肝試しの折り返し

沢菜千野

そのなぞなぞの答え

「じゃあ、次は藤堂らの番な」

「高藤さん、懐中電灯お願いね!」


 いってらっしゃい、とクラスメイトに肩を叩かれる。

 時刻は夜の21時を回り、懐中電灯に照らされた足元以外真っ暗であった。


 新月の夜、月明かりなんて優しい存在もいなくなっていた。

 今、頼れるのはくじで引いた相棒のみ。


 夏とはいえ、田舎の夜は肌寒い。

 森を吹き抜ける風が、静かに全身を撫でていった。


「藤堂……」

「何?」


 不意に袖口が引っ張られた。

 隣に歩いている高藤だ。

 

 調宮高校二年生。その美形は見るものを魅了する。誰に対しても優しくて、どんな人にも話しかけてくれる、天使のような存在だ。

 これまでも数多くの男子生徒が勘違いし、告白をし、振られた。

 今はまだ、恋愛とかそういうのはわからないらしい。もっとも、それは建前なんだと、振られた男子生徒は口を揃える。わからないと語るその顔は、どこからどう見ても、恋する乙女そのものなのだという。


「手、繋いでもいい?」

「怖いの?」

「ば、ち、違うよ。ただ、なんか、落ち着かないなあって」


 そう言って辺りをキョロキョロ。

 物音がする方へ顔を向けては、安堵の表情で正面を向く。

 どこまでもわかりやすいやつなんだよな、藤堂はそう心の中で呟いた。


「ほらよ」

「あ、ありがと」


 藤堂が手を差し出した手を、高藤の小さな手が弱々しく掴んだ。


 藤堂と高藤は、幼稚園に通うころからの幼馴染だった。だから、何をするにも常に一緒。手を繋ぐくらい、どうってこともなかった。

 そもそも、藤堂には密かに、恋心を寄せている人がいるのだ。周囲どころか、その本人にすらバレバレであるのだが、それはまた別の機会に。


「なあ、高藤ってさ、好きなやついんの?」

「は、何急に。珍しいじゃん」

「いや、何か、ふと思ってさ」

「ふーん」


 それだけ呟くと、高藤は喋らなくなってしまった。

 周囲で鳴く虫の声が妙に耳につく。


「さ、折り返し地点だ」

「うん」


 部活の合宿のと言えば、肝試しでしょう! という部長の一声で突如開催された肝試し。道中にお化け役の誰かが出てくることもなく、男女ペアになって、ただ森の中を歩くだけ。

 折り返し地点の目印は、雰囲気もへったくれもない、赤い三角コーンだった。


「これにこの輪をかければいいんだよな」

「そう」

「じゃ、これで終わりだな」


「……あのね、藤堂」

「今度は何だ?」

「これじゃあさ、あんまりにも味気ないから、一つ、なぞなぞをしない?」


 そんなことを語り出した高藤の表情は、よく見えなかった。


「好きは好きでも、甘くない、可愛くない好きってなーんだ」

「何だそれ。食べ物か?」

「ぶっぶー」

「じゃあ、すき焼きとか?」

「意味わかんない。第一、それ食べ物だし」


 やめだやめ、と藤堂が歩き出そうとすると、今度はさっきよりも強く引っ張られた。それこそ、体勢を崩してしまうほどに。


 倒れ込んでしまった藤堂の上に跨るようにして、高藤は座り込む。

 少し離れた位置に飛んでいった懐中電灯の明かりが、ぼうっと藤高を後ろから照らし出す。


「気付いてよ、新太のバカ」


 高藤は、消え入りそうな声で呟き、そして、そっと、藤堂の上に倒れ込む。


 ただ、じっと、動かない。

 鼓動が徐々に早くなってきたように感じて。


「ごめんね。さっきの答えは、これだよ」

「は、え?」

「甘くもなくて可愛くもない『好き』」


 重いよね。そう言って、高藤は立ち上がる。

 それが、何を意味するのか、本人以外にはわからない。


「戻ろっか」

「やっぱ俺、高藤のこと全然わかってないみたいだわ。わかりやすいやつだって、さっきまで思ってたはずなのになあ」

「えへへ。ごめんね」


 行きと帰り道。

 往路と復路。


 始点と終点、そしてその折り返し地点。


 どこに、どれだけの数、どんな意味であるのか、それは誰にもわからない。

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肝試しの折り返し 沢菜千野 @nozawana_C15

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