第15話 下町アポカリプス

~前回までのあらすじ~


ヴァニッツ戦を終え、基地へと帰還したコーディン達。


しかし、そこではゾルとヤコブ、そして暴走したトランスによる反乱が起きていた。


特にトランスは強く、連戦に続く連戦で弱っていたコーディンは彼女の猛攻に苦しみながらもどうにか勝利を収めるのだった。












「えっ!休みをくれるんですか!」


 


テルミットとロクショウの二人はコーディンに呼び出されていた。


 


「二人とも、町に降りて欲しい。トランスと一緒にな。50万やる。好きなように使っていい」


 


「50万!?あっ行きます行きます、喜んで!」


 


その金額を耳にして、テルミットは一気に食いついてきた。


 


それも無理はない。


 


決して手取りが低いわけではないが、それでも50万を自由に使える機会は滅多にない。


 


それをポンとくれるというのだ。


 


「わざわざこんなことをするのは、トランスのメンタルケアだ。あいつの底知れぬ潜在能力の危険性は彼女の精神の不安定さに依存している。極力彼女の心が開けるように計らって欲しい」


 


 


 


 


 


 


 


 


「はいというわけで!やってきました繁華街!いや~新鮮ッ!」


 


「はぁ~」


 


テンション上がりまくりなテルミットと違ってロクショウは乗り気しない様子だ。


 


(ああは言ったものの、正直かったるいって気持ちは変わらずにあるぜ……いつも通り本部にいるつもりだったからなァ~)


 


「二人とも、そこの店入ろう!」


 


「ん、おう」


 


「……はい」


 


テルミットが意気揚々と指揮を取っている。トランスも黙って二人の跡を追う。


 


「楽しみだったのよね!どれにしようかな~やっぱこのベリーフラペチーノとか?いやでもこっちのキャラメルマキアートもいいなぁ~」


 


滅多にお目にかかれないメニューにテルミットは目を輝かせている。


 


「そんなもんかな?俺にはようわからんが」


 


「なんか言った?」


 


「いいや何でもない。あっ、俺はペリエで」


 


(何よりトランスと一緒というのが一番の不安要素だぜ……こいつ、暴走するとあの隊長を追い詰めるレベルにまで強くなるらしいからな……第一俺らにメンタルケアが出来るかよ……)


 


トランスはそんな二人の様子が目に入っていないかのようにうつむいていた。


 


心なしか、過呼吸気味にも見える。


 


果たしてトランスの心に積もった彼らにトランスの


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


「うぐっ……」


 


廊下を歩いていたコーディンは激痛に襲われ、脇腹を押さえる。


 


先の戦いの傷がまだ完全には癒えていないのだ。


 


我を忘れて暴走するトランスに対して、コーディンは本気でぶつかった。


 


「お前は……俺に敵わない!」


 


そう言ってトランスの敵意を鎮めたのだ。


 


「お疲れ」


 


「ありがとうございます、ノギさん」


 


「……まだ痛むとは、余程のダメージだ」


 


「あれは一か八かの賭けでしたからね……もしあそこで奴が落ち着かなかったら、俺はきっとトランスに殺されていたでしょうね」


 


「そうか……やはり今の世代の強さは凄まじいな」


 


「ええ……コントロール出来るようになってもらえればいいんですが。トランスだけじゃない、あいつにも……」


 


「ファラデーのことかね」


 


「ええ、そのために今回あいつを呼んで………………って、いねぇ!!??」


 


本来ならファラデーがいるはずのトレーニングルームはもぬけの殻だった。


 


「あの野郎すっぽかしやがった!まだ病室に!?」


 


「いや、病室からは既に抜けたそうだが……」


 


「だったら……」


 


駆け出すコーディン。


 


「食堂か!?」


 


いない。


 


「だったらトイレか!?」


 


「ファラデーですか?見てる限りだと入ってないですね、ハイ」


 


これはその場にいた隊員の証言。


 


