ力は攻撃力に比例するのかもしれない、キジマはとてつもない足の力で踏み込んだ地面を凹ませ、大ジャンプをした。


 ゆうに10mは飛んだだろう。

 あまりの高さに大きかったキジマの身体が小さく見える。


 そして着地と同時にノコギリを地面に振り下ろした。


 地面は砕け、連鎖する。

 根っこのようにこちらは伸びてくる地割れ。

 コンクリートの地面を貪り、コンクリートの弾丸を飛ばしながら渓谷を作る。


 『やばい!』


 それを棒立ちしてみてしまっていた俺は、我に戻りすぐに全力で走り出す。


 だが、間に合わない。

 攻撃力300オーバーから繰り出された地割れの速度は尋常ではなかった。

 

 素早さに全振りしても追いつかれるだろう。


 だから、俺は空中へ逃げた。

 負け時のジャンプ。


 防御力90に振っていたものを攻撃力に変えて、飛んだ。


 【ステータス】変化

 防御力90→0


 攻撃力0→90


 キジマほどとは言わないが人離れしたジャンプ。

 

 キジマとの距離20m程。


 俺は空中。

 キジマは着地して地面のノコギリを抜いたところ。


 下を見てみると、連鎖した地割れが、轟音を上げながら通過する。


 ひとまず地割れは避けられた。

 安堵の表情を浮かべた俺は気付いていなかったんだ。


 本当のキジマの狙いに。


 地割れにから逃げるための空中への回避は、逃げられない場所への誘導だったことに。


 安堵した俺はキジマを見る。


 怒りに感情が支配されていたはずのキジマがニヤリと笑い、ノコギリを構え、槍投げの様なポーズでこちらに走ってくる。


 『おい……まさかそれ……投げるわけじゃないよ……な……?』


 厳つい身体だが、綺麗なフォームでこちらを狙い澄ました白目が俺と目が合った様な気がした。


 大ジャンプの最高地点に達したんだろう。空中で一度止まる。


 そこへタイミングを合わせるように投槍。


 キジマの最後の一歩は足跡型に地面を埋め、攻撃力300オーバーの肩から投げられるノコギリをに変えた。


 とてつもないスピードと威力を持ってして、空気を切り裂き、抵抗を無視する。


 そして、攻撃力300から振るわれたミサイルはそのスピードから、時間という概念をへし曲げた。


 さっき投げたと思われたそのミサイルは、既にユウの目の前だ。


 死を前にして急激に回りだす頭は、走馬灯そうまとうという概念を持って時間を極限まで引き伸ばしてくれる。


 どうやっても避けられない。


 コイツで走馬灯を見るのは2回目だ。

 くそ!

 今度こそ死ぬのか?


 嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。


 決して時間が止まってる訳ではないと伝えられる様に、ゆっくりとミサイルが近いてくる。


 空中という名の絶対不可避空間。


 何か。何かないのか。


 だが、その答えは回る頭から帰ってこない。


 もうダメだ。


 人は死を前にして、突然後悔している出来事に気づいたり、思い出を振り返ることがある。


 それを今思い出したのだろう。

 いつかの記憶が蘇る。


 薄暗い路地裏に体育座りで座る俺。

 白シャツに黒いズボンどちらもボロボロだ。


 まだ小さい時の俺だ。


 誰だ?


視界が曇っていて顔がよく見えない。

 だけど、オレンジ色の髪だということはわかる。


 そいつは俺にこう言った。


 『君の願いはなんだい?』


 『俺の……願い?』


『うん! そんなに絶望した顔をした人は初めて見たよ! いや、絶望だけじゃない。 何か執念の様なもの……悔い?  があるんじゃないのかい?』


 『あ……ああ。でももうダメなんだ……妹も死んじまった。もう俺には生きる理由も、あいつを殺す気力も、力もない』


 体育座りでうつむく俺に、そいつはこう続けた。


 『何があったのか教えてくれないかな?』


 全てを諦めていた俺は何も隠さずそいつに全てを話した。


 親父がギャンブルにハマり、金がなくなって遊べなくなっては、俺と妹に手を出すようになった。


 母親は俺たちを置いて逃げ出した。


 『物を盗んでこい』と言われ、拒んだら殴られる。


 タバコの火は俺らで消す。


 食事や服はもらえない。


 妹の分は俺が集めた。


 ある日、妹と一緒に逃げ出した。


 母から唯一学んだのは、逃げることだ。


 なのにそれもダメだった。


 見つけ出されて、殴られた。

 

 食事もろくに取れず衰弱し切っていた妹は、耐えきれずに、動かなくなった。


 それを親父は俺のせいにして逃げた。


 警察に追われる俺はこの場所まで逃げてきた。


 もう逃げる気力もなくなった。


 もうほっといてくれとそう告げた。


 だけど、そいつは俺にこう言った。


 『じゃあさ! 僕が君の願いを叶えてあげるよ! どんな願いだっていいよ! 僕の条件を飲んでくれればだけどね!』


 それは、俺にとって最後の希望だった。

 それを簡単に受け入れてしまうほどに、俺はあいつを殺し、妹を救いたかった。


 『条件も聞かずに受け入れるなんてよっぽど恨んでいるんだね。 いいね!

 じゃあ契約完了だよ。 ようこそ【ノーオンライン】へ!』


 記憶が終わる。


 そうだ。


 そうだよ。

 

 なんのためにここにきたんだよ。


 妹をを助けるためだろうが!

 死んでたまるかよ!


 死ぬ直前の妹の顔が、声が浮かぶ。


 (お兄ちゃん……ユイはお兄ちゃんの妹で幸せだったよ……)


 諦めていたはずの心に、身体に火がともる。


 『こんなとこで死んでたまるかああああああぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!』


 目を瞑り、大声で叫びぶとともに願った。


 一度も信じたことなどなかった神に。

 虐待されていた俺たちを見捨てた神に。

 

 だけど、やはり願いは届かない。


 グサッ。


 ノコギリが刺さった音だ。


 やっぱり神などいないんだ。


 せっかく希望を見つけたのに… …

 せっかく思い出せたのに……

 このゲームをクリアして妹を助けなきゃいけないのに。


 だが、ここで俺は気づく。


 あれ?

 刺さったはずなのに痛みを感じない。


 目を開ける。


 目の前には青い髪のジャージの男。


 そいつの腹にはノコギリが貫通している。


 そう。


 神に届かなかった願いをこいつは拾ってくれたんだ。


 『ユウ……お前の願い。 聞き届けたぞ!

何しろ俺は忍びだからな!』


 サスケだ。


 ノコギリを腹にはさしたままのサスケと一緒に着地する。


 だが、サスケはろくに着地もできず、そのまま地面にぶつかるように倒れる。


 すぐにサスケに近づく。


 『おい……サスケ! サスケ!!』


 いろんな感情がごちゃ混ぜになり、泣きそうになりながら倒れているサスケに声をかける。


 『ユウ……お前だけでも生きろよ……』


 顔を地面に向けたまま、小声でサスケが言う。


 『待って……待って……』


 嫌だ。嫌だ。


 本当に泣き出しそうになる。

 その時、急にサスケがこちらを向いた。


 『嘘だ。 そんな泣きそうな顔をするな。 はっはっは! これは分身体だからな。 俺の【能力】忘れたか? 騙されたろ? ユウは反応面白いな!』


 本当に騙された。

 それにちょっと笑われた。


 さっきまでの感情が一気に吹き飛んだ。

 泣きそうになっている顔を拭いて倒れているサスケを踏む。


 『ちょ! ちょ! いて! 助けたよ! 助けた人にそん! な! 扱い酷くない!?』


 コイツ……これがなかったらすごいカッコ良かったのに。


 サスケが言う事を全く聞かずに、恥ずかしくて赤くなった顔を隠しながら踏み続ける。


 本当にいいやつだ。

 まだ会って少しの俺を助けてくれた。


 俺は嬉しかった。

 今まで酷い扱いばかりで、誰も、神さえも助けてくれなかった俺をこいつは助けてくれた。


 だから、これはお礼だ。

 踏むのは10回だけにした。


 そして、踏んでいたサスケが灰のようなものになって消え。

 ノコギリだけが灰の上に残る。


 本当のサスケであろう奴が横道から現れる。


 『おいユウ! 命の恩人を踏みつけるとは! 貴様! 見損なったぞ!』


 『お前が騙すからだろ……』


 そんなやりとりをしているとキジマが吠える。


 『何度モ何度モ何度モ何度モ!! 2人ゴト殺シテヤル!』


 そして、こちらに走ってくる。


 『ユウ。話は後だ。さっさとあいつを片付けるぞ!』


 『……なあ』


 『なんだ。まだ凹んでるのか。騙された話は後で聞いてやるから今は戦闘に集中し……』


 サスケの話の途中に俺は言った。


 『ありがとな……』


 『ふん! 素直じゃない奴だ。 まあそうだな。 次から助けが欲しいときはちゃんと俺を頼れよな。 


 サスケの方を見る。


 マスクをつけていてもわかる。

 照れているサスケだ。

 髪はピンピンに反応していて、喜びを表している。


 本当にいいやつだ。


 もう10m先にキジマがいる。

 ノコギリを持っていないため、ボクサーのようなポーズをとり、構えている。


 『よし、いくぞ!』


 サスケの言葉を合図にユウ&サスケ対キジマの戦闘が始まった。


 

 


 

 



 

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ノーオンライン おじいちゃん @oziityann

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