四章 友達としかみられない

4-1 審判の時

 あれから数時間が経ち、辺りも段々と暗くなってきた。

 とはいえ、今は6月。まだ日が落ちるには時間がかかるだろう。

 謎が解けた後、雨が止むまで喫茶店にいた俺は、止んだ後とある人物を北公園に呼びよせた。

 あそこの周遊道は、人が少なくて都合が良い。

 ――それに、決着はあそこであるべきだ。

 公園に着くと、入ってすぐさま人工池方面へと進み、周遊道途中にある目的のベンチに腰を下ろした。

 このベンチは一種の定位置。あの話をするならば、ここでなければいけない気がした。

 4年前に傷を負ったこの場所で、再び断罪されるとは何たる皮肉だろうか? 神は残酷だ。

 それから、曇った空を見上げつつ、ぼんやりと下らないことを考える。

 あぁ、もう次の講義が始まっている時間か。また出席しなかったな。

 今日は何個受けるべき講義があったのか? 思い出せない。

 思い出す気もなかった。

 ほう、と息を吐き出し、生気を失って死んだ目を濁った空に向ける。

 今日は帰ってアニメを観て……あ、そうだまだ飯を食ってない。

 飯を食ったら風呂に入って着替えて……それからどうしよう?

 したくないことならば、腐るほどあるというのに。

 することがない。いや、したいことがない。

 毎日毎日、飯を食って風呂に入って寝る。その繰り返し。

 ――こんなことをしていて、いつか何か変わるんだろうか?

 負の感情を向ける先を失ってしまった今の俺には、もはやこうして腐ることしかできない。

 今までも言い訳していただけだということは分かっている。それでも、言い訳は出来ていた。

 何度目か分からない溜息を吐き、目を閉じる。


「変わらないわね」


 すると、俺の思考に割り込むように、鈴の音のような綺麗な声が響き渡った。


「今のままじゃ、何も変わらない」


 驚いて声のした方を見ると、いつもとは多少雰囲気の違う、凛とした女性が立っていた。

 普段の気の強さとは性質の違う真剣な表情。腰に手を当てたポーズ。

 こちらを見つめるその瞳からは、強い自信と決意を感じさせた。

 俺のまとっていた陰鬱な雰囲気を一瞬で消し飛ばす。

 それは、まるで周囲の暗闇に呑まれず激しく自己主張する夜空の1等星、ベガ。

 遠くから見る分には美しいが、もし近づけば、蝋の翼を溶かされるくらいでは済まないだろう。

 まだ初夏だというのに、なぜか真夏を連想する。


「貴理……」


 そんな光量と熱量を持つ立ち姿を見て、思わず呆然としてしまう。

 周囲の状況は何も変わっていないのに、どこか明るくなった気がした。

 長い亜麻色の髪が風に揺れる。

 風の行方を追った視線を戻すと、偶然彼女の視線と交差してしまった。

 ……あまり、気は乗らない。

 いや、むしろこれから語る内容は、口にしたくない類のものだ。

 しかし、俺は責任を取らなければならない。

 これは断罪。ならば、潔く、自らの足で断頭台を上るべきだ。

 決意を固めると、口を開くことにする。


「今回の事件の犯人は……お前だよな? 

「……」


 俺の指摘を受けても貴理は微動だにしない。

 まるで、こうなることを既に知っていたかのように、堂々とした態度を崩さなかった。

 ……いや、実際これは彼女の計画の内なのだろう。


「へぇ。私が犯人だと言うからには、きちんと説明してくれるのよね?」

「もちろんだ。疑問に思ったところから、順序だてて説明していく」


 一度深呼吸して、切り口をどうしようか考える。

 やはり、マスターから呈された疑問から始めるのがベストだろう。


「……当初俺は、昨日言った通りこの事件は『ABC殺人事件』の模倣だと思っていた。いや、

「違う法則だったと言うの?」

「あぁ。全くの別物だ。それに気が付いたのは、2件目の事件で犯人が持ち去った物が、あの場に無造作に置いてあった『カッター』ではなく、財布の中にしまわれていた『鑑賞券』であったということに違和感を覚えたからだ」

「どういうこと? 『鑑賞券』じゃ不自然なところでもあったの?」

「映画のチケットは普通『鑑賞券』なんて言わない。それに、わざわざ財布から抜き取るよりも、置いてあったカッターを拾い上げる方が簡単だ。分かりやすさと実行のしやすさ、2点の観点から言って、『鑑賞券』を盗るのはあまりに不合理」

「……つまり、そうしたのには別の理由があったってことね」

「犯人には、『鑑賞券』もとい『映画のチケット』でなければならない理由があったんだ」


 俺がそう言うと、貴理は我が意をえたり、とばかりにニヤリと嗤う。


「へぇー? それがさっき言ってた、真の法則に繋がるってこと?」

「そうだ。それに気づいた俺は、まず盗まれたものの共通点を考えた。すると、1つのことが浮かび上がってきた」


 盗まれたものは、『割引券』、『鑑賞券』、『小冊子』、『ビラ』。

 そう考えていたのがいけなかった。あまりにも省略しすぎていたんだ。


「『カラオケのクーポン』、『映画のチケット』、『ショッピングセンターのパンフレット』、『北公園で開かれる野球大会のビラ』。……全て場所に関わるものだ」

「要は、その示されている場所が重要ということよね」


 貴理の言葉に、黙ってうなずく。

 犯人が盗んでいったのは、どれも一見無価値なものばかり。

 しかし、示している場所には、1つの共通点があった。


「これに気づいたとき、最初は疑ったよ。まさかな、と。だが、次のことで確信した。……記事のコピーだ」

「あれは、被害者リスト兼順番表じゃなかったの?」

「いや、違う。あの紙きれで重要だったのは、記事の中身じゃなかったんだ。本当に大切だったのは、概要と日付。その2点だけだ」

「確か、高校生のデートに関する記事だったかしら? 日付は『平成28年6月26日』」

「そう。『高校3年生のデート』ということと、『4年前の今日を表す日付』であることが重要だった。……ここまでくれば、推測はたやすい」


 思えば、最初に見た時から記事のコピーは日付の所だけフォントが違っていた。

 あれは、犯人が日付を弄った証。

 やろうと思えばフォントを合わせることも出来たはずなのにあえて変えたのは、それが重要であることを示すためだ。


「『高校3年生』、『デート』、『2016年6月26日』、そして盗まれたものが示す場所の順番は、『カラオケ→映画→ショッピングモール→北公園』。さらに言えば、最初の被害者は俺だった」


 そう言って、貴理の目を真正面から見据える。


「――そう、この事件は『4年前に俺が振られたあの日のこと』を示している。最初から、だったんだ」

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