「俺の部屋のベッドの下かァ!?」


 


「落ち着けよコーディン……いたら大変だろそんなところに……」


 


珍しく取り乱しているコーディンをノギがたしなめる。


 


「はっ!さてはあいつ……!」


 


しかし、何か思い当たることがあったのか、コーディンは部屋を飛び出していってしまった。


 


「おいコーディン!どこへ……行ってしまったか」


 


しかし、その後ろ姿を見てノギは微笑みを見せた。


 


「久しぶりに見るな、彼のあんな表情は……」


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


「あの、すみません!」


 


「ん?」


 


声をかけられたロクショウが振り向くと、そこには一人の少女がいた。


 


戦造人間ではない、一般人だ。


 


「お兄さん、戦造人間ですよね?えっと……その……サインください!」


 


単刀直入に切り込んでくる。


 


「うーむ、サイン?ちょいと待ってな……ホレ」


 


さらさらと慣れた手つきでサインを描く。


 


こんなこともあろうかと普段から練習しているらし


 


「ありがとうございます!やったー!これで儲けるぞぉ~!」


 


「うん?儲ける?おい、どういう意味だ!転売でもすんのかよ?」


 


「こらロクショウ、あんまり大人げないことしないでよね」


 


「……わかってるよ」


 


立ち上がって追いかけようとしたところを大人しく座りなおすロクショウだったが、その矢先に事件は起こった。


 


「ねぇ嬢ちゃん……チョット……顔貸しておくれよ……うぶぶ……」


 


「えっ、ちょっとなんですか、やめてください!」


 


「暴れんなよォォォいいからこっちに来てくれよォォォォ」


 


先ほどの少女がブヨブヨに膨らんだ男に絡まれているところを発見した。


 


少女は抵抗虚しく路地裏へと引っ張られていく。


 


「おっと?あれはもしかしてェ、事案か?」


 


その様子にロクショウはわざとらしく反応して見せた。


 


「ちょっくら人助けしてくるぜ。テルミット、勘定お願いな」


 


「えっ、ちょっと!」


 


ロクショウは一目散に店から飛び出した。


 


走りながらも笑いを堪えきれない。


 


(ラッキィィィィ~ッ!脚力お化けのテルミットにとち狂うかわからんトランスと一緒に会食?まっぴらごめんだぜ!あいつらと一緒にいたんじゃ気が休まらねぇ!ここはか弱い一般市民を救うことを口実にしてトンズラだぜ!ひゃっほぅ!!)


 


喜び勇んで路地裏へ駆け込む。


 


「んっん!ちょいとあんた!そんな小さい女の子にちょっかいをかけちゃいかんでしょうよ。ちょいと一緒に来てもらおうか。」


 


ロクショウはさも今たまたま通りがかったかのような素振りをしてみせる。


 


少女の首筋を掴んでいる不審者はブヨンブヨンと肉を震わせ振り返った。


 


「さっきの人……!」


 


「んんん?どこにだいぃぃぃ?」


 


「警察さ。法律」


 


「いやいやいやいあぁぁぁそりゃ嫌だよ……あんちゃんに相手してもらいたいなァァ~」


 


「はぁ?」


 


「おぼバァァァァ~~~~~……!」


 


「!?」


 


男が突如痙攣したかと思うと、口の中から蠢く何かが飛び出してきた。


 


「これは……なんだ!?」


 


出てきたのは紐状の、ウナギか何かのようなリバース獣だ。


 


「マジかよ……!」


 


リバース獣の先端部分から口が現れ、牙を向いてロクショウに襲い掛かった。


 


ロクショウは慌てて身を引いたが、小指を食いちぎられた。


 


あと一瞬遅ければロクショウは右腕を失うことになっていただろう。


 


最悪体内に入り込まれて内部から食い破られる可能性すらある。


 


ふと死体を見やると、そこにはもう男の姿はなく、あるのはただの皮だけだった。


 


