想いびと橋

黒幕横丁

想いびと橋

 自分のことを想っている人、それを知れたらどんなにうれしいことでしょう。

 そんな願いを叶えてくれる橋がとある場所にあるそうです。

 橋の全長は三十メートルほどで、其処を通っている間に自分のことを想っている者が浮かんで見えるというものでした。

 自分を想っている人を知ることが出来るという噂はたちまち広がり、【想いびと橋】と名付けられた橋は、今では人力車に乗っての観光コースとなっております。

 今日も、そんな想いびと橋付近に止めてある人力車の停留所に一人の女性がやってきたのです。

「ここは、想いびと橋で間違いないですか?」

 休憩をしていた車夫に女性は尋ねます。

「えぇ、間違いないですよ。乗っていかれますかい?」

「お願いできますかしら?」

 車夫は女性を人力車の座席までエスコートをし、車を担いで進み始めました。

「本当に想ってくれている人の姿が見えるのよね?」

「そういう話ですよ? 俺の一度先輩の車夫に乗せてもらってやったことあるんですがね。橋に現れたのは昔飼っていた猫だったので、人ではありませんでしたが」

 車夫の説明に、それは可愛いですねと女性は笑う。

 他愛の無い会話をしている間に、車は橋の入り口へとやってきました。

「さて、いきますよ。心の準備は良いですか?」

 車夫が訊ねると、女性はコクンと頷き、その合図で車夫はゆっくりと橋を渡り始めます。

 ゴロゴロと車輪が動く音と、綺麗な川のせせらぎしか聞こえない中、車夫は乗っている女性を見ることなく、ただただまっすぐ橋の入り口に向かって進みます。

 そろそろ出口へとさしかかろうとしていたときのことでした。

「ストップ」

 女性が声を発します。その声に車夫も急に車を止めました。

「どうしましたか? お客さん」

 車夫が女性のほうを振り向くと、女性は何故だか怒っているような顔つきで、

「Uターンして頂戴」

 とそういうのです。

「もしかして、橋に現れなかったとかですか?」

「えぇ、そうよ! だからもう一回橋を渡って頂戴」

 まぁ、見えないことも良くあるから引き返せっていう客も多いんだよなぁーと思いつつ、軽くため息を吐いた車夫は橋を出てから旋回をし、もう一度橋を渡り始めます。

 先ほどと同じようなスピードでゆっくりとさっき通った道を通ります。

 やはり車の車輪と川の流れる音しか聞こえない中、車夫はチラッと後方の様子を伺います。

 女性はキョロキョロと辺りを見回す動作をしますが、どうやら手ごたえは無く、表情が曇っていくのが車夫にも分かりました。

 そして、さっき入った入り口へと着くと、

「もう一回渡って頂戴!」

 と女性は口を荒げるのでした。

 全く仕方ないと車夫はUターンをし、また橋を渡りきりますが、女性から出る言葉は、もう一度という一言だけ。

 何回も何回も橋を往復してさすがに車夫の体力の限界が来てしまい、橋から出て座り込んでしまう始末。

「お客さんねぇ、実は橋に誰も出てこないって言うのは嘘でしょ」

 車夫の言葉に女性は目線を逸らしました。どうやら当たっているようです。

「だって、琢哉くんの姿が浮かんでこないんだもん! 絶対浮かんでくるはずなのに!」

 車夫が詳しく話を訊くと、琢哉くんというのは今芸能界で売れている若手俳優で、その人の姿が見えるはずだというのです。しかし、女性が彼の身内というわけでもないらしく、

「イベントへ行って、親密に相談に乗ってくれたのよ。だから、私たちそういう絆が生まれているの」

 と言い出すのです。

 車夫は重いため息をはいて一言こう言った。

「アンタにとっては一人の人間だと想うが、その彼にとっては何万人の中の一人だ。想っている余裕すらないだろうよ」

 とね。

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