第16話 天使か悪魔か
前回までのあらすじ
未知の白いリバース獣を街から引き離し森まで誘導したロクショウ。
しかし、避けることだけが取り柄な彼には決め手になり得る技を持っていない。
仲間が駆けつけるまで時間を稼ごうとするのだが……
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草木生い茂る森の中に入ってから、ロクショウはひたすら逃げに徹していた。
敵が自分一人では到底敵わない相手であること、仲間が来るまで待ったほうが良いということをわかっていたからだ。
しかし、相手はふわふわと宙に浮いている蛇とも鰻ともつかない奇妙な生物。
木などの障害物を巧みにかわし、接近してくる。
加えてロクショウ自身には大した攻撃技がなく、本当に避け続けるだけしかできない。
そんな攻防を繰り返していては、やがて追い詰められるのも時間の問題だった。
白い体が、ロクショウの首を締め上げる。
「うがっ……!」
絹のように柔らかそうな皮膚をしていたが、そんな外見からは想像もつかないほどの凄まじい力だ。
(こいつ……ふざけた見た目とは裏腹に凄まじいパワーとスピードを持ってやがる!)
「テメェヨォ~ヨクモ余計ナコトシテクレタヨナァ~セッカク気持ちよく女の子の選定シテタッテイウノニヨォ~」
「ゲッ!」
ロクショウは首を絞められ、宙に釣り上げられた。
元々ロクショウに大したパワーが無いことも相まって、限りなく“詰み”に近い状態だ。
「テメェモ食ッテヤリタイトコロダガ、ソレダトイズレ足ガツク……シンプルニ首ヲネジ切ッテヤルコトニスルゼ!」
「ぐわあああああああ!」
万事休すな状況。
しかし、突如リバース獣の力が緩まった。
「コノ俺ニ背後カラ攻撃を食ラワセルトハ……」
その声が向けられた先には、ロクショウの救難信号を聞いて駆けつけた戦造人間の一人テルミット。彼女が蹴りを入れたことで気を取られたのだ。
「とんだ邪魔が入ったなぁ~……こいつの仲間か……」
テルミットに続いてファラデー、カスケード、トランスもやってきた。
「遅かったな……半年以上待たされたかのような気分だぜ」
「ごめんて」
これで戦造人間が5人揃ったことになる。
「マァイイダロウ……ドウセソイツハモウ既ニ戦エナイ体ニナッテイルンダカラナァ~オ前ラヲ片付ケタ後デイツデモ始末デキルトイウワケヨォ」
「何それ……私達のことなめてんの?」
「ナメテイル、ダト?フザケロ!相手スベキハタッタ4人!コレヲ恐レロダナンテ、土台無理ナ話サ!オ前ラコソ、俺ノコトヲ何モ知ラナイダロウ?教エテヤルヨ、俺ハナ、ソレコソ100年以上前カラズット今ト同ジヨウニ人間ノ内臓ヲ食ッテ、ソノ抜ケ殻ノ中ニ入ッテ楽シク遊ンデタノサ……シカシ、嗅ギツケテ邪魔シヨウトシテクル奴ラガ現レタ……誰ダト思ウ?ソウ、ゴ存知戦造人間共!」
「!」
自分たちよりも前の代から戦造人間は戦いを続けていた。
なのに尚こいつがのうのうと生きているということは、先人は敗北したということに他ならなかった。
「何度モ何度モ、決マッテ数十人近クノ大所帯デ俺ヲ討伐シニ来タ、オ前ラト違ッテ!デモ駄目ダッタ、俺ニハ敵ワナイッテワケ!ギャハハハハハハハ!!」
「みんな気をつけろ……そいつのパワーは凄まじいぞ」
ロクショウが忠告する。
こいつは上位種のピラミッドの中でもかなり上の部類だ。
実際に触れたからこそロクショウにはそれがわかる。
「教エテヤロウカァ~?寄生虫トハ違ッテヨォ、俺ハ自分ノ力デ人間ダッタモノ、ガワヲ操縦シテルノサ。ソレヲコンナ細イ体デドウヤッテルカ、気ニナルカイ?……ドウセ多人数相手ダ、答エヲ見セテヤロウ!」
