第17話 時間よ、凍れ


かつて幼馴染だったはずのミセルに敗れ倒れ伏したコーディンの喉元に、ヤコブの冷たい手刀が突きつけられる。


「こんなにも早くアンタを機会が来るとはな……漁夫の利とはこのことだな、ヒヒ」


ヤコブがコーディンの命を狙うのも、何も今に始まった話ではない。


初めて顔を合わせたときから、コーディンに対する敬意など微塵も匂わせず、露悪的な態度でつい最近の謀反を起こして本部をかき乱した事件もこのが主犯格の一人だ。


「……ヤコブ。貴様この俺を殺すことに執着しているようだが、何がお前をそこまで突き動かす?」


「シンプルな話さ……俺のこの肉体を見ればよくわかるぜ」


ヤコブは自らの体を覆う黒い繊維の首元を力強く引っ張って胴体を見せた。


そこから見えるのは人間の皮や骨ではなく、剥き出しの機械回路だった。


「なるほど……お前は戦造人間ですらなかったということか」


「その通り!俺は耐久性不足で生産中止になった戦闘用アンドロイド。戦造人間じゃあない。そんな俺が最強の戦造人間を始末して、利権を手にする。これが俺の計画だったのさ……面白いだろ?」


身の毛がよだつ邪悪な笑顔で見下ろす。


「データベースの改竄、ヴァイタルコアに標準搭載された自動身体検査の除去。アンタに近づくのには結構苦労したん……!?」


自身の計画を嬉々として語っていたヤコブだったが、その余裕は揺いだ。


コーディンの腕がピクリと動いている。立ち上がろうとしているのだ。


首に手刀を突きつけられているというのに?いつ首をはねられてもおかしくないというのに?


「立……ッ!? 動くな死に損ないがッ!」


「利権狙いか……本当にそうか?何かもっと大層な考えがあるように思えてならないが」


「……!」


コーディンは怯まない。既に敢然と立ち上がっている。


「……!おいゾル!その女のことはもういい!今はコーディンを……」


コーディンの見透かすかのような態度にたじろいだヤコブは話を逸らすかのように、ミセルとゾルに呼びかけるが、どうも様子がおかしい。


唸り声を上げながらミセルの胸のコア“邪心回路”を掴み取ろうとしていた。


「何なのコイツ……!」


ミセルも困惑している。


指示を無視したその狂行にヤコブは痺れを切らし叫んだ。


「ゾル貴様―――――――――――ッ!!何をやっている!!ここに来た目的はコーディンを殺すことだ!!基地を乗っ取っての反乱がしくじった以上、これが最後のチャンスなんだぞッ!」


しかし、ゾルは全く聞く耳を持たず、依然として邪心回路をむしり取ろうとしている。

まるで、そこから発せられる赤い光に惹きつけられているかのようだ。


「おい……聞いているのか?」


怒りを通り越して不気味さを覚えたヤコブだったが、その状況には既視感があった。


(まさかトランスの暴走と同じ現象か……?いや、あれは何か違う……!)


「あばひゃああああああああああああああああ!!」


一直線に突撃していくゾル。


「ワンパターン……」


見切られ、いいようにあしらわれている。


「じゃあね、クソ雑魚」


「お待ち下さい!」



二人の間に割り込んで止めに入ったのはヤコブ




「ちぃぃっ、ゾルめ、なんて使えない奴だ……!お前はもういい」


「グッ…………」


当身を食らい、ゾルは気絶して倒れ伏した。


「いやぁ失礼お嬢さん……こいつはこのヤコブの下僕なんですがね、どうも役に立たなくて困る……見る所、貴女も戦造人間が憎くて仕方ないようだ。このヤコブもそう!そこで一つ提案があるのですが……この私を今ここで貴女の部下として引き抜いていただけないでしょうか」


