4-4 過去からの刺客
「……今まで触れてこなかった、『死神』のタロットカードと『distortion』の文字。鍵はここにある」
昨日考えた俺の推理は大外れだった。
だから、『死神』のタロットカードについて、改めて自分で調べてみたのだ。
「『死神』のタロットにはそもそも、『破壊と再生』のような意味があるらしいな。そして、正位置では『破壊』、逆位置では『再生』の方に重きが置かれる。逆位置の意味は、『再スタート、新展開、起死回生、汚名返上、意識の変革』などだ」
「そうね。私が調べた時もそう書いてあった」
「そして、『distortion』の意味は昨日お前が言った通り。ここでは、『曲解』が最もふさわしいだろう。この2つの意味を組み合わせて考えるとこうなる。『曲解している。今までの考えを排し、考え直せ』。そして、何を考え直すのかはもう分かっている。当然、『4年前のあの日のこと』だ」
盗まれたものや被害者、事件の概要はそのすべてが『あの日のこと』を示している。
そして、タロットカードがそれについて何を為すべきなのかを伝えていたのだ。
「つまり、お前が伝えたかったメッセージはこうだ。『4年前のことについてお前は勘違いをしている。よく思い出して、考え直せ』。そうだろ?」
貴理は説明を黙って聞くと、1つ頷き、悔しそうに俺を睨む。
「そうよ……私は悔しかった! あんたが酷い勘違いをしていることが! でも、自分の口で言うのも嫌だった! あんた自身に!! 気づいて欲しかったの!!」
今にも泣きだしそうな顔で叫んだ。今までの理知的な態度をかなぐり捨て、魂の限りの咆哮だ。
ここまで感情をむき出しにするということは、やはり、貴理は……
「お前は……朱莉の、何なんだ?」
貴理は少しの間黙り込むと、顔を伏せ、下を向いたまま呟いた。
「……私は、妹よ。大好きなお姉ちゃんが勘違いされているのが許せない。それが、私の動機」
貴理は今回の犯行を完遂するために、わざわざ『ABCの法則』に誘導することまでやってのけた。
ここまであの件に固執するということは、俺か朱莉の関係者に違いない。
しかし、俺が貴理に初めて会ったのは今年の4月。それまでは当然赤の他人だ。
そうであるならば、残る可能性はただ1つ。朱莉の関係者ということになる。
それも、ここまで手の込んだ真似をするのだ。ただの友達や知人では断じてないだろう。
親友か……そうでもなければ、家族だ。
朱莉には、紅茶の味が分からない3つ年下の妹がいることは昔聞いた。貴理と年の頃が完全に一致する。
自分よりも年下の知り合いが出来ることはままあるが、ただの先輩後輩の可能性を考えるよりは、妹なのではと考える方が今回は自然だ。
名字が違うのは、親が再婚したか、離婚したのだろう。
……部屋に行ったときに倒された写真立ての中には、姉妹のツーショットが入っていたのかもしれない。
「それで、肝心の『何を見落としていたのか』は分かったの? それが出来ていないなら、ここまでやった意味がない!!」
「……安心しろ。ちゃんと、向き合ったよ」
親の仇を見るような目で――実際そのようなものだが――こちらを見てくる貴理に対し、俺は苦笑いを返すしかない。
俺は今まで、大切なことを見落としていたのだ。
……いや、振られたという事実を直視したくなくて、朱莉について考えないようにしていたという方が正しい。
『振られたことがトラウマだ』などと言うと、『そんなことで?』と言う奴が必ずいる。
今までにも数人、そう言ってきた奴がいた。
だが、そいつらは分かっていない。何も理解してはいないんだ。
人を好きになるということは、まさしく世界の変革だ。
少なくとも、俺にとってはそうだった。
幼い頃から何にも興味が持てず、言われたことを繰り返す毎日。
皆が喜んで興じている遊びも、俺にとっては全てが退屈だった。
特に理由はない。ただ、楽しくないのだ。つまらない。
……退屈は、死に至る病だ。
事実俺は、生きながら死んでいるようなものだった。
目標も目的もなく、ただ呼吸という現象を繰り返すだけ。
無為に時間を浪費し、自ら退屈していることを『生きている』とは呼ばない。
ただ心臓を動かしているだけの命に、価値があるのだろうか?
変化が期待できない未来は、それでも未来と呼べるだろうか?
俺はそうは思えなかった。だが、それが俺にとっての当たり前でもあった。
――それが、恋をしてから一変した。
朱莉と過ごした日々は充実していた。楽しかった。まさに夢のようだった。
灰色が灰色であると理解するためには、他の色との比較が不可欠だ。
その色が鮮やかであればあるほど、その役割にふさわしい。
そう、死んでいたのだ俺は。あの時まで。それが理解できてしまった。
だからこそ、失恋後のショックは大きなものとなる。
朱莉がいなくなった後、俺は再び屍に戻った。退屈な毎日だ。
だが、世界の鮮やかさを知った後で、それはあまりに酷なことだ。
もう手に入らない。俺には届かないと分かっているのに、その先があることを知ってしまっているなんて。
それはきっと、何よりも残酷だ。
だから、その過去はなかったことにしたかった。朱莉について思い出さないことで。
世界に色なんて、初めからなかったと、そう思い込みたかった。
……それも、今日で終わりだ。今までのツケを払う時が来た。
俺は一旦目を閉じると、置き去りにしていた過去を振り返って導き出した結論を口にする。
「朱莉は……あの頃、病気だったんじゃないか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます