幕間

彼女の起源

 病的なまでに白い空間。壁も白、カーテンも白、着ている服も白、そして……ベッドまで白。

 硬質なリノリウムの床から響くコツコツという足音も、もうずっと鳴りやまない計器の機械音も、私は大嫌いだった。

 前を見ると、私の大好きな人が笑顔を向けてくれている。


「もっと自信をもって? —―の悪いところは、その自信のなさだよ」

「でも……私なんかじゃ、どうせ……」


 彼女の陽だまりのようなあたたかな笑顔は、私の自慢だった。

 頭が良くて運動神経も抜群、その上明るくて優しい人。

 いつも自信満々で、多少強引ではあっても皆を引っ張っていく求心力は、まさに太陽のようだった。

 ビクビクして根暗で臆病な私とは、大違いだ。天と地ほどの差がある。

 なのにどうして、こうなってしまったのだろう?

 彼女が何か悪いことをしたとでもいうのだろうか。そんなはずはない。むしろ逆だ。

 彼女が持つ光量と熱量に、そのあたたかさに救われた人は多いはずだ。

 だというのに、こんな理不尽が、不平等が、許されて良いのだろうか?

 こういう目に遭うのには、もっとふさわしい人が沢山いたはずだ。

 あまり世間を知っているとは言えない私だって、罪を犯してのうのうと生きているろくでなしを数人は知っている。

 そこまでいかなくたって、彼女に比して価値の低い人間なんていくらでもいるはずだ。

 ――そう、例えば、私とか。

 ……選ばれるならば、彼女ではなく私であるべきだった。

 もし神がいるのなら、職務怠慢で銃殺刑に処されるべきだろう。


「ううん。――ならきっとできる。大学は人生の春だよ? まだ後2年以上あるんだから、今から勉強すればきっと間に合うよ」

「……うん。頑張ってみる」

「私は行けなかったから。――は楽しんでね」


 悲し気に苦笑いした彼女は、何か思い至ったような顔をするとクスリと自然に笑みをこぼす。


「……どうしたの?」

「ううん。ちょっと思い出しちゃって」

「……また、『彼』の話?」

「うん。きっとあいつなら、『大学時代は人生の冬だ』なーんてバカなこと言ってるかもしれないなって」


 最近は笑顔を見せなくなってきていた彼女が自然に笑うときは、『彼』の話題が多かった。

 その『彼』とはどんな人なのだろうか?

 話を聞いていると、彼女よりは私に近い、暗そうな人なのだが。


「――は可愛いんだから、大学に入ったらもっとオシャレしなきゃね! 髪を茶髪にしてみたり、綺麗な服を着てみたり! 赤いロングスカートとか似合うと思うなぁ」

「あ、赤!? む、無理だよ……私なんかには似合わないよ……」

「そんなことないって! さっきも言ったけど、もっと自信をもって!」


 ニッと笑うと、私の頭をくしゃくしゃと撫でる。


「ねぇ、――。もし、もしもだよ。万が一、大学に入って『彼』に会えたなら……」


 彼女がクイクイと手招きするので顔を近づけると、耳元で続きを囁かれる。


「……うん。約束する」

「ありがと。じゃあ、約束ね」


 泣きそうになるのを抑えながら、なんとかこわばった笑顔を浮かべた。

 ――今でも鮮明に覚えている記憶。今の私を作った、始まりの記憶。

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