絆の木

鳥柄ささみ

絆の木

どうして自分はここにいるんだろう。


ふと、自問自答する。


そもそも一体ここはどこなんだ。どうして僕はここにいるんだ。


真っ暗の中1人。ぼろぼろの衣服を身につけて、素足のまま、立ち尽くしている僕。


思い返そうとしても、何も思い出せない。


ゆっくりと振り返ろうとすると「ダメ!」と女性らしき何者かの声が脳内に響いて、振り返るのをやめた。


……何だ、今の。


聞き覚えのあるような声だ。でも、誰だかは思い出せない。


振り返るな、ということだろうか。でも、一体なぜ?


「さぁ、早く。真っ直ぐ、振り返らずに進むの」


再び頭に響く声。それがどこか寂しげで悲しげで、優しい声だった。


彼女は一体誰なんだろう。


知っている気がする。きっと、知っている気がするのに、どうにも思考を邪魔するもやのせいで上手く思い出せない。


一歩ずつ前に進む。ザラザラとした足下は、ゆっくり歩けば痛くないが、力強く踏み込むと擦れたり食い込んだりして鋭い痛みが走った。


歩くのがつらい。それでも出るためには歩かなければならない。


痛みを我慢しながら、前に前にと先程の声に導かれるがまま進んでいく。


早くここから抜け出したい。


でも、どうして僕はこんなところに、こんなぼろぼろの状態で来たんだ……。


やはり考えても思い出せない。


ぼんやりと、真っ直ぐ前方が白く薄らと光っているのが目に入る。


あれは、何だろうか……?


「そこから帰れるわ」


再び聞こえる声。


あぁ、ここが出口か。やっと、やっと外に出られるのか……。


「ありがとう、さようなら……。きーくん……」


懐かしい言葉に、ハッと忘れていた何かを思い出す。


「マツバ……?」


きーくん、と自分のことを呼ぶのは彼女しかいない。そして、彼女は僕の幼馴染みで、何より大事な人だった。


どうして忘れていたんだ……!


踵を返すと、先程までゆっくりと進んで来た道を走っていく。足裏は足場の悪さで裂けたり擦れたり食い込んだりして物凄く痛かったが、それでも走るのをやめなかった。


「な、何で……?何できーくん、戻ってきたの?振り返ったらダメだって……。ここに来ちゃダメだって……」

「言っただろう?いつだって一緒だって」

「ダメよ。ダメ……!そうしたら、もう生きて戻れないのに……!!」

「あぁ、いいんだ。何より全て僕の罪なのだから……」


……全て、思い出した。


マツバとは、家が隣同士で、誕生日が同じこと。


幼い頃から何をするでもずっと一緒にいたこと。


マツバの実父が亡くなり、養父がやってきたこと。


マツバが凄惨な虐待を受けていたこと。


それを必死で守っていたこと。


そして、養父を殺してしまったこと。


親殺しは重罪だった。死罪に値する。だから、本来は僕がその罪を償うはずだったのに、彼女が僕の身代わりになった。


必死で周りに僕がやったと言ってもマツバを庇ったのだろうと信じてもらえず、そしてマツバは大地の父、キォクノナスクァ様の贄として捧げられることになった。


それを阻止するために、山を越え、川を越え、峠を越え、やってきたと言うのに。


本来は贄以外立ち入り禁止の場所。だからこそ、マツバはキォクノナスクァ様に頼んで僕に全てを忘れさせて家に返そうとした。


僕はまたマツバに守られるところだった。


振り返ったら、もう後戻りできないキォクノナスクァ様との誓い。振り返ったら贄となって、ここに永遠に幽閉され、その生を終えるまで、ここで一生を過ごさねばならない。


でも、それでもよかった。マツバと一緒にいられるのであれば。


マツバを掻き抱く。その身体は小さくて弱々しかったが、しっかりとそこに、確かに存在していた。


「もう離れないぞ」

「きーくんこそ。もう離してあげないんだからね」








そして彼らは絡まり、交わり、根を張ると、「絆の象徴」として國から祀られるようになった。

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絆の木 鳥柄ささみ @sasami8816

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