3-5 例外か原則か

 昼休み。メガネに4人目の被害者を学食へと呼んでもらい、そこで事情聴取ということになった。

 やって来た人は女性。身長は160センチ弱だろうか。

 金髪のショートカットに赤いカチューシャ、黒いタイツとホットパンツが目に付く。

 浮かべる笑みは明るく快活そうなもので、コミュニケーション能力の高さをうかがわせる。

 昨日の信濃さんとは対照的だ。

 今回もいつも通りメガネが質問し、貴理がそれをまとめる。


「まずは、お名前を聞かせて頂いてもよろしいですか?」

「うちは『たなか ひかり』。『たなか』はまぁ普通の『田中』で、『ひかり』は光源の『光』に、くさかんむりに『利益』の『利』で『莉』って漢字を使って『光莉』って書くんだ。法学部の3年!」


 それを聞いて、内心衝撃が走った。驚きで、まじまじと田中さんを見てしまう。

 予想していた『左沢』から酷く乖離している。

 先程ターゲットがメガネではないと聞いたときに考えていた可能性は2つ。

 1つは『マイルリバー編集会』が把握していなかった『左沢』が学内にいたこと。

 もう1つは、学外の人間で『左沢』が狙われたこと。

 昨日の話から、『マイルリバー編集会』には把握していない人が一定数いることは分かっていたし、学内の人間が狙われると考えたのは今までの犯行からの推測でしかない。

 だからこそ、この2つのどちらかだろうと思っていたのだが、予想は大きく外れた。まさか『左沢』ですらないとは……

 推理を外した衝撃で俺が固まっている間にも、聞き込みは続く。


「左沢誠です。よろしくお願いします」

「角川貴理です。よろしくお願いします」

「うん。よろしく!」

「それで、田中さんが盗まれたものは何なんですか?」

「今日の朝道で配られてた、ただのビラだよ。確か……北公園で近々野球大会をやるとか、そんな内容の」

「なるほど、ビラですか……失くしたということはないんですよね?」

「ないと思うなぁ。リュックに入れてから触ってないし。誰かが取り出さないとなくなったりしないって」

「他に何か盗まれたものはありませんか?」

「一応、リュックの中とポケットの中を確認してみたけど、他に無くなってるものはなかったよ」

「財布やスマホ等は無事だったんですね?」

「うん。財布、スマホ、教科書、筆箱……あと化粧道具とか入ってたけど、全部何ともなかったね!」


 犯人は価値のなさそうなものだけを盗み、他には手を付けていない。

 この辺りは前の3件と同じだ。しかし、盗まれたのが『ビラ』というのは妙だった。

 昨日の推論では、『被害者の名前と盗まれたものの頭文字は一致する』はず。

 にもかかわらず、『田中』と『ビラ』では言うまでもなく不一致。

 『ビラ』を『紙切れ』や『広告紙』などと色々変換してみたが、『た』から始まる言葉は思い浮かばなかった。

 ……俺は、何を間違えたのだろうか?


「あ、そうそう。盗まれたとき、席にこれが残されてたよ」


 そう言って、田中さんは例の記事のコピーと『死神』のタロットカードを渡してきた。

 裏にはきちんと『distortion』の文字。

 これも、いつもと同じだ。何ら変わりない。


「では、今日の行動を時系列に沿って教えてくれますか?」

「了解! えっと、今日は8時半過ぎくらいに駅について、そこからいつも通り登校したよ。大学に着く前に道でビラをもらって、9時には1限が始まったね」

「その時にはまだビラはあったのですか?」

「うん! 講義が開始する時、筆箱を取り出そうとしてリュックを開けたけど、その時はあったよ」

「分かりました。その後はどうしたんですか?」

「私、今日は2限がないから、1限が終わった後この学食でのんびりしてたんだ。で、途中で飲み物が飲みたくなってさ。リュックを席に残したまま、買いに行ったんだよね。それで帰ってきたら、席にこれが置かれてた」


 田中さんはそう言って、記事のコピーとタロットカードを指さす。


「因みに、それは何時ごろですか?」

「うーん、1限が終わって30分後くらいだからー……11時過ぎくらいかなぁ? 詳しくは分かんない」


 俺と貴理の2人で、メガネが講義を受けている教室を見張っていた時間だ。


「怪しい人物を目撃したりはしましたか?」

「えー? うーん、人も多かったし、全然分かんないかなぁ。普段あんまり他人のことなんて見てないし……ごめんね!」


 学食は1限が終わった時間あたりから少しずつ混みだし、11時過ぎにもなれば結構な人の数になっている。

 その時間学食にいた人が仮に全員特定できたとしても、犯人を見つけるのは困難だろう。


「角川、大体纏まりましたか?」

「えぇ。概要は分かったと思います」


 ・被害者:田中光莉たなか ひかり(法学部3年)

 ・犯行場所:学生食堂(衆人環視の中にあったと考えられる)

 ・犯行時刻:午前11時過ぎ頃(正確な時間は不明)

 ・盗まれたもの:ビラ

 ・現場には『死神』のタロットカードと新聞記事のコピーが置かれていた(置かれていた状況は別図)

 ・タロットの裏には『distortion』というメッセージ(同一犯の可能性高)

 ・怪しい人物の目撃情報はなし(手に入らない可能性高)


 いつも通り、貴理が簡潔に要点をまとめてくれた。

 今回の1件は、被害者の名前と盗まれたものの2つの点で今までとは異質だ。

 今までの被害者の名前は例の記事に記載されていたが、『田中』という名前は載っていなかった。

 『ビラ』だってあれからまた数個言い換えを考えたが、どれも不適。

 昨日俺が考えた通りの法則性だとしたら、今回の件だけでそれは崩壊だ。

 犯人にとって、それでは意味がなくなってしまうはず……

 やはり、単なる悪戯だったのか? 法則性など皆無の。

 いや、それは考えられない。適当にやってここまで合致するなんてありえない。

 では、法則性それ自体が違ったのか? 

 それとも、今回の一件だけが犯人の真の狙いで、他の3件は誘導だったのか?

 もしかすると、昨日考えた法則自体は当たっているが、俺がまだ気づいていない法則があって、そのせいでこんな事態になっていることも考えられる。

 つまり、全く分からない……


「あ、ごめん。うち今日は3限あるからさ、このくらいで大丈夫かな?」


 田中さんが帰ろうとするのを見て、1つ聞いておかねばならないことを思いついた。


「あ、田中さん! 俺から1つ聞いても良いですか?」

「え、うん。何?」

「田中さんは、大学に入ってから名字が変わったりしました?」

「え? ……いや、してないけど?」

「そうですか……」

「それだけ?」

「あ、はい、今日はありがとうございました」

「ううん。じゃ、頑張ってね!」


 笑顔で手を振ると、田中さんは学食を出て行った。

 もしかして以前は名字が『左沢』で、犯人が持っている情報が古いという線があるかもと思ったが……

 いや、そうだとしても、盗まれたものの頭文字が『あ』ではない以上、意味のない仮定だったか。

 犯人が狙う人物を間違えたと考えることも可能だが、それは俺自身すら納得できない。


「さて。私も3限があるのでここで失礼させてもらいます。角川と渡貫さんはどうするのですか?」

「私も午後は講義があるので……詳は?」

「俺は……少し、1人で考えてみる」

「そう。頑張ってね。何か分かったら連絡して。……期待してるわ」


 そう言って、貴理とメガネの2人も学食を出て行く。

 1人取り残された俺は、貴理から借りた手帳を見ながら思案を巡らせるが、生憎と何も良い考えは浮かばない。

 ……こういう時は、あそこに行くのが一番だ。

 そう思い立った俺は、場所を移すべく行動を開始した。

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