「え……?」


その申し出にミセルは思わず呆気にとられた。


戦造人間でないとはいえバースコーポレーションお抱えの戦力部隊の一員。それがどうして急に掌を反すのか。それがさっぱり理解出来なかったからだ。


「ミセル忠実な僕となりましょう!手始めに貴女に手を上げやがったこの糞野郎ゾルを止め!……そうすればそこにいる“お前“も満足する」


「何を言っ……て……?」


なにかに呼応するかのようにミセルの思考が遮らる。


そこに乗じてヤコブは宣言した


「俺の正体は……Y-92。お前と同じく“ヌクリア”によって造られた人工知能だ」


「……ヌク………リ……ア……………」


従うべき主の名を表すその単語が引き金となり、ミセルの意識は完全に上書きされた。


「……そウか、オ前も…………だったら話は別!是非お願いするわ」


コーディンは


「ヌクリアに造られたプログラム……だと……!?」


「冥土の土産に相応しいサプライズだっただろう?お前にもすぐにとどめを刺してやるよ……というわけでミセルお嬢様、ボイルを殺したとされる微細ミサイルを頂けませんか?」


「え?」


「威力が高い分、自爆を恐れてここぞという時にしか使わないのでしょうが、何分私はアンドロイド……危険な任務にうってつけです。綺麗な花火を上げてご覧に入れましょう」


このような申し出、普通なら受けない。相手が抜け目ない奴とわかっていれば尚更だ。しかし邪心回路の精神操作にあてられたミセルの脳はすっかり酩酊していたため、これを承諾してしまった。


「じゃあお願いしてみようかしら」


「ありがとうございます!では……テメェで味わいな」


「!?」


微細なミサイルを受け取った0.02秒後、ヤコブはそれをミセルめがけて指で弾き飛ばした。


ミサイルそのものが瞬間的に加速、爆発。隊長クラスの戦造人間の直接的な死因となったその威力が彼女を襲う。


「おいお~~~い!!社長令嬢たるもの、おだてに乗ってないでもうちょっと用心をするもんだぜ!何年も彷徨ってたからお作法をお忘れになられちまってたかぁ?ギャハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


ヤコブは勝ち誇って高笑いした。ヌクリアに施されたプログラムとは関係なく、天性の悪性から騙すことへの愉悦を覚えてしまっていたのだった。


「ご令嬢に用なんかねぇ!お前を我が物とさせてもらうぞッ!“邪心回路”よ…………!?」


伸ばした手が、止まる。


いや、止められたのだ。ミセルに掴まれて。


「な……なぜ生きて……!?」


「さっきの言葉は全て偽りだったのか……流石は“邪心回路(オレ)”の前身」


「ぐっ……うぅ……クソッタレがァァァァ!!」


ヤコブは、自由な左腕を振りかざした。


もう計略も何もあったもんじゃない。戦いの最中でどうしようもなく追い詰められてしまえば、最後に残るのは悪あがきしかないのだ。


ヤコブの体表面が鳥肌のように際立つと同時に、それらが一瞬にして纏まり刃が迫り上がる。全身を刃にし、力いっぱい振り下ろす。


だが無駄だった。


「ぬぅぅっ……刃が……通らない……!」


「悔しいでしょうなァ兄者……俺のようにもっと私の肉体強度を上げられれば」


「や、止めろ“邪心回路”!!俺達は……兄弟じゃあないか!お互い親愛なるヌクリア様によって造られたプログラム同士!!さっきのはほんの冗談だ!そう、アナタの力を試したんですよ!!やはりアナタこそワタクシめの主人にふさわしい!!……おい!止めろ!!こっちに来るんじゃあないこの化け物ッ!!本当に俺を殺す気か!!!?」


「当たり前でしょ」


ミセルの指が頭部に突き刺さり、エネルギーを注ぎ込む。


「助け蜉ゥ縺代※縺上l縺。縺上@繧?≧縺?繧後〒繧ゅ>縺?%繧薙↑縺励↓縺九◆縺ョ縺槭s縺倥c縺??縺?¥縺昴▲縺溘l繧√?縺」縺上≠縺」縺キ縺後?縺上@繧?≧縺励↓縺?¥縺槭⊇縺医★繧峨°縺上↑!!」


声になることなくバグった電子音を撒き散らしながら、ヤコブの体は木端微塵に吹き飛んだ。機械断面が剥き出しになった金属の塊が無惨な形状となって地面に落下していく様を、コーディンはただ見ていることしか出来なかった。


























戦造人間が作り出されるようになった直後は、まだ批判の声が多く、規制のためにリバース獣全体をまとめて相手取れる程の数を生み出すことが出来なかった。


そこで生み出されたのは戦闘用アンドロイド。代替品になり得ると、戦造人間反対派の期待を背負って彼らは戦場へと送り込まれた。


しかし、彼らの致命的な欠点が浮き彫りになってきた。彼らは耐久性の低く、また修理に必要な素材も高額だったのだ。それに比べて戦造人間の方は、バイオテクノロジーの著しい向上によって欠損した肉体の修復も容易になってきていた。