「!?」
白いリバース獣はおもむろに両腕を広げる。
すると、その体に変化が起き始めた。
豆腐のような白い体が蠢き、変形していく。
先程まで軟体動物のような外見だったが、それがたちまち角張ったものへと変わっていく。
突起が生え、角張った形を帯びていく。骨格が出来上がっていっているのだ。
そうして伸びたは更に細かく分岐していき、四肢を形成する。
そうして体の表面積が増え、先程までのぷよぷよした肉が強張り、重さが増していく。
そこにあるのは鍛え上げられた戦士かのような筋肉だ。
「なんてことだ……こんな奴が今まで存在したか?いや、ない!なんなんだコイツは!!今まで戦ってきたリバース獣は下級上級問わず既に存在している生物に近い生態を持っていた……だがこいつは違う!決まった形が無いんだ……不定形なんだ!そ、それに、それにこの形はまるで!“人間”ッ!」
「Hello,idiots……おっと、そうだ。今後私のことは“ロバート・チャールズ”とでも呼ぶといい」
体は異常に白く、眼球は奇妙な色合いをしているが、それ以外は人間と遜色ない風貌をしていた。
「ああ、そうだ。私のことなら“ロバート・チャールズ”とでも呼ぶといい」
人間のような名を名乗るその生物は、リバース獣特有の片言ではなく、流暢な言語を発した。
これもまた奇怪なことであった。
「なん……」
カスケードの言葉は腹に膝蹴りが炸裂したことで中断させられた。
「勝負は既に始まっている」
「カスケード!」
ファラデーは攻撃で生じた隙をついて、ライディーンの炎で攻撃しようとした。
ライディーンとは、ファラデーが持つ超能力の名前だ。
電気を発生させるステージ1を基本とし、更にそこから派生したステージ2で炎を操ることが出来るというわけだ。
「甘いなァ……考えが甘いぞ小僧」
しかし、ロバート・チャールズはその燃え盛る拳を軽々と受け止めた。
「今までそこのロクショウとかいう唐変木でもこの俺とやりあえていたのは、ただ俺が細く小さかったからというだけに過ぎない……サシでの勝負ならそれでもよかったが、複
こうして体格が一緒になれば話は変わる!パワーのみが物を言うというわけよぉぉぉぉっ!」
「遅いぞクソカス共!その程度の戦闘力で俺を倒せるなどという非現実的な発想を1秒でも抱いていたのかァァァァ~!?」
「はああああっ!」
「さっき俺を蹴ったのはお前だな~?」
「がっ、あぁ……!」
ロバート・チャールズの手がテルミットの頸動脈を締め上げる。
(ダメ……なんとかしな……い……と…………)
テルミットの意識はたちまち闇の底へと沈んでしまった。
「気絶したか……」
ロバート・チャールズ白目を向いてぐったりとしたテルミットの体のラインをまじまじと見つめた。
「う~ん」
ファラデーやカスケードを放置し、テルミットの体を弄り始めた。
「貴様!……汚らわしい手で触れるなァァァ~ッ!!」
怒髪天を衝き、カスケードが銃を乱射しながらロバート・チャールズへと激突していった。
「どいつもこいつも学習しないな!」
「ぐおっ!」
ロバート・チャールズのパワーで、カスケードは吹き飛ばされてしまった。
(大抵のリバース獣は俺達よりも強いパワ-を持っているもんだ!しかしそれでも俺達が勝ってこられたのは、体構造の違いの要因が大きい……しかし今コイツは俺達と同じ体格!そうなれば、最早格闘戦において弱点は無いのか!?)
カスケードの脳裏によぎった、諦めの思考。
これまで大勢の戦造人間が挑み、散っていった敵にたった5人で叶うものだろうか?
「さて、当初の予定通り最初に殺すのはお前だ!」
「!?」
先程までテルミットの体を撫で回していたのに、もうロクショウの近くまで移動している。
気絶した女性に対する興味は失せ、止めを刺すことに決めたらしい。
「ロクショウ~ッ!」
ファラデーの悲痛な叫び。
しかし、ロクショウはそれを風に吹かれた柳のように華麗に避けてみせた。
「何……?」
「……やっとこさ見切れたぜ」
もう一発と拳を打ち込むも、それすら躱される。
「何故だ、どうして攻撃が当たらない……!?」
「……俺を始末しようとするにあたって、人の形になったのは間違いだったな」
「何だと!?いっちょ前な口を叩くな!」
「なぜ当たらない……!?」
「俺のこの拳法は、避けることのみに特化している。具体的に言うと、相手と自分の気を衝突をクッションのように利用して軌道を反らせているんだ……相手が人なら特にやりやすいというもの!それに、さっきまでお前がリバース獣かわからなかったが……イカだな?体表のぬめりのお陰で力を流しやすいぞ、!確か“イカは空を飛ぶ”なんて書いてあった本もあったっけな……」
悠長に話を続けるその様に、ロバート・チャールズは苛立ちを隠せなかった。
「ぐぬぬ、貴様ァ~!さっきの車の件といい、どこまでも俺を苛つかせる!」
ロクショウはロバート・チャールズの攻撃を巧みにかわしつつ、一番近くにいたカスケードに目配せした。
その目から、カスケードは何か意図を感じたらしく、慌ててファラデーに呼びかけた。
「ファラデー!今のうちに集合してくれ!ロクショウが時間を稼いでくれている間に、ツヴァイレイザーの構えを!」
「すまん俺、腕を負傷しちまって……両腕じゃないとツヴァイレイザーは扱えねぇよ」
「考えがある。そのツヴァイレイザー、俺に渡せ!」
「え?」
ファラデーは困惑した。
ファラデーのライディーンから発生する無尽蔵のエネルギーを前提とした武器。
それ故並の戦造人間が扱おうとすると、生命エネルギーを吸いつくされて死んでしまうはずだ。
「だからお前は俺の手を握っていてくれ。俺の体表を通してお前のエネルギーを流し込む!」
「あ~……その手があったか!」
「感心しながらでいいからさっさと取りかかれ!時間がない!」
ファラデーのエネルギーがカスケードの手を伝ってツヴァイレイザーへと流れ込んでいく。
ロクショウの回避術はその時間稼ぎにうってつけだった。
しかし、停滞は長く続かなかった。
ロバート・チャールズは苛立ちを顕にして怒鳴り散らす。
「えぇい、もうこんな茶番は沢山だ!拳状で当てられないというのならッ!腕だけを元の紐状に戻し!先程のように縛り上げてやるだけだ~~~~!」
腕を変形させてロクショウの胴を縛り上げ持ち上げた。
さっきの状況に戻ってしまった。
「白い腕、ヌルヌルした触感……お前、もしかして“”イカ“のリバース獣なのか?」
「俺の名はロバート・チャールズだと言ったはずだ!」
「ぐあああああ…」
手には吸盤があり、その一つ一つがロクショウの顔に吸い付く。
次第にそれは鉤爪のように尖り始め、白い液体が分泌され始めた。
その液は謂わば精子のようなもので、ロクショウの肌をジリジリと焼き焦がす。
「うぐぁあぁっ……!」
ロクショウは思わず苦悶の声を上げた。
「クハハハハハーッ俺の変幻自在さを甘く見たのが命取り!ザマァミロ~ッ……!?」
後頭部に強い衝撃。
それは、トランスによる攻撃だった。
しかし、その顔はひどく紅潮し、目も血走っている。
明らかに暴走している。
「さっきから何なんだ……こいつを始末しようとすると決まって邪魔が入る……」
「ウゥゥ~……ガァァァァ~ッ!」
トランスの拳がめり込んでいる。
普段から筋肉質であるトランスの体だが、今はそれが更に盛り上がり、加えて白目をむいている。暴走しているようだ。
「フン、弱そうな」
「弱そう?とんでもない……なんならこいつが一番強いまであるぜ」
「ウゥぁっ~~~~~~!」
勢いのままロクショウにも襲いかかろうとしている。
しかし、不思議なことにロクショウの心は落ち着いていた。
「待ってくれないかトランス!俺は何もお前と戦う気はねーんだ。お前をかき乱そうだなんて思っちゃいない。何しろ俺自身うんざりしているからな」
トランスは、止まった。
「お前、ストレスを感じてる口だろ?だからそこに介入されてると精神バランスが崩れる」
「ア……」
息切れしながらもロクショウの話を聞き続けるトランス。
彼女のどことなく表情が和らいだように見える。
「お前は悪党じゃねえ、俺はちゃんとわかってる。……あいつらもきっと同じだろうよ。だからさ……」
ロクショウが最期まで言い切るよりも先に背後にロバート・チャールズが回り込んでいた。
「お話が長いよ」
その手刀がロクショウの背中をかっさばく寸前。
「ウグッ!?」
ロバート・チャールズは止まった。
いや、止められた。
「……トランス!」
「うぅ……ぐぁあぁぁああああああ!」
怒りに任せたものではない、狙いすましたトランスの拳がロバート・チャールズの胸部を貫通したのだ。
「が……ああ……馬鹿な……!こんな……これは……!」
ロバート・チャールズのその顔は、驚きに引きつっていた____
かに思われた。
「……好都合だ」
その真意は、狡猾な喜びに過ぎなかった。
心臓部分を貫かれたにも関わらず、ロバート・チャールズは平然としているのだ。
「俺の体は自在に変形できるんだ…心臓が胸部にあるとは限らないだろ?そこに考えが至らぬとはなぁこのマヌケがぁ~!」
そういうロバート・チャールズの腕からは白い液体が滲み出、トランスの全身を覆い始めた。
「これが何かわかるか……クク、これは俺の精子さ」
(精子!?イカは腕から精子を出すという話を聞いたことがあるが……まさか!)
