3-4 見たいものを見た

 貴理とともに、メガネとの待ち合わせ場所である駅前広場へとやって来た。

 『死神盗難事件』の犯行は、今まで午前中であるということだけしか分かっていない。

 午前の内いつ盗まれるのかまではバラバラで確定していないため、メガネがこの街に入ったところから見張ろうということになったのだ。

 おかげでこんな朝早く、それも通勤通学で人が多い時間帯から駅前へと来るはめになっている。

 途中通った繁華街では相変わらずの人の多さにうんざりしたが、今日は知人である貴理と一緒にいるだけましだった。

 駅前広場に着いた時も、人の波の前に思わず膝が屈しかけた。

 貴理の部屋で待たずに1人でここまで来ていたら、耐えられずに帰っていた可能性すらある。いや、むしろその可能性しかない。

 そう考えると、貴理のあの判断は、俺をきちんと働かせるためには大正解だったわけだ。

 1人でここに行かせたら俺は確実に帰る、と読みきられていたのかもしれなかった。

 ……駅前広場で少しの間待っていると、駅の入り口からもうすっかり見慣れたメガネがこちらへ向かってくる。


「角川、渡貫さん、おはようございます」

「左沢先輩、おはようございます」

「どうも」

「お二方とも、今日はよろしくお願いします」

「『アクロイド殺し』はまだ無事ですか?」

「ええ。もちろん。まだここにありますよ」


 メガネはそう言うと、カバンの中から例の本を取り出して見せてくれる。


「確かに。……とりあえず左沢さんの今日の予定を確認させて下さい」

「はい。今日はこのまま大学まで赴き、その後1、2限の講義を受けて昼食は学生食堂でとるつもりです」

「確か、1限は大教室の講義で、2限は小教室でしたっけ?」

「そうですね」

「てことは、1限はもぐりこめそうね、詳」

「流石に講義の間に盗るとは思えないが……まぁ折角ここまでしてるしな……」

「2限の方は流石に無理そうだけどね。小教室だと知らない人がいると目立つし」

「というより、お前自分の講義は大丈夫なのか?」

「心配ご無用。私今日は午後からなの。だから最後まで付き合えるわ! あんたこそ、確か今日は2限からじゃなかったの?」

「いや、今日は全休だ。因みに、昨日もそうだ」

「はいはい。もう突っ込むのはやめとくわ……じゃあとりあえず、昼休みまでは2人で見張れるわね」

「みたいだな。……そういうことで、左沢さん、昼休みまで見てますので」

「ありがとうございます。頼もしいです」


 それからメガネにつづいて大学まで行き、1限の講義を一緒に受けるが空振り。

 休み時間にまだ本があることを確認した後、2限で使われる小教室へ移動。

 事前に話していた通り、流石にこちらはもぐるのは無理そうだったので、休み時間だけ見張ると貴理と2人で教室の外へ出て講義が終わるまで待った。

 しかし、怪しい人物は現れなかった。

 講義中に犯行は無理だろうと思い、特に休み時間には荷物に注意を払っていたのだが、近づく人さえ出なかった。

 まさか講義中にやられたのかとも思い、2限後に本を確認するも、きちんとあった。

 そのまま昼休みになり、3人で学食へ向かう。

 おかしい。今までなら、もう犯行が行われていても良い時間だ。

 俺たちが見張っていることに気が付いて犯行を断念した?

 しかし、今までも犯人は衆人環視の中犯行を断行している。

 最後まで成し遂げたいという意思まで感じるし、そう簡単に諦めるとは思えない。

 となると、監視が付いていることを察して犯行を午後へ回したのか?

 時間が延びれば、それだけターゲットが隙を見せるタイミングも増える。

 今回の犯行は、最初から時間の指定まではされていなかった。

 午前だと思ったのは、あくまでも今までがそうであったからに過ぎない。

 今までは、偶々午前の段階で隙があったからそうしていただけかもしれない。

 だとすれば、今日はメガネがこの街を離れるまで見張らないとならなくなる……

 流石に面倒だ、とやる気を喪失しかけた時、ふとスマホの着信音が近くで響く。


「おっと、失礼しました。私のスマートフォンです」


 メガネは一言謝ると、少し離れてから自身のスマホを耳に当てた。


「はい、左沢です――え? それは本当ですか!?」


 スマホから何事かを聞いたメガネの反応は劇的だった。驚愕で目を見開いている。

 内容が気になったのだろう貴理は、メガネに近づいて疑問をぶつける。


「左沢先輩、どうかしたんですか?」

「……第四の被害者が出ました。今回のターゲットは、私ではなかったようです」

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