戦造人間を減らすために造られたはずの戦闘用アンドロイドは、皮肉にも戦造人間の強化によって生産中止に追い込まれたのだった。


そんな戦闘用アンドロイドの残骸に目をつけたのは、科学者ヌクリアだった。彼は装着者の肉体を強化すると同時に人格を捻じ曲げ、自らに都合のいい兵士へと変えてしまう悪魔の装置を密かに開発していた。


試作品の一つ、Y92をこっそり持ち出した戦闘用アンドロイドの残骸


エネルギーが空になっていたにも関わらず


その日からY-92_______ヤコブはこっそりと戦造人間の部隊に潜入し、諜報活動を行うようになった。


戦造人間の必需品であるヴァイタルコアから生体スキャン機能をナーフし、またデータを改竄することによって自らが戦造人間ではないことがバレないようにした。


ある時には自らの肉体を改造して


しかし、ある日突然ヌクリアは死んだ。


プログラムに従って動いていたヤコブだが、何も感情が全く無かったわけではなかった。


ふと気付いたのだ。自分に大して忠誠心というものがなかったことに。


それ以降彼は目的を『ヌクリアのための諜報』『自らの成り上がり』に切り替えたのだった。



ファラデー、カスケード、テルミット、トランスの4人が駆けつけた。


「何が起こってるんだ……!?」


バラバラになってはいたが、辛うじてヤコブの顔の一部だと判別できる程度に原型が残ってはいた。


「ヤコブ……なんで……ていうか死ん……ッ」


ファラデーの不安を遮るかのようにカスケードが声を張り上げる。


「救助だ、救助信号を出すんだ!何百回でも連打しろ!!秒で来てもらわないと困る!!」


最優先すべき


「しかしあの少女はなんだ……?まさか彼女が敵なのか!?」


「あの顔なんかどっかで見たことあるような……」


戦造人間の部隊における区分は、『隊長』と『隊長でないもの』の2つだけと言っても過言ではない。それだけ隊長というものは別格の戦闘力を誇っているのだ。


その隊長であるコーディンが、たった一人の少女の前で叩きのめされ倒れ伏しているというのは、隊員達にとっては到底信じがたい光景だった。


「救助が来るまで持たねぇ!俺達で隊長を助けるんだ!」


「無理だよ!私達じゃ絶対に勝てない……隊長ですら勝てないような相手に……」


「テルミット……!」


「うおあぁーーーーーーーーッ!!」


「ちょっとファラデー!?」


話を聞かず飛び出した。


「あら、戦造人間にしては小柄な子ね。あなたは何が出来るの?見せて頂戴」


「やってやるッ!まずこれがステージ1!」


電撃を纏った拳を目にも留まらぬ速度で連続して叩き込む。


「そしてこれが、ステージ2だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


電気が炎へと変わり、ラッシュの威力を増す。


ステージ1程の速さは無いが、代わりに一撃ごとの重さ、威力が増している。


「ありがとう、もう十分」


しかしその拳はミセルの細い腕に掴まれ、難なく受け止められてしまった。


「電気と炎、2つの力……面白いけど、一気に見せちゃうのは悪手じゃない?」


「うわっ……!」



「ファラデー!……ううっ!!」


トランスもファラデーを救うべく飛び出そうとするも、ロバート・チャールズとの戦いで前身に受けた傷が痛み、よろめいて地面に激突してしまった。


「行くなトランス!!もうファラデーはダメだ!残酷だが、隊長と無事な者だけで逃げるしかない……!」


「そんな……!?」


「うっ、ファラデーッ……!!」


トランスは絶望で顔を上げられない。テルミットも涙ながらにうめき声を上げている。


頼みの綱は軒並み倒され、万事休すかと思われた。


「……来た」


かすかなエンジン音を戦士達の耳が捉えた。


救助が来たのだ。


「お疲れ様、坊や。まず先にあっちから……」


救助に来たビークルを狙撃しようという魂胆のようだな


「……ちょっと待て!!」


「……ん?」


「確かに一気に見せるべきじゃなかったな……でも実はもう一つとっておきがあるんだ……見せてやるよ……ステージ……“3”……!!」


その宣言と共に、少しずつ腕の炎に変化が生じ始めた。


どんどん勢いを増していたが、やがてそれが止まり、


エネルギーがオーバーフローし、逆に周囲の熱を奪っていく。