内臓らしきものはなく、濁った液体が漏れ出ている。


 


それはまるで無造作に捨てられた使用済みコンドームのような光景だった。


 


(この男も中身を食われた被害者っつーわけか!デブなんじゃなくて内臓を丸ごと食われ、このリバース獣の体液によって肉がむくんでたんだ……いや待て、真っ先に心配すべきは……)


 


先ほどサインをねだってきた少女がすぐ近くにいる。


 


彼女は戦造人間ではない、普通の人間。圧倒的に脆く、弱い。


 


それ故に、何よりも優先して守らなければならない。


 


それこそが戦造人間の使命だ。


 


「助けて……」


 


「仕方ないな……俺も戦造人間だ、一般市民を守る!ひとまず逃げるぞ」


 


ロクショウは少女を軽々と抱え、全力疾走でその場を離れた。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


都市の中に敷かれた道路。


 


一般的な乗用車でドライブを楽しむ男性が一人。


 


突然、彼はドンと車体が揺れるのを感じた。


 


「うん?何だ、何か降ってきたのか?」


 


「おい、車止めるな」


 


「……ひぃっ!?」


 


男は驚愕した。


 


車の上には少女を抱えた男が乗っていた。


 


それも戦造人間だ。とても逆らえない。


 


「悪いけどそのまま走り続けてくれ、スピード出してな……追われてるんだ」


 


「追われてるって……うわあああぁぁぁぁ!?」


 


背後に搭載されているカメラは、凄まじい速度で低空飛行する紐状のリバース獣の姿を捉えていた。


 


「逃ゲルツモリカァ~?スットロイゾ!」


 


「速い!仕方ないな……」


 


抱きかかえられた少女は何かを察した。


 


(この人の体……緑色に光ってる?)


 


しかしその疑問に考えを巡らせる暇はなかった。


 


瞬間、ロクショウは回転を加えて少女を道へ投げ飛ばしていた。


 


「ウッヒャァ!命惜シサニガキヲ見捨タカ!!」


 


「見捨てる……?このロクショウ、どんなに落ちぶれてもノルマを放棄することは決してない……」


 


「!?」


 


時速200kmで走行する乗用車の上から投げ飛ばされたにも関わらず、少女は平然と立っていたのだ。


 


「馬鹿ナ?ドウシテ……」


 


「彼女に気を取られたお前は急に止まれない」


 


「ウグッ、シマッタ!」


 


勢いのまま突っ込んでしまい、ロクショウにがっしりと掴まれてしまった!


 


「抱かれるのは好きか?そしてこの車はもうすぐ坂に行きつく。このまま一緒に落下しようや!」


 


車が坂の手前で勢いよくカーブしたのと同時にロクショウは崖の下へと勢いよく飛び降りたのだった。


 


「はぁっはぁっ、民間人になんて危ない事させやがるんだチクショウ!!今度会ったらクレーム入れてやるから覚悟してろよ!!……おっといけねぇ今はそんなことより」


 


男は先ほど走った道を戻っていった。先ほどの少女が心配になったからだ。


 


彼女自身、自分に起こったことに驚いていたらしく、その場に座り込んでいた。


 


「嬢ちゃん、大丈夫かい?さっき投げ飛ばされたように見えたが」


 


「そうなのよ……私、確かに投げ飛ばされたはず……なのに、全然何ともない!道路のちょっとした段差飛び降りた程度の衝撃しか感じなかったわ!!一体どうして……?」


 


 


 


 


 


 


「ふーっ……なんとかこいつをあの子から引き離せた。しかし……」


 


先程のクレバーな言動から一転、ロクショウは頭を抱えた。


 


(ああカッコつけたはいいものの、俺一人でこいつを倒せるとは到底思えないんだよなぁ……しかも今の逃走でテルミットとトランスがいた茶店から余計離れちまった……二人が駆け付けてくれるまでこの窮地を凌げるだろうか……?)


 


 


「あなた戦造人間でしょ?だのにどうしてそんなに弱いのよ!民間人からこんな風に罵られるぐらい頼りないなんて、恥ずかしくないの!?」


 


「おい……恥なんざこれっぽっちも無い。なぜならこの状況を打破する最強の手段を持っているからだ。それは……」


 


「逃げる」


 


 


 


 


 


 


 


 


「おーい、テルミット!」


 


聞き覚えのありすぎるデカい声にテルミットはビクッと跳ね上がった。


 


超えのした方を見やると、トレーニングの予定が入っていて自由が無いはずのファラデーが悪びれる様子もなく大手を振って駆け寄ってきていた。


 


「ファラデー!?あんた今日から隊長付きっ切りのリハビリに入るって聞いてたけど、すっぽかしてきたの!?」


 


「へーきへーき!」


 


「そうとも」


 


ファラデーの後ろからニュッと現れたのはカスケード。


 


「ちょっとカスケードあんたまで!二人して無断で抜け出してきた……ってコト!?」


 


「わわ……」


 


テルミットの大声に臆したのか、はたまた男子二人の大胆不敵さに度肝抜かれたのか、トランスは縮こまった。


 


丁度その時、まるで二人を待っていたかのようにテルミットの胸のヴァイタルコアが振動した。


 


ヴァイタルコアは戦造人間の黒い装甲表皮を生み出すだけでなく、通信機としての役割をも担っている。


 


「ロクショウからの緊急信号!あいつ手洗いしてたんじゃあなかったの!?」


 


「丁度いい!助けに行こうぜぇ~!特訓の代わりだ!」


 


「あーもーまた勝手に行こうとして!マジでシバかれるわよ!?」


 


しかし、最強と謳われるコーディンの指示を無視した男どもが今更テルミットの忠告を聞くはずもなかった。


 


「そんなこと言ってる場合か?ロクショウが死んじまう、さっさと行くぞ」


 


さっきと打って変わって冷静な態度にテルミットは呆れかえった。


 


もっともこんな流れにはもう慣れっこだったが。


 


ファラデーに比べれば常識人のように思えるが、カスケードはカッコつけたがる節がある。


 


人気のないイレイザーを好んで使っている一因もその性格だ。


 


「はぁ~……ファラデーと一緒にバカやってるってのに何クール気取ってんのよ……ごめんねトランス、ここで待ってて!」


 


うつむいていたが、ゆっくりと顔を上げる


 


「いえ……一緒に行きます……!」


 


テルミットは一瞬躊躇するも、頷き、走り出した。


 


トランスの目はまだ不安で揺れているように見えたが、それを咎めている暇はないのだから。


 


何より、その様子を咎めることがテルミットには出来なかったのだ。


 


そこにかつての自分を重ねて……


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


5年程前、テルミットがまだ訓練生だったころ、彼女の心もトランスのように荒んでいた。


 


理由はないが、すぐ嫌われているような気がしてしょうがない。


 


漫然と退廃的な思いをくすぶらせていれば行きつく先は破滅だ。


 


しかし、彼女の場合はそうならなかった。


 


自分と同じように不安や痛みを抱えている人物と出会ったからだ。


 


その名は___カスケード。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


ファラデーを追って街に降りてきたコーディン。


 


しかし今、そんな些細な問題は理不尽にも吹き飛んでしまっていた。


 


「そんな馬鹿な……なぜお前がここにいるんだ……15年前に消えたはずのお前が!?」


 


コーディンは明らかに狼狽えていた。


 


ファラデー等の部下達には今まで決して見せたことのない顔だ。


 


「ウフフフフ……久しぶりね、コーディン♡」


 


バースコーポレーション戦力部隊隊長コーディン。


 


彼の眼の前に佇んでいるのは、かつてボイルとの闘いで行方知れずとなったかつて幼馴染、ミセルの変わり果てた姿だった。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


次回 第16話 ”悪魔か天使か”

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