「うあぁあああああ!!」
ゆっくりとだが精子が繊維に染み始め、やがてトランスの全身を焼き焦げるような激痛が走り始めた。
「さぁ孕め!全身で俺の子を孕めっメスクズがァ~!!」
「……止めろ!」
「!!」
このまま精子の量を増やされていたら、たちまちトランスは絶命してしまっていただろう。
しかし、そうはならなかった。
「トランス……早く腕を抜いて逃げろ……!」
「!?」
ロクショウがロバート・チャールズの腕を抱きかかえ、トランスから引き離したのだ。
無論、依然として精子は流れ続けており、そのダメージはロクショウに行く。
「アァ……ロク……ショウ……?」
「早く行けーッ!俺だって早く逃げたいんだーッ!」
ロクショウの悲痛な叫びを受けて、トランスの表情から強張りが薄れた。
冷静さを完全に取り戻したようだ。
「ウゥ……ッ」
言われたとおり自身の腕を胴体から引き抜いて逃走した。
しかしロバート・チャールズはそれを追いかけようとはしなかった。
どの道全員始末する。その順番が変わるだけだからだ。
「お前、この俺に対して抱かれるのが好きかとか言ってたなァ~……いっちょまえにセックスアピールしてた割にはかなり苦しそうじゃないかァ!お前の次はさっきの女、足がデカい女、残り二人の小僧にもお前同様俺の精子で犯し殺してくれるわーッ!」
「それはどうかな!」
「何?」
「俺達戦造人間の胸に付いてるこの装置、“ヴァイタルコア”っていうんだがよ……俺達が今着てるこの黒いスーツもこいつから生成されてるんだ、便利だろ?……そして今、こいつを取る!」
肘を器用に使って自身の胸部にされていたヴァイタルコアを回した。
ロックを外されたその瞬間、彼の全身を包んでいた黒い装甲が一瞬にして粉と化して撒き散らされた。
「染み込んだテメーの精子、お返しするぜ……利子付きでな!」
「うおおおっ……!?」
舞い上がった粉は本来ならそのまま風に乗って消え去るのだが、精子と結びついたことで固まり礫となってロバート・チャールズに襲いかかる。
「今だ!ファラデー!」
チャールズがたまらず手を離した瞬間に、ロクショウが指示を飛ばす。
その叫びを受け、カスケードはツヴァイレイザーの引き金に指を置いた。
「行くぞファラデー!絶対に離すなよ!」
「了解!“
引き金が引かれ、ツヴァイレイザーから圧倒的な衝撃波が放たれた。
周りの木々を薙ぎ倒し、確実に迫っていく。
「よし……!?」
逃げようとしていたロクショウの腕を何かが掴むのが見えた。
「ロクショウ!?」
「仲間の武器でテメェが逝ケ!!」
礫から逃れたロバート・チャールズが腕を伸ばし、ロクショウを執拗に引っ張ろうとしていたのだ。
先程まで人間に近かったその顔は崩れ、醜悪な怒りを顕にしていた。
ファラデー達もそれに気づいたが、かといってこの破壊光線を止める事はできない。
チャンスは今しかなく、途中で止めれば本来の所有者ではないカスケードの命の保証もない。
「そんなに俺と一緒にいたいかよ……だったら!こっちからそっちに行ってやるよ!」
ロクショウは逆にロバート・チャールズの方へと走り出した!