周囲の空気が一瞬にして“冷えた”。



氷の塊の中に閉じ込めた


「………………………………!!」


「今だーーーー!!皆逃げろ!逃げるんだァァァァッ~~~~~~~~!!」


響き渡るファラデーの声。


ミセルの全身のみならず、突き出した彼の両腕もまた氷塊の中に埋もれていた。引きちぎっての脱出も試みようとしたが上手くいかなかった。体温が奪われて力が出ないのだろうか。だから彼は自らの脱出は諦めて、仲間達を逃がすことだけを最優先としたのだった。


「」


「ファラデー!」


「駄目だテルミット!隊長が最優先だ!」


「でも……」


「そうだァァ~!!俺よりも隊長を連れて行け~~~~~~~~ッ!ついでにゾルも……!」


ファラデーとコーディンの間には大きな距離があり、救出するのは非常に時間がかかるだろう。その間にミセルが氷を突き破って出てくる可能性を0と断じることは出来ないのだ。


コーディンを助け、ファラデーは見捨てる。全滅を避けるための合理的な考えだ。


合理的なのだが____心は納得できない。


「見捨てるなんて嫌だ……ファラデー!」


「テルミット!」


「俺は大丈夫!……必ず帰る、約束だ」


「……!」


テルミットは迷いを振り切り、コーディンの元へと駆け寄ってその体を両手で抱き上げた。


「約束破ったら……蹴り入れるよ……ッ!!」


涙ながらに捨て台詞を吐いて、搬入用ハッチからビークルに飛び乗る彼女の後ろ姿をファラデーは見送った。


「……」


カスケードとテルミットとトランス、コーディン、そして気絶していたゾル。


ファラデーとヤコブだった金属の残骸を残して一同はその場を後にした。


二人を閉じ込めた氷塊が遠ざかっていく。


「うううっ……ファラデー~~~~~っ!」


一度押し殺したはずの激情が溢れ出るかのごとく、テルミットは泣き出し始めた。


今でこそ彼女はスポーツマン染みた爽やかな少女といった印象だが、かつての彼女は足技以外の長所がないことに対するコンプレックスに悩まされていた。


ある時カスケードと出会い、同じようなコンプレックスを持っていた二人は互いの溝を埋め合うかのように打ち解けた。


生殖機能を持たない戦造人間にとって、二人の関係性は異常なものに映り、また本人たちもそれを自覚しつつも依存をやめられずにいた。


そんな雰囲気を変えたのが、突然間に割り込んできたファラデーだった。











(よっお二人さん!俺とチーム組んでくれない?俺、結構強いし役に立つよ)


(誰だお前?)


(よくぞ聞いた!俺の名はファラデー、今に世界中を痺れさせるニュースターさ)


(……なんだそりゃ)


(……いいんじゃない。二人だけより三人になったほうがいくらか有利だと思う)



(なんなんだお前!口ほどにもないじゃないか!)


(真の力はまだ隠してんだよ!)


(あーはいはい)



(おっ、また舌絡ませてんのか?よく飽きないよなー)


(キャッ!?)


(ノックぐらいしろこのボケ!!)



(アンタ電気なんか出せたの……助けてくれてありがと)


(だーから言ったろ?真の力隠してるってさ!)


(傷口に砂鉄ビッシリだけど)


(え?……ぎにゃあああああああああああ!?)


(先が思いやられるぜ……)










過去の記憶を振り返り、泣きじゃくるテルミット。


ロクショウの安否は確認できず、ファラデーは置き去りになっている。ヤコブは死亡。


コーディン、カスケード、テルミット、ゾル、トランス。


残ったのは上記5名。


たった一人の少女によって、主力部隊は壊滅寸前に追い込まれたのだった。









「…………UJYUAAAAA……!!」


暗闇の中、敗れ去ったはずの魔獣が白い液体を滴らせながら再び立ち上がる。


自身を打ち破った戦士達への復讐心を燃やしながら。


「奴ら……このロバート・チャールズによくもこんな仕打ちを……待っていろ、直に思い知らせてやる……!」





次回 ~ホーム・ノットアローン~




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コードインリバース プラセボ @placebokiyasume

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