あの日々の君と僕

ノイマン

第1話

Uターン


 八月の下旬、むせ返るような暑さの中いつも騒がしいが今日は特に外がうるさく感じた。無論、自分はそんな中にも入りたく無いし、外に用もないので今日も今日とて涼しい部屋の中にいる。


 そういえばあの日もこんな蒸し暑い外の出来事だった様な気がする。


 そう思いすぐさま後悔した。なぜよりにもよって今思い出してしまったのだろうと悔いながらあの日の出来事が脳内で再生される。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「明日は待ちに待った祭りだよ?忘れてないよね?」


「げっ!?もう明日だっけ?完全に忘れてたわ」


 放課後の帰り道にわざわざそんな念押しをしてきたのは俺の幼馴染の川道早紀。幼稚園から中学まで一緒という、まぁいわゆる腐れ縁というやつだ。


「しっかりいつも通りの場所で待ち合わせだよ?それさえも忘れてるなんてこと無いよね?」


「さすがにそれは忘れてない!というか毎年同じじゃん?」


 そう、何気にこの夏祭りも毎年二人で行くのが恒例となっているため待ち合わせに使っている場所も必然的に同じになってしまうのだ。

 

「まぁそれもそうよね!じゃあ明日はしっかり時間に遅れない様に来てね?また明日ー」


浮かれすぎていて少しいや、かなり心配だけど明日が夏祭りだし仕方ないだろう。1日1日を大切に過ごすのが一番だしな。


 そう、このときは毎日が楽しくて楽しくて仕方が無かった。きっと明日も同じように早紀と夏祭りを巡り遊びまた同じような次の日が来ると信じていた。

 幸せとは失って初めて気付くという簡単で最も重要なことを忘れていた俺は今でも後悔している。


 これ以上先はもう見たくない…


 そんな甘い考えが通用するわけもなく、記憶の時間はさらに流れていく。俺が最も忌避しているあの時へと…


 翌日、俺は早紀へのサプライズとしてのプレゼントを買うために早めに家を出た。これも毎年恒例となっており、何を贈ろうかなぁなんて考えて道を曲がったそのとき


「いやゃゃゃゃゃゃゃゃぁぁぁぁ!!」


 という甲高い叫び声が大通りに響き渡った。間違いようがないその声は早紀のものだった。

気付いた瞬間身体の震えが止まらず、全力で走り出した。


「邪魔だ!どけっ!」


 大通りの群がる人混みを押し除けながら俺は叫び声が聞こえた廃虚へと飛び込んでいった。


 そこで目にしたのは早紀が一人の男に組み伏せられ泣いている姿だった。二人の様子を物陰から冷静に伺っている早紀の左腕から夥しいほどの血が流れ出ていることに気が付いた。


 その瞬間目の前がカッとなり、気がついたときには右腕に角材を持ち全力で相手に振りかぶっていた。

 一撃だった。外すことも無く手加減することも無かった一撃は相手を一瞬で絶命させた。


 相手を嫌がって固く目を閉じていた早紀が目を開け、完全に目があった。その目に写る自分を見て、すぐ様目を反らして逃げ出した。


「待って!?どうして……」


後ろで早紀の声が聞こえ、足取りが少し遅くなるがすぐ様全力で走り出す。


 今の自分を見て欲しくない。今の自分表情を見て欲しくない。今の自分感情を見て欲しくない。

 そんな思いで祭りに向かうはずだった俺は今はその道を逆に戻っていった。


 その後の詳細は省くが、なんやかんやで俺が罪に問われることは無かったが、あれからもう一年が過ぎ早紀とは未だに会っていない。事件を起こした犯人は同じ学年の黛 翔悟で、嫉妬から犯行に及んだということが推測されている。


「はぁ…それにしても嫌なもん思い出しちまったなぁ」


「それはもしかして今日がいつもの夏祭りの日だからじゃない?」


「そうだな、それもあるかもしれないな………って早紀!?」


 しれっと返事をしてしまった…そもそもどうやって家に上がってきた……


「あー、その顔さてはどうやって入ってきた!って顔してるねー?普通に訪ねたら親御さんたちが上がらせてくれたよ?」


 まるでかつての日常のように明るく笑っている。けど今の俺にはそんな日常は眩し過ぎる。


「あれ?どうしたの?急に後ろ向いて?」


「頼むから帰ってくれ…今の俺にはお前に合わせる顔がない」


そうだ、頼むから帰ってくれ…そして俺みたいな殺人鬼なんかともう接しないでくれ…


「そう…まぁいいけどその代わり今年の夏祭りは来てよね?お願いだよ?」


 そうして部屋から出て行ってしまった。


なんで…どうして俺なんかに構うんだ。もういっそう完全に俺のことを忘れてくれてもいいのに…


 なぜ?なぜ?という疑問が頭のなかをすぎっていくうちに時間だけが流れていく。気付くと既にいつも約束していた時間より大幅に過ぎて祭りが終わりに差し迫っていた時刻だった。


「どうせもう居ないだろうけど行くか……」


 家を出る際まるで両親が信じられないような目で見ていたが気にしない。必要であれば外には出るし、今回は例外だ。


 自分を悩ませるこの疑問への答えが欲しい。


 そうしてかつて逃げ出した道を歩いていく。あのときのことを思い出すもののなぜか歩くことの妨げにはならなかった。


 むしろ少しずつ駆け足になっていき、最後には走り出していた。そうして急いでかつての待ち合わせに利用していた広場にたどり着くとそこには素知らぬ顔で彼女が待っていた。

  

「随分と遅かったね?けどよかったしっかり来てくれて」


「まぁ少し用は違うけどな。単刀直入に聞く、早紀はどうして俺なんかに構うんだ?もういいじゃないか、早々に俺との縁なんて切って高校を楽しめばいいのに」


「構うに決まってるじゃん!私の命の恩人を俺なんか・・・なんて言って穢さないで!」


抑えていた感情が決壊したように泣きながら叫んでくる。


「俺は…ただの殺人犯だぞ?たまたま運良く無罪にはなったものの俺が殺したということにはなんら変わりはない!」


「じゃあ逆に君は後悔しているの!?あのとき私を助けてくれたことを後悔しているの!?」


「本当はすぐにでも会いに行きたかった!会いに行ってあのときのことを話したかった!けど君は自分だけでその罪を抱え込んで私の前から去って行った!」


「大体そんなの私の方が聞きたいよ!?どうして私なんかのためにあんなことができたの?どうして私なんかのために自分の人生を棒に振ったの?ちゃんと答えてよ!じゃなきゃ何にも伝わんないよ!?」


涙を流しながら俺を責める。けどこれではっきりわかった。こんなちっぽけな疑問に悩まされていたのは彼女も同じだ。


 きっとそれはほんとうはとても単純でとても普通なことなのにかつてあの日常がずっと続くと信じていた頃は言えなかった。

けどきっと今なら、今だからこそ言える。


「本当は…


    「「君が好きででした」」


                     」

完全にハモった…


 顔を上げると目が合い二人で大声を上げ笑い出してしまった。


 そんな二人を祝福する様に花火が上がり夏祭りが終わりを迎えた。

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