当然ロクショウも逃れられなくなる、しかしそんなことは彼自身承知の上だ。
道連れにしようというのだ。
ロバート・チャールズは突然の反発力に虚を突かれ、わずかに前方によろめく。
その隙きを突いてロクショウはロバート・チャールズを羽交い締めにした。
「食らえェーっ!」
「ぐおおおおおおー……!」
(何だ!?このエネルギーは!?電気か……炎か!いや違う!!)
直撃したことによる激しい激痛を紛らわすためか、その異様な感覚を分析していた。
ファラデーの持つ固有の超能力、“ライディーン”。
ステージ1は電気、ステージ2では炎を発し操る。
しかし、その本質はあくまで“無からのエネルギー発生“、この一点に尽きる。
圧倒的エネルギーは次第にオーバーフローし、周囲の熱を奪い始める。
(微かだがこれは……“《《氷》》“……!?)
ロバート・チャールズの体は弾け飛んだ。
「やった……のか?」
ようやく倒せた。
しかしファラデーが心配なのはロクショウの安否だ。
「ロクショウ!」
「あっ、おい!」
カスケードが静止する間もなく、ファラデーはロクショウを探しに駆け出した。
「ロクショウ……ロクショウ……!死ぬな!!」
「死んでねぇ……」
「!!!!!!……ロクショウ~~~!!」
ロクショウの声が耳に入った途端、ファラデーの目から大粒の涙がドバドバと溢れ出した。
「どこだ?どこだ~~~~~?!」
「ここだ……俺は無事だぜ……あいつが盾になって直撃は免れた……」
「良かった……~~~~~ぃ良かったぁ~ッ!」
泣きじゃくりながらロクショウを抱きしめた。
「泣くな!痛い痛い抱くな!!」
喜ぶのもつかの間、ファラデーやカスケードのヴァイタルコアに通信が入った。
その内容は___隊長コーディンからの救難信号。
「隊長!?どうして街に……!?」
「あの隊長が救難信号を出すとは……よっぽどだぞ」
コーディンは最強の戦造人間だ。
これまで数多くの窮地を一人で乗り越えてきている。
そんな彼が救難信号を送ってくるという時点で既に異常事態なのだ。
「でもロクショウが……!」
「俺はほっぽといていい、先に行っててくれ……とても動けないんだ……救助ぐらい自分で呼ぶさ……」
「そ、そうか……」
「テルミット大丈夫か?おい、おい!」
カスケードは白目をむいて気絶しているテルミットの体を手で擦った。
「ん、ぅん……ハッ!リバース獣は!?」
「もう倒した!それより急いで戻るぞ!」
「え?戻るってなんで……」
「走りながら説明する!急ぐぞ!ファラデーも!!」
「お、おう!」
走り去るファラデー達の背中を見送った後、ロクショウは先程落としたヴァイタルコアに手を伸ばした。
「ぐ、あぁっ……痛ッ……!」
伸ばしたのだが。
届かない。
直撃していないとはいえ凄まじいエネルギー波を食らってしまったのだ。
全身打撲の
「あぁここまでか……選択ミスったなぁ……」
後悔はない、などと言う気などロクショウにはさらさら無かった。
トランスを庇うことなく一人逃げていれば生き延びられたかもしれない。
そうすれば良かったとさえ思っている。
しかし仕方のないことだ。
そうせずにはいられなかった。
こんな怠惰なロクショウでも、遺伝子レベルで守護の使命を帯びた戦造人間なのだから。
「些細な給与アップに吊られて選抜メンバーへの招集に応じたが……しくじったなぁ……こんなにも苦しい……ちくしょう……」
ロクショウはゆっくりと目を閉じ……そのまま地面に顔を伏した。
コーディンの前に立ち塞がったのは、かつてコーディンの幼馴染にして社長令嬢だったミセルだった。
その歪な姿を初めて見て、コーディンは動揺した。
容姿や年齢自体は全く変わっていない。
自分と同い年だったはずの彼女が少女のような姿のままでいることがかえって不気味だった。
それに対して、服装は完全に変わり果てていた。
身にまとっているそれは戦造人間が着用するヴァイタルコアとそこから生成される鎧繊維に酷似しているが、胸部に鎮座する媒体は緑色のヴァイタルコアとは異なり禍々しく赤い光を放っており、鎧繊維も全身を覆ってはおらず、露出が多い。更には、ボイルの乱から10年以上の月日を経てボロボロになっている。
それはコーディンの価値観からすると酷く映った。
かつてのミセルもそんな格好は好まなかったはずだ。
何よりもおかしいのは、その強さだ。
