【KAC20203】Uターンして家業を継ごうと思ったら、実家がダンジョンになっててエルフ少女と攻略することになった話

最上へきさ

異世界ダンジョン掃除屋、開業!

 はじめにおかしいと思ったのは、帰りの電車だった。

 いきなりものすごい音がして、窓ガラスがびりびりと震えたんだ。

 山の向こうですごい砂煙。

 突然の非日常に、三十手前の俺も胸が高鳴ってしまった。


 でもその時は、砂煙の発生源が自分の実家だなんて想像してなかった。


「……嘘だろ?」


 最寄り駅からバスで二十分。

 ようやく辿り着いた実家は――ダンジョンになっていた。

 巨大な土山に、人の手で積まれたような石造りの門。


「あ、カズトくん久しぶり~……ってなにコレ? どんなリフォームしたの?」

「え、あ、アカリ? 俺も今着いたばっかりで……てかさっき、すごい音してなかった?」


 ライトグリーンの丸っこい軽自動車から顔を出したのは、幼馴染のアカリ。

 コイツも俺と同じUターン組だ。

 都内の大学を出て結婚したけど、離婚して実家の空手道場を継いだらしい。

 

「え? あー、事故でしょ? あそこの国道、信号ないからスピード出しすぎるんだよ」

「事故ってレベルじゃなかっただろ……って、うお! なんか出てきた!」


 おどろおどろしい骸骨が刻まれた鉄の扉が、独りでに軋み始めていた。


(ヤバい、これ、アレだ)


 映画とかで最初に異変に気づいて殺される一般人のヤツだ!


 畜生ふざけるな、俺だって大学出てから必死に働こうと思ったのに入った会社がワンマン社長のクソブラックだったせいで胃腸やられて鬱診断食らって「これ死ぬかな? 死んじゃうかな? 死んだら異世界行けるかな」って思ってたら意外とタフだったせいで普通にクビになって開放されちゃって実家の両親から優しい電話もらっちゃって情けないやら嬉しいやらでようやく覚悟決めてアパート引き払って実家の商売継ごうと思って帰ってきたのに!


(うわ走馬灯!?)

 

 ついに扉が開く。

 溢れ出す闇。中から姿を現したのは。


「――ぬかった! 暗黒殺戮大魔蟲ダーク・ターミネート・インセクトがここまでしぶといとはっ」


 女の子だった。

 明らかに普通じゃない感じの――具体的に言うと、耳が尖っている感じの。


 それと、彼女を追ってきたもう一つの影。

 黒くてテカテカして足がウジャウジャした――


「うおあああああああああああゴキブリだああああああああああああああ」


 デカいデカいデカい超デカいいいいいいいいいいっ!


「逃げるのじゃ、市井のものよ!」

「言われなくても! てか、アンタも逃げろよ!」


 人間大のゴキブリとかマジで悪夢だろクソがあああああ!

 半泣きになりながら踵を返した俺の目の前には、更に信じがたいものが――


「――避けて、カズトくんっ!」

「でええええぇぇぇぇっ!?」


 フルスピードで突っ込んでくるアカリの車!


 俺はとっさにエルフ少女と一緒に跳んだ。

 七百キロの鉄の塊はビッグゴキブリを吹き飛ばし、見るも無残なキチン質の塊に変えた。


 華麗なドリフトを決めた車から、アカリが降りてくる。

 近所のスーパーの袋を引っ掴んだまま、


「二人とも、大丈夫だった!?」

「あ、ああ。かたじけない。見事な手綱さばきだ、鋼鉄の騎手殿――」

「って、わああああああ! アカリ、後ろ!!」


 ぐじゃぐじゃになった巨大ゴキブリの足が、まだ動いてやがる!

 エルフ耳の少女は右手で印を切り、叫ぶ!


「――【ファイアボール】ッ!」


 生み出された火球は放物線を描いてゴキブリに命中するが。

 ヤツの足は止まらない。


「ぬううううう、やはり精霊魔法は効かぬか! 万事休すよっ!」


 何が休すだ諦めるな! 俺はゴキブリに食われて死ぬなんて死んでもイヤだ考えろ考えろ考えろ!


 ――そうだ!


「アカリ! その袋、渡せ!」

「これ!? なんで!?」

「良いから早く!」


 俺はスーパーの袋から食器用洗剤を引っ張り出した。

 火事場のクソ力で、キャップを引きちぎると、


「これでもくらええええええぇぇぇぇぇぇぇぇッ」


 ゴキブリに投げつけた。

 薬液を浴びたヤツはワサワサもがき始める。


「もいっぱあああぁぁぁつッ」


 袋に残っていた洗剤を更に叩きつけると。

 しばらくの後、ヤツは動きを止めた。


「……すごい。今度ウチにゴキブリが出たら、洗剤かけることにするね」

「ネットで見たんだ。東京のアパート、ゴキブリが多くてな」

「なんと凄まじい効果のポーションじゃ――これさえあれば皆を救えるッ!」


 呆気にとられたままの俺とアカリとは対照的に、エルフ少女は快哉を上げる。


「ワシはアーネリア、王都クリナンスから参った冒険者じゃ。『暗黒神の遺跡』に捕らえられた仲間を助け出し、遺跡を元の場所に戻すために力を貸してくれぬか、二人とも」

「分かったわ。私はアカリ、こっちはカズトくん」


 うおおおおおい! 二つ返事かよ!


「待てよアカリ、ツッコミどころだらけだろ!?」

「大丈夫よカズトくん。彼女、困ってるみたいだし、私は空手黒帯だし」


 何そのロジック。

 実家の道場で何学んでたの? 貸したままだったドラクエの周回でもしてたの?


