君の直ぐ側で死神と天使の攻防は続く

天猫 鳴

第1話

 今日はやたらに体が怠くて健祐けんすけはダラダラと歩いていた。


「健祐! 健祐スマホを忘れてるよ、早く鞄を見て! 早く!」


 健祐の直ぐ側に立つ少年が声を上げる。頭上を気にしながら一生懸命何度も声をかけていたが、なかなか伝わらず焦ってじたばたと健祐の周りを忙しなく歩いていた。


 やっと仕事が終わりぼーっとしながら帰宅途中の健祐は、ふとスマホが気になり鞄の中をあさる。


「あぁ・・・マジかよ・・・・・・」


 スマホが無い。


(デスクに置き忘れだ)


 溜息混じりに来た道を会社へUターン。数メートル歩いたとき大きな音が上空で響いた。


 ドーン!


 驚いて振り返ると硝子がバラバラと降ってくるところだった。


「嘘だろ・・・!」


 戻らず歩いていたならちょうど健祐の頭の上だっただろう場所にキラキラと硝子が落ちて突き刺さっていた。


「うわぁ、マジかすげぇ。危なかったぁーー」


 健祐は驚き喜び安堵する。


 店の明かりや車のライトを反射している硝子を見つめている健祐の周囲にヒラヒラと紙が舞い落ちて来て頭上を見上げた。高いビルの中程の窓硝子が割れてカーテンが舞っているのが見えた。


「くそっ、邪魔をするな!」


 健祐の直ぐ近くで人には見えぬ者の人には届かない怒鳴り声が響いていた。その声の主は真っ黒な羽を持ち頭に一対の角を持つ死神。


「じゃ・・・邪魔しますよ。ぼく・・・僕は彼の守護霊なんだから、と、と、同然でしょッ!」


 声を震わせながら高校生位の姿をした若い守護霊が大声で楯突く。3メートルに届くかと思うほどの背丈の死神は強面で、彼が逆らって勝てる相手には見えなかった。


「そいつは俺が連れて行く、どけ」

「退きません彼の寿命はまだのはずです。貴方の出番はずっと先・・・」

「死亡リストに入ったんだ」


 守護霊の言葉を遮って死神が言い放つ。


「そんなこと聞いてません、嘘だ!」


 死神はため息をついて首を振る。


「死神もルールは守る、嘘はつかない」


 そう言って守護霊にノートを差し出す。


「見てみろよ」


 守護霊は慌てて手に取ってページをめくった。


「そんな馬鹿な・・・何で・・・」

「あっただろう?」


 2人が話をしている間も健祐は興奮気味に上空と地面とを交互に見ていた。


「ま、誰からでもいいんだが丁度近くにいたからな」

「待って、待って天使様に確認してから」


「うるさいんだよ!」


 死に神の声にびくっと体を強ばらせて守護霊の動きが止まる。声だけでビビり固まる守護霊を見て死神が鼻で笑った。


「困りますね、私の部下に何のクレームですか?」

「天使様!」


 神々しく輝く天使が2人の間に姿を現して死神が舌打ちしながら目を細める。


「彼とは私が話をします。貴方は守るべき者の側にいてあげてください」

「はい!」


 強い味方を得た守護霊が明るい返事をして健祐の側に向かった。


 自分の直ぐ側で異界の者達のいざこざが起こっているとは思いもしない健祐は、スマホのことを思い出し会社へと向かって再び歩き始めていた。


「あっ、こらチビ! ノートを返せ!」


 天使が手をひらりと揺らしただけで、守護霊から死神へノートがふわりと戻っていった。


「死者のリスト。変更があったとは聞いていません」

「あの守護霊は名前を見た」


「死神が現れる時には名前が光ると、彼は知らないだけです。人は皆死ぬのですから必ず名前があるのは当たり前のこと」


 チッと小さく舌打ちをして死神が苦い顔を天使に向けた。


「食えないな」

「天使を食べる趣味が?」

「ねぇよ」


 2人で目を合わせて笑う。


「どうしてくれるんだ? 地獄への招待、後1人で100人だった。俺は階級が上がるところだったんだぞ」


 天使もニヤリと笑う。


「貴方ほどの方ならあの人間じゃなくても直ぐに達成できますよ」

「褒めて伸ばそうとは。流石、天使様」


 天使から目をそらした死神を天使が見つめる。


「しかし、解せませんね。死ぬ時でなければ死神といえども連れていけないはずなんですけどねぇ・・・」


 遠ざかる健祐の背を睨みながら死神が答える。


「あの人間は重い罪を持っている」

「知っています」

「昔の罪の記憶に蓋をして・・・、暗い心へUターンしかかってる」


 彼の話に耳を傾けていた天使がしばらくして口を開く。


「いじめ・・・ですか。キザハシは感じています」

「天使様はお優しい」


 皮肉を込めた死神の言葉に天使が眉間にしわを寄せる。


「暴言に暴行、器物破損に恐喝などなどなど・・・それらを虐めで括りますか」


 苦い顔をする天使を死神は面白がっているようだった。


「そして、自殺に追い込んでおきながら遊んでたとさらっと言うような人間。また始める人間を庇うのか?」


 牙を剥きそうな表情で死神がそう言った。


「しかし、寿命のある者を勝手に連れて行くのは世のことわりに逆らうこと」

「あの男が全うな人間からあくどい人間へUターンした途端に名前が光ることになってる」


 勝ち誇った顔の死神に冷たい視線を投げる天使。


「これは完全にフライングです」

「怪我をさせて入院でもしたら頭を冷やす機会になるかと思ってね」


 死神のその表情からそうではないことは直ぐに分かった。


(大怪我を負わして死を待とうと言うことだったに違いない)


 天使は冷ややかな目を死神に投げる。しかし、深く踏み込むことはしなかった。


「天使様も人が悪い」


 くっくっと笑いながら死神が天使の耳元に口を寄せる。


「あの男の心が暗黒に引き返したら守護霊も手が出せなくなる。そ・し・た・ら・・・」


 死神が声を潜ませて笑う。


「俺達の鎌が首に掛かりやすくなる。 ーーーそれを待ってるのかな?」


 天使は否定しなかった。ただ、じっと前を見据えて死神の声など聞こえない顔をして立っている。


「優しい天使様のお陰で、自殺した少年は怒りと恨みに飲まれて地獄に堕ちたよ」


 ぎりっと手を握りしめて天使は沈黙し続ける。


「いいですよ、尻拭いをして差し上げます。この漆黒の羽は天使様達の汚れを我々が拭ってきた証」


 意地悪な笑いと天使を残して死神が姿を消した。



 自分の死について語られる会話に気付きもしないで健祐歩いていた。


(なんか面白くなってきたな。あいつを呼び出して面白い話をしてやろう、もちろんお代はあいつもちで)


 健祐は意地悪な笑みを漏らしながら歩く。その側で落ち着きなくそわそわと心配するばかりの守護霊がいた。


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君の直ぐ側で死神と天使の攻防は続く 天猫 鳴 @amane_mei

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