元は戦造人間ですらないただの人間であるにも関わらず、異様な強さ。
奇妙としか言いようがなかった。
昔の彼女を天使とするなら、今目の前にいるこの人物はまるで悪魔だ。
「どうしたのコーディン!最強なんじゃなかったの?ねぇ教えてよ、どうしてそんなに弱いの?ねぇ!」
徒歩空拳による攻撃がことごとく防がれたコーディンは、渾身の力を込めてフラクチュアを振り下ろす。
構えは素人のそれ、隙だらけのところに大技を叩き込む……はずだった。
しかし、ミセルの左手によって軽々と受け止められた。
「何……!?」
「フン……!利き手じゃあないのよ?」
「ぐおおおおおおお……!」
ミセルがフラクチュアを捻じり回し、コーディンの右手首に凄まじい力が加わって骨が折れる音がした。
「ぐうう……!」
顔を俯けるコーディンを前に、ミセルは得意げに講釈を始めた。
「私もうあの日のミセルじゃあないわ!私とっても強いの!貴方達戦造人間なんかよりよっぽどね!この胸に埋め込んでいただいた回路のお陰……だってそうでしょ!貴方の1個前の隊長ボイルだって倒せたのよ!それに引き換え貴方、まだあの日のボイルより弱いんだぼぉっ」
しかし最後まで言い終わることはなかった。
ミセルが喋っている間に立ち上がり、間髪入れず残っていた左の拳で顔面にフックを食らわせた。
ミセルの口からポロリと歯が抜け落ちた。しかし、それに続いて起こった現象に対してコーディンは己の目を疑った。
幻覚であってほしいと願った。
抜け落ちた箇所から金属が析出し始め、歯を形成し始めたのだ。
生え変わりが早い等という話ではない。
全く別の物質に置き換わっている。
「あーあ、天然物の歯だったのに……貴方の知ってる昔の私の一部が消えちゃった」
コーディンは革新した。
かつての暖かみが感じられない掌。
光が消え失せた蒼い左目と、赤く輝くロボットじみた右目。
10年以上の月日を経て、全身が未知の素材で機械化されている。
「君はもう……人ではないのか……?」
「うるっせーんだよオッサンが!砂でも食ってろ!」
「グッ!?」
みぞおちに蹴りを入れられ、地に倒れ伏すコーディン。
「くああ……!」
「あそうだ……まだある?昔私が直々に手当してあげたあのクソデカい傷」
ヴァイタルコアによって生成された戦造人間の鎧繊維を、いとも簡単に破き捨てた。
「あった❤」
その傷は、コーディンが隊長になる前に受けたものだった。
かつてコーディンは上位種の討伐の任務を受けた。
本来なら訓練生に上位種討伐の任が与えられることはないのだが、コーディンは訓練生の中でも優秀だったため、特別にそれが認められた。
しかし、その隊は全滅した。
コーディンの所属する隊を壊滅させた敵こそ、“ロバート・チャールズ“と名乗る、極めて狡猾で残忍な生物だった。
快楽のためだけに拷問を受け、そのうち衰弱死すると思われたのか捨てられた後、這いずって基地へと帰還したのだった。
その時に受けた傷はほとんど治っているが、胸部の傷は今でも残っている。
これまでにコーディンを打ち負かしたのはボイルとロバート・チャールズだけ。
そして今、かつて青春を共にした元社長令嬢によってその傷を晒されることによって3度目の完全敗北を喫した。
「グッバ~イ❤」
ミセルが今にもコーディンの頭にフラクチュアを振り落とそうとしている。
さしものコーディンも、無防備な脳天にフラクチュアの直撃を食らえば頭骨が粉々になるだろう。
万事休すかと思われたその時だった。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
反逆者として謹慎処分を受けたはずのゾルが突進でミセルを退けた。
「よぉ、隊長様」
その後を追うようにしてヤコブがコーディンのもとに駆け寄ってくる。
「勘違いするなよ隊長様。アンタを殺すのはこの俺だからな……」
ヤコブはコーディンに手を差し伸べる。
それは天使の祝福か。
弱りきったコーディンは、ついこの前自身に反逆した二人が救い主か何かのように感じた。
__しかし、ヤコブはそんな甘いヤツではなかった。
「てなわけで、今この場で俺に殺されてくれや」
鋭利な手刀がコーディンの喉笛に突きつけられる。
やはりこの男は、紛れもない悪魔でしかなかった。
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