「カズト殿――そなた、シロー殿とマサコ殿のご子息か」

「えっ、なんでオヤジと母さんの名前を?」

「申し訳ない。二人はワシとともに『遺跡』に挑み、暗黒神に捕らえられてしまった」


 うわー訊きたいことが増えた。

 何やってんだあの二人。もうすぐ還暦だろ!


「行くしかないわね。ちょっと待っててカズトくん、わたし、コストコで食器用洗剤のタンク買ってくるから」

「……あと、台車も頼む」


 アーネリアさんは魔法で傷を直し、コストコの巨大ピザで腹ごしらえ。

 アカリは車に積んであったグローブと試合用のプロテクターで武装。

 そして俺は、台車に積んだポリタンクの山。


「ゆくぞ、二人とも! この地に平和を取り戻すのじゃ!」


 勇ましいアーネリアさんの掛け声とともに、扉を開いた俺達を待ち受けていたのは。

 血肉沸き踊る大冒険!


 ではなく、害虫駆除だった。


「ひいいいいいいデカいのがいっぱいいる! 所狭しと! ところ! せまし! マジ、ああ、クソ! いやだあああああっ!」

「しっかりしてカズトくん! わたしが守るから!」

「【ストーンブラスト】ッ! ――よし、動きが止まった! カズト殿、頼む!」

「滅びろおおおおおおおっ」


 ゴキブリは一匹見たら十匹いると思え、なんてよく言うが。

 その理論だと、このダンジョン――『暗黒神の遺跡』にはざっと万単位のゴキブリがいることになる。

 確かにここは地獄だ。


 とはいえ流石にこれだけの数を相手にしていると、いい加減慣れてくる。


 最初は悲鳴を上げまくっていた俺も、とうとう自動食洗機の領域に達しつつあった。


 殴る、潰す、ぶちまける。

 蹴る、潰す、ぶっかける。

 叩く、潰す、撒き散らす。


 ――果てしない死闘の末、俺達はとうとう最深部に辿り着いた。

 最後の大広間で俺達を待ち構えていたのは、暗黒神の本体。


「愚カナ人間メ。ワザワザ我が餌ニナリニクルトハナ」


 今までの十倍強もあるゴキブリ。

 広間の天井まで届きそうなほどの巨大なゴキブリが直立している。


「こりゃ確かに神だ。最低最悪、地獄の底から這い出してきた暗黒そのものだ」

「カズトくん! アレ見て!」


 広間の奥にある祭壇。

 そこに捧げられている生贄は――

 俺のオヤジと母さんだ。


「まずいな。あの巨体……どうやって足止めすればいいんじゃ」

「大丈夫よアーネリアさん。私は空手黒帯だし」


 それ何の根拠にもならないからな!?

 って俺がツッコむ前に、アカリは走り出していた。


 とんでもなくぶっといゴキブリの脚が、アカリを掠める。

 アカリは迷うことなく、地面に触れている方の脚に回し蹴りを決めた。


「フハハハハ、ムダ、ムダムダムダムダ」


 一発、二発、三発――


「ヌゥン!?」

「良いぞアカリ殿! 効いているようじゃ!」


 アカリの存在こそ一番のファンタジーかもしれない。

 とはいえチャンスはチャンスだ。

 グラつく超巨大ゴキブリの脚を完全に止めるには――


「思い出した! アーネリアさん! 氷魔法だ!」

「あい分かった! 【ブリザード】ッ!」


 吹きすさぶ冷気が、ゴキブリの足を凍りつかせる。


「マダダ! マダ、ヤラレハセンゾォォォォォ」


 でも出力が足りない。

 ゴキブリの脚は完全に凍結するより早く動いて、氷を砕いていく。


「畜生、やっぱこれしかないかッ」


 俺はぼやきながら、洗剤のポリタンクを抱えあげると。

 ウルトラビッグゴキブリに向かって、全力でぶん投げた。


「アーネリアさん! 撃ってくれ!」

「人使いの荒い――【ウィンドカッター】ッ!」

「もう一つ! 次! オマケに! もう一個ぉッ!」


 都合五つのポリタンクは空中で見事に炸裂し――


「グ、グワアアアアアアアアアアッ!!」


 邪悪な暗黒神をベッタベタのドロドロに仕上げた。


「オノレ人間――我ハ滅ビヌ、決シテ滅ビヌゾ! 例エ形ヲ失ッテモ、必ズ第二、第三ノ我ガ――」


 ゴキブリにしては大層な捨て台詞を吐きながら、暗黒神は息絶えた。

 まあ文字通り、全ての気門を塞がれての窒息死なんだけど。


「ゴキブリが言うとやけに説得力のある台詞だな……」

「のんびりしている暇はないぞ、カズト殿。主を失ったダンジョンはまもなく消え去る!」


 そういうのは先に行ってくれ!

 意識を失ったままのオヤジと母さんを台車に乗せ、俺達は慌てて脱出した。


 地下に潜ってたのはほんの数時間だったけど、太陽の光ってこんなに素晴らしいものだったんだな。


「……とにかく。これで一件落着、って訳だ」

「ありがとう、カズト殿、アカリ殿。二人のおかげだ」

「お役に立ててよかった、アーネリアさん」


 俺達と握手を交わし、アーネリアさんは懐から取り出した宝石――テレポートストーンを空に掲げる。

 透明度の高い石を透かして、緑の山と青空と――


 砂煙が見えた。

 そして凄まじい轟音。

 『暗黒神の遺跡』が出現したときのような。


「……嘘だろ?」


 ――これが、地元にUターンした俺が新しく会社を起こすまでの顛末だ。


 家業を継ぐつもりだったんだけど、これはこれで悪くない仕事だと思う。


 この新しい仕事を、俺はダンジョン掃除屋と呼ぶことにしてる。

 そっちの方がカッコいいから。

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