4-3 手の平で踊る
「……お前はさっきまでの事件の真相を聞いて、出来過ぎだとは思わなかったか?」
「どういうこと?」
「『ABCの法則』だったなら、まだ理解できる。ターゲットが偶然、頭文字が一致している物を持っている可能性、つまり『あの付く人物があの付くものを持っている』可能性は決して低くないだろうからだ。だが、今回の法則ならどうだ? 狙った人物が、狙ったものを幸運にも持っていたのか? あまりにも都合が良すぎる」
『ABCの法則』に比べて、今回の法則はあまりに複雑だ。
『渡谷 朱莉』という名前を構成するために狙った複数の人物が、全員『俺が4年前にデートで行った場所』を示すものを偶然にも持っていたことなどありえない。
なぜ、被害者達は犯人に都合の良いものを、都合の良い日に持っていたのか?
なぜ、犯人は衆人環視の状況の中、毎回誰にも見られずに犯行を行えたのか?
それを説明する答えは、1つしかない。
――犯人なんて、存在していなかったのだ。
「そう。2~4件目の事件は、自作自演。被害者とメガネは全員お前の協力者だ。お前が頼んで、俺の前で演技をさせていたんだろう? 要はこの事件は、連続盗難事件である『死神盗難事件』なんかじゃなくて、『割引券盗難事件』だったんだよ」
そう考えれば、すべてに説明が付く。
先程の誘導の件でも、皆に盗難物の呼称を統一させたり、信濃さんに事前に頼んで『ABC殺人事件』の本を持ってこさせていたりしていたに違いない。
「なるほどね。でも、それを頼んだのがなんで私ってことになるの? 学内で都合の良い名前の人を探せたってことだけなら、左沢先輩でも他の『マイルリバー編集会』のメンバーでもできたわ」
「いや、それは無理だな」
「どうして?」
「1件目、俺が被害者のあの事件だけは本当に盗難が行われているからだ。そして、これを成功させるにはいくつか条件がある」
あの日、俺から『カラオケのクーポン』を盗むためには、大きく分けて条件が2つある。
1つ目は、俺にクーポンを掴ませること。
2つ目は、俺がクーポンを大学に持ってくると確信していること。あるいは、持ってきていなかった場合にフォローできる立場にあること。
「盗まれる前日、俺にクーポンを渡してきたのはマスターだった。つまり、この時点で犯人はマスターにそんなことを頼める人物ということになる」
「偶然じゃない?」
「それはない。思い返せば、あの日の2日前に喫茶店に行った時も、2日後に行った時も、マスターからクーポンなんてもらっていないんだ。期間限定のサービスと言ったって、3日間だけじゃあまりに短い。それに、そんな短いサービスが都合よくやってるのも変だ」
「だとしても、私以外にもあの店の常連客はいるはずよね? まだ言い逃れは可能よ」
「この時点で大分怪しいが、もっと追い詰められる。……犯人が俺からクーポンを盗むには、前日に渡されたクーポンを俺が大学に持ってきていないとならない。普通ならこれは結構厳しい条件だ」
「確かにそうね。前日に渡されたものなんて、家で処分してしまってもおかしくないし」
「しかし、もし犯人が俺の癖を知っていたなら、高確率で大学に持ってくるだろうと想定できる」
俺には、もらったものを上着のポケットに入れて放置してしまう癖がある。
そして、上着は何日も連続で同じものを着がちだ。
貴理に、よく注意されていた癖だ。
このあたりのことを知っていれば、『前日に渡されたクーポンをそのまま大学に持ってくるだろう』という予測が立てられる。
……ついでに言えば、俺が火曜日にいつも学食に行くことまで犯人は把握していた。
「でも、それって賭けよね? もし詳が家で処分してたらどうするつもりだったというの?」
「それも犯人がお前であることを示す根拠になりえる。犯人は、そういう想定外が起こった時に対処できる人物でなければならない。お前だとすれば、保険を用意するのも簡単だったはずだ」
例えば、もし俺が割引券を捨てていた場合。
貴理は俺が火曜日に学食を使うことは把握していたため、学食で割引券の有無は必ず確認できる。
そこで、なければポケットにもう一度仕込んでおく。
その後、何食わぬ顔で俺に接触し、『割引券はどうしたの?』とでも聞けば、ポケットに入っていることが俺にも分かる。
もちろん俺は不審に思うだろうが、『捨ててなかったんじゃない?』などと言われてしまえば納得するだろう。
まさか誰かがポケットに割引券を仕込むなど、考えたりしないからだ。
そして、俺がトイレ等で席を外したときにでも割引券を回収し、自分以外にも容疑者が出来た後にタロットと記事を発見したことにすれば良い。
俺と行動を共にすることが多い貴理なら、いや、貴理だけにしかできないことだ。
「マスターに頼みごとが出来る程度には仲が良く、学内で自分に都合の良い名前の人物を捜せる者。加えて、俺の癖や習慣を熟知している人物……そんな人物は1人しかいない」
そう言って、貴理の目をまっすぐ見つめる。
「貴理、お前だけだ」
俺の宣言を聞いた貴理は、一旦目を閉じると、笑顔でパチパチと手を叩く。
「……流石詳ね。期待通りだわ。全部あんたが言った通りよ」
「お前の演技も凄かったぞ。見事に騙された」
貴理の称賛に対して、肩をすくめてみせる。
俺は、まんまと嵌められただけの傀儡。
こうやって俺が犯人を突き止めることまで、全てが貴理の計算通りだ。
褒められるべきは、明らかに彼女の方だろう。
「フフ……探偵役には、バカではないけど察しの悪い助手が必要でしょ?」
顔に張り付けた微笑みは、思うように手のひらの上で踊ってくれた人物へ向けた、労いの笑いだ。
「ここまでは、分かると思っていた。……ううん、分かってくれないと困ったわ」
そう言うと、今までの余裕な雰囲気が消え失せる。
まるでここからが本番だと言うように、笑みをスッと消し、責めるような真顔で俺を見た。
「でも、これだけじゃ、私納得できない。……分かるわよね?」
「あぁ……まだ、お前が伝えたかったメッセージの解読が残ってる」
「そうよ。私が言いたかったこと……見事当ててみせて」
深呼吸をして、長話で乱れてきた呼吸を整える。
そして、次の謎について語り